第43話 す、すみませ……んっ! ……

 まさかこの姿になってから、シェイドと剣を交えることになるとは。


 俺としては予想外っていうか、まあただの模擬戦みたいな感じだけど。でもこのドワーフ、やけに気合い入ってない?


「では、このコインが床に落ちた時を始まりの合図としよう。双方、準備は良いか」


 よく通る魔王っ娘ボイスのせいで、試合というよりむしろ決闘でも始まりかねん勢いだ。


「ほーい」

「承知」


 俺達の同意を得て数秒後、スカーレットは白く長い指先で金色のコインを弾いた。


 クルクルと回ったそれは、あっという間に床に甲高い音を立てて試合の始まりを告げる。


 しかしシェイドは剣を中段に構えたまま、一歩も動く気配はない。こちらも同じく中断の構えで止まってる。


 普通だったらこうして見合っていると周りが飽きちゃうものだけど、誰も一言も発しようとしない。なぜならドワーフニキのオーラが尋常ではなかったから。


 マジ殺そうとか考えてない? それ本当にレプリカだよね?


 なんて物騒な想像が頭をよぎった時、筋肉隆々の若きドワーフが床を蹴った。


「うぉ……!」

「速え」

「え? ドワーフだよな」

「あらーーー」


 最後の声はお清楚ちゃんだったと思う。周囲が驚く間に、すでにシェイドの突きが俺の喉元を捉えようとしていた。


 この踏み込みからの突きだけで、相当に普段から剣を磨いていることが分かる。一般的にドワーフの動きは遅いし、シェイド自体ずんぐりとしたタイプだったはず。


 それが瞬間的とはいえ、こうも踏み込みと突きが加速してくるとは予想外だった。


 ……が、とりあえず俺は外側に体全体をずらしつつ受け流す。スピードが上がってはいるけど、過去に体感したことがあるレベル。


「ふんぬ!」

「おっと」


 突きが外れた後も、剛腕のドワーフはそのワイルドな見た目からは予想できない、コンパクトな剣の乱撃を見舞ってきた。


 きっと真剣なら誰かが悲鳴あげちゃうくらいに、かなりハイスピードかつ無駄のない横一文字、縦一文字、それから斜めの連続ラッシュ。


 ここで俺は剣で弾くのではなく、体を動かしながらかわすことに専念する。シェイドの狙いは自らのパワー溢れる一撃を受けさせ、体勢が崩れたところを決めるつもりっぽい。


 なるべく円を描くように、一つ一つの動きを見極めてかわす。集中するほどに、周囲の音が低くなり、全体の動きがスローになっていく。


 それにしてもこの船は広い。戦う分にはもってこいというか、なんだか動いているだけで気持ちが良くなってくる。海風のせいだろうか。


 にしてもシェイドのやつ、随分と考えたものだ。大きな上段からの一振りなんて絶対にしてこない。振りをなるべく小さく、コツコツと攻め続けてくる。


 こういうのを続けられると大抵の場合、イラつくか恐れるかどちらかになる。俺は息を吐きながら、大きく踏み込んで剣を振りかぶる。


「もらった!」


 かかった、とばかりにマッチョなドワーフもまた踏み込み、斜め下から思いきり剣を振り上げる。


 風圧だけで殺せるのではと思うほど、勢いづいた偽物の刃。渾身の力を振り絞ったドワーフの一撃は、ほとんどの人間には太刀打ちできないだろう。


 でも、シェイドは一つ大事なことを忘れている。確かに筋肉は奴の方が上。でも、体重は俺のほうがあるのだ。


 つまり——、


「でーい」

「ぬぁ!?」


 俺の唐竹割りが、逆袈裟で切りつけてきたシェイドの剣を跳ね飛ばし、奴を数歩後ずらせた。


 これがポイント! たしかお清楚やケモ耳の前では、できる限り力に逆らわないように、かわしながら隙を突く戦いを俺は見せていたはずだ。


 だがここで、パワーで押し込む姿を見せれば? 本来の俺らしくないので、もう疑いが晴れて解決ってことになる。やったね!


