第45話 顔とカツラ、ズレてきてる

「ガレス様よりご紹介に賜りました。カイ・フォン・アルストロメリアです。あなたとお会いできたこの日は、私の人生にとって最高の一日となることは疑いようもありません」


 ひざまづいて手の甲に唇を近づける仕草をした後、立ち上がり爽やかな笑顔を向けてくる男に、エチカはぎこちない笑顔で応える。


 白いパーマがかかった髪型と、カイゼル髭がよく似合うその男は、恐らく三十を余裕で超えており、自分よりずっと年上であることはすぐに理解した。


 だが肝心な話については理解が追いつかない。いきなり新しい婚約者だと言われても、突然すぎて受け入れ難いものがあった。


 また、彼女はカイ・フォン・アルストロメリアの容姿についてはルイーズとスカーレットから何度か聞かされており、その姿と大きく乖離していたことに違和感を覚えていた。


(偽者かしら?)


 その後、微笑を浮かべつつ雑談をしていたものの、どうしても素性が気になってしまう。だがこの微妙なやり取りを、ガレスは最初の出会いが上手くいったものと勘違いし、大いに上機嫌になった。


「うむ。二人とも、今宵の出会いは誠に喜ばしい限りである。カイは少しの間、我が国に滞在するのであったな?」

「はい。こちらで一つ、新たな仕事をさせていただけるとのことでしたから。三週間ほど時間があります」

「ではその間、都合が合えばこうして城に来ると良い。ワシはいつでも歓迎しておるぞ。お主の活躍は、大陸のみならず世界に知れ渡っておるのだからな」

「勿体なきお言葉、感謝に堪えません」


 むむむ、と心の中で唸りつつ、エチカは向かいの席に座る男を観察していた。その隣に座る占い師は、静かに食事しているだけではあったが、怪しいことこの上ない。


(この二人はどういう関係なの? うーん、はっきり分かるのは、このカイって人が、カツラだってことだけなんだけど)


 実はこの時、初対面でエチカはカイを名乗る男が、カツラを被っていることに気づいたのだが、流石に口にすることはできなかった。


「エチカよ、今日はもう疲れたであろう。初対面はこの辺にしておこう」

「お父様、お気遣いありがとうございます。それでは皆様、失礼します」


 ドレスの裾をたくし上げて礼をした後、メイド数人と護衛に連れられて姫はその場を後にする。


 いかにも怪しい占い師を、どうして父があれほど信頼しているのか。あのカイを名乗る男は何者なのか。結婚云々の前に、何かがおかしいような。


 フィルドガルドが不穏な空気に包まれている気がして、エチカは気が気ではなくなっていた。


 ◇


 パーティを終えて、割り当てられた一つの客室に入るなり、男はニヤつきが止まらなくなる。


「ククク! 上手くいっているぞ。まさかあれほど可憐な姫とは」


 だが個室の扉が唐突に開いたことで男は仰天した。先ほどの占い師が現れたのである。


「おわ!? な、なんだお前か。鍵を掛けたはずだが」

「解除の魔法を使ったの」

「勘弁しろよー。バレたらどうするんだっつーの」


 もう一度扉を施錠した後、男は汗を拭いて気持ちを落ち着かせ、もう一度いやらしい笑顔になった。


「どうよ? 完璧だろう。お前は俺が起こした数々の災厄を予言したという体で、俺の登場を劇的なものとする。颯爽と現れた俺は行方不明だった超有名貴族として、この国の姫と結婚する。作戦は万事、上手くいってる」


 少女はダルそうに黒いフードを脱いだ。ツインテールの一部編み込まれた赤毛と、まだ幼い顔立ちがあらわになる。


 切れ長の目からは、非難の気持ちが全面に出ているかのようだ。


「なーにが上手くいってるよ。気づいてないの? エチカっていう姫だけどさ。アンタが偽者だって気づいてるわよ、絶対」

「何ぃ!? 俺のこの百点満点の演技に気付いてるだって?」

「百点どころか、マイナス百二十点をあげたいわ!」

「ちょ、ちょっと待った。そう怒るなよ、マガローナちゃんは短気が過ぎるっつーの」


 思った以上にキレ気味になっている少女に、男は慌てつつ両手を前に出して宥めようとする。


「安心しろって。だって俺たちにゃあ、お前さんがわざわざアルストロメリア家から持ってきた、これがあるんだぜ?」


 男は懐から紋章のついたペンダントを取り出し、むくれる少女に見せた。


 それはアルストロメリア家の紋章が刻まれたペンダントであり、家の者であることを証明する品でもあった。


「ふん! アンタがアイツの名を語って悪さをするっていうから協力してあげてるのに、変な姫様の旦那になるってどういうこと?」

「まあまあ、そうカッカするなって言ってんの。悪いことはこれからさ。何しろ、俺たちが求めている遺産を見つけ出すまでは、良い子になる必要があるんだよ」


 島国フィルドガルドは、代々名のある賢者を生み出す魔法に秀でた国であると同時に、観光地として有名である。


 だが実はもう一つ、隠れたエピソードが眠る国であり、それこそがカイになりすました男が求めている【お宝】でもあった。


「暗黒竜の血……あんな眉唾エピソードを信じるあたり、アンタって子供ね」

「手厳しいねえ。でも、まんざら噂レベルじゃ終わらないことも調査済みだぜ。まあ待ってなよ。あの遺物さえ手に入りゃ、あとは好き放題に暴れ回って、俺がカイの名前で魔王の後継者にさえなってやるっての。そうすればお前の願望も叶うし、なんなら途方もない魔力を分けてやってもいいんだぜ」


 ぷい、とそっぽを向いた後、マガローナは扉へと歩いていく。


「気をつけなさいよ。アンタが魔王候補じゃなきゃ、それ貸してあげなかったんだから」

「へいへいどーも。ま、後は俺に任しておきなよ」

「それから……顔とカツラ、ズレてきてる」

「え……うわ!? やっべ! 気をつけるわ」

「見つかったらアウトよ。しっかりしてよバーカ!」


 男の顔は徐々に歪になっており、すぐにカツラとともに元に戻した。気をつけなくてはならない。


 バレてしまったら一巻の終わりであることは充分に分かっているつもりだが、男は時としてミスを犯してしまう。


「絶対にあいつの評判を地に落としてよね。ピエール」

「はいよー。大船に乗ったつもりでいなよ」


 マガローナは嘆息しつつ、ドアノブを回すこともせず、ただ扉を貫通するようにすり抜けていった。あらゆる魔法に精通しており、この程度なら造作もないとばかりだ。


 彼女は元々アルストロメリア家とも、カイとも関係がある。だからこそ彼の存在を証明するアイテムの一つを手にいれ、こうして男に渡すことができたのだ。


 ピエールと呼ばれた男は、もう誰もいなくなったと分かると、顔を剥がしてカツラを取り去り、魔族としての本来の姿に戻る。


「へっへへへ! ガキが何言ってんだっつーの! 完璧に上手くいってる。このままいけば魔王の肩書きも可愛い嫁も両方ゲットできちゃうなぁ。スカーレットも他の連中も、俺にかかればチョロチョロ!」


 彼は一応は魔王後継者候補の一人。だがほぼその権利は有していなかったも同然の格下であった。


 それがわずかな運命の悪戯により、大きなチャンスを手に入れたのだ。

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