「え……」

「ちょ、ちょっと」

「嘘だろ!?」

「あのマッチョの剣を弾いた」

「パワー負けしたの!?」

「なあああああ!?」


 周りがちょっとばかりうるさいけど、気にせず勝負を進めていこう。今度は俺が攻撃する番だ。


 すぐに前進して剣を振るう俺。受けるシェイド。本来ならば奴は盾を構えて受け流し、すぐに反撃に出ることが常だったが、今は剣しか持っていない。


 細かくかわすことが苦手なドワーフは、剣を受けながらも後退していく。この脂肪パワー万歳! だてにオークと間違えられてない。


「く! ぬおおおおお!」


 だが生粋の戦士は諦めない。もはや多少の被弾は気にせぬとばかりに前に出る。


「すぅうりゃあああーーー!」


 そして、なんと全身をフル回転させ、まるでベーゴマみたいに回転した。ちなみにゲーム中では回転剣舞と呼ばれていた技だ。


 魔物の集団でも人間相手でも、なかなかに有効な技だったけど、シェイドが覚えることになるとは。


 もはやベーゴマ殺人鬼と化した男の剣が、けっこうなスピードで迫ってくる。


「今度こそぉおおお! もらっ、」

「もらってない」

「んんおっ!?」


 当たる瞬間、俺は垂直にジャンプした。そう、アクションゲームとかによくある、ピョーンという音がしそうなあの飛び方である。


 どっかの煉瓦に拳をぶつけてキノコが出てきそう。お星様なら最高。でもこの空には特に何もなく、このメタボボディは垂直に落ちていくのだった。


「ほっと」

「ドへ!?」


 そしてシェイドの頭を蹴ってもう一度ジャンプ。ちょっとばかし距離を置いて着地。スタミナが尽きたドワーフは、ようやく回転技をやめてこちらを振り返った。


 疲れきった戦士を見て、こちらは剣を下ろした。


「はあ……はあ……ま、まだですぞ。まだ終わってはおりません」


 まだやる気満々のシェイドだったが、ここでスカーレットが間に入ってきた。


「いや、勝負はもうついている。君の剣を見よ」

「ワシの? ……あ……」


 剣は根本から切っておいたよ。場所によってはレプリカの剣でも、充分に切れたりするわけで。


「まさか……いつの間に」

「この勝負、アレクの勝ちだ」


 この時、ケモ耳審判の一言でなぜか周囲が大騒ぎになった。


「うおおおおー!」

「ま、マジかよ」

「オークニキ、ただの変人じゃなかったんだ」

「凄腕のオークって噂は本当なのね」

「あのモヒカンが慕うだけのことはある!」

「やべー!」

「ちょっと待って、強すぎない?」

「オークさんやべー!」

「筋肉を脂肪が凌駕しただと!?」

「噂以上につええ……」

「これが噂のオーク剣士か!」

「いつ切ったんだ?」

「神業オークニキ爆誕」


 誰がオークだ誰が。褒めてるのか貶されてるのか分からん。


 まあいいや、正体がバレるくらいならオーク扱いで。さて、これで疑いも晴れたところで——、


「お待ちくださいませ。まだわたくしがいますわ」


 んん!? なぜかお清楚ちゃんが、木剣持ってこっちに来たんだが。


「え? ルイーズって剣使えたっけ?」

「最近習い始めたんですの。先ほどの剣技、やはりカイさまに似ています。ますます貴方さまが気になってきましたわ。もはやここまで来たら、わたくし自身が確かめるまでです」

「……は?」


 ちょっと待て。なんでさっきの動きで本来の俺に似てるって話になるんだよ。ここはスカーレットに止めてもらお。


「やめとけって。スカーちゃんもなんとか言ってくれよ」

「……君はやはり、似ている。いや、似すぎているぞ。あいつの動きに。垂直ジャンプはらしくない動きだったが、それ以外はな」

「ファ!?」

「それはそれとして、聖女殿がそこまでやる気なら、相手をしてあげるべきだろう。さて、もう一度コイントスをするぞ」


 ちょ、ちょちょちょ。何言ってんすか。


「アレクよ。決して手加減はしてはならんぞ。こういうものはボコボコにするまでやるべきだ。では開始する」

「なんか私情入ってないか?」

「うふふ。わたくしを甘く見ては困りますよ。何しろ、毎日のように腕を磨いていたのです」


 不敵な笑みを浮かべつつ、目件の切っ先を向けてくる聖女ちゃん。え? マジで強くなった系?


 ◇


「やー! えい、やー!」

「…………」


 数分後。俺は虚無感の中、ひたすらに聖女の木剣を弾いていた。


 ルイーズのやつ、ビックリするくらい下手なんだが。まあ当たり前か。剣の才能なんてあるわけないとは思ってたけど。


「アレク! 何をしている! 叩け、徹底的にぶちのめせ!」


 審判の女がうるさい。この機会に今までの鬱憤でも晴らす気かっての。


 しかも周囲の野次馬も、さっきのことなんて忘れてのめり込んでるんだが。


「はああ、ルイーズさま」

「ファイトー!」

「素敵すぎる」

「もっと腰を大きく振って、もっとダイナミックに!」

「いいですよ聖女様、そのまま大胆なポーズお願いします」


 応援に純度百パーセントの下心を感じる。さすが最底辺の冒険者ども、セリフのセンスが違うわ。そういえば何とは言わないけどめっちゃ揺れててすげーダイナミック。


「えいっ……あ、きゃー!」

「あっぶね」


 そうこうしているうちにコケそうになったんで、とりあえずキャッチ。


「す、すみませ……んっ! ……」

「あ、やべ!」


 お姫さま抱っこ気味になったんだけど、右手のほうがね、ちょっとだけ掴んじゃった。これはありとあらゆる神様に誓ってわざとじゃない。俺は無罪!


 すると「うわぁ……」とか「やりやがった」とか「ルイーズたんのマシュマロを……許せん」とか聞こえてきた。怖い怖い怖い怖い。


 はい事故、事故だぞこれは。マジで!


 俺は謝罪と弁明を繰り返しながら、もう面倒になってその場から離れるしかなかった。こんなことしてる場合じゃないのに。


 なんともアホな俺たちは、それでも予定よりはずっと早く、目的の島国へと進んでいた。

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