第42話 アレク、もちろん受けるのだろう?

 それからの行動は、さながら嵐の如し。


 ほんの数時間で船の準備から出発まで完了し、なんと夕方には出発できてしまったわけで。


 しかも船のスケールときたら、百人は余裕で乗れそうなくらいデカい。


 俺は船については明るくないが、相当豪華なもので普段から整備もしっかりしてるのは分かる。さらに船長と船員もいた。


 それと、意外なメンバーも船旅についてきたんだが。


「今回のことは、ギルドの職員としてサポートが必要と思いまして」


 まずは崖っぷち亭の受付嬢。旅先までのサポートとは恐れ入ったが、フィルドガルドに行ってみたいだけなのでは? という勘ぐりを誰もがしてそう。


 次にギレンさんの長男ルーク君。これはまあギレンさん的に、息子にいろんな光景を見せて勉強させたい意図があったと思われる。あと奥さんと兄妹もいる。


 夕方に港から出発してからというもの、ギレンさんは船の中を息子に見せて回った上、ひたすらいろんなことを教えていた。教育熱心なパパである。持ち主特権というか、ここは全然OK。


 一番納得し難いのは、崖っぷち亭の超崖っぷち冒険者たちまで乗ってきたことだ。なんと三十人も。


「仲間の危機に助けないなんて、冒険者じゃない」

「エチカちゃんを助けて、いよいよお近づきに……」

「船の警備が足りないと思ったから、手伝ってあげようかと」

「フィルドガルドは今は真夏。海には水着のお姉ちゃんがいっぱい……グフフ」

「今回のことで名を上げてやるぜ」

「私、もう島国に住んじゃおうかな」


 こんな声が方々から聞こえてくる始末だ。みんな下心が隠せてなさすぎ。邪すぎて一人一人海に落としたくなるが、まあ人手は必要だからな。


 そしてあっという間に次の日になった。朝から俺は海を船の先端近くで海を眺めていたんだが、ここで背後からカツ、カツという音が。


「君は、船旅は初めてか?」


 ケモ耳ちゃんってばサングラスかけてる。めちゃくちゃ似合ってるわ。


「何度かあったけど、ここまでデカイ船に乗ったのは初めてだ。スカーちゃんはどう?」

「我は何度かある。魔王軍にいた時にな。しかし、こういう賑やかな船は初めてかもしれん」


 魔王軍も部隊によっては、船を沢山所有していた。全方位に魔道砲を搭載してる、バケモンみたいな船も普通にあったっけ。


 ちなみにだけど、ドラスケ用に急遽作った小屋も船の中にある。あんなデッカいのが乗ったり通ったりできるんだから凄い。ここは宇宙戦艦か。


 スカーレットが隣にやってきて、海を眺め始めた。なんかエモい横顔だわ。なんて思っていると、今度は背後から違う二つの足音が。


「素敵な海ですわね。あの方との航海を思い出しますわ」


 出た! 今回俺が頼った入国用秘密兵器、お清楚ルイーズ降臨。日傘が似合いすぎて真夏のテレビCMみたい。


 その後ろに控えているのはボディガード役、ドワーフのシェイドだ。すっげえ汗かいてて辛そう。あと失礼ながらちょっと臭そう。


 うげ、という声が出そうなスカーレットの隣に、堂々と肩を並べる聖女ちゃん。こういうところは肝が据わってますなぁ。


「アレクさま、スカーレットさま、此度は大変なことになりましたわね。わたくし、正直なところ目の前が真っ暗になりましたの。だって、エチカさまがまさか攫われてしまうなんて、夢にも思いませんでした」

「悪い意味で目立ってたからなーあいつ」


 目立つという点においては、あのバニー以上のやつはなかなかいない。


 モヒカンもかなり目立つほうだが、奴を攫おうとか考える人間はゼロだ。賭けてもいいくらいに絶対にゼロ!


「きっと人攫いでしょう。わたくしとシェイドがいれば、フィルドガルドの役人さまもお通しになることでしょう。急いで救出しなくてはなりませんわね。ところで……」


 チラリ、と魔王娘に視線を移すお嬢さま。そしてすすっとこちらに距離を詰めてくる。やべ、なんか始まりそう。


「まさかスカーレットさまと同行するとは、夢にも思いませんでしたわ」と小声で俺に囁いた。


「ああ、最近よくこっちに来るんだ。今回はマジ助かったわ」

「……お気をつけあそばせ。なにしろ彼女は、魔王の後継者の一人です。何があるか分かりませんことよ」

「いや、そうらしいけどさ。こっちでは悪いことはしてないぞ」

「そこが逆に怖いところですの」

「聞こえているぞ」


 地獄耳ならぬケモ耳ちゃんは、聴力も人とは段違いっぽい。え? という顔になる戸惑い聖女。


「あら、ごめんあそばせ。アレクさまはとっても人が良いですから、この先はご注意を、とお伝えしたまでですわ」

「ふん。お前のほうこそ我は信用がおけぬ。いつまでもエルドラシアに残って何をしているのだ? 早く勇者の元へ帰ったらどうだ」

「ご心配なく。わたくし、少し長めの休暇をしているだけですので」

「休暇にしては随分と長いな。まさかクビにでもなったか?」

「スカーレットさまこそ、このままでは他の後継者候補の方に遅れを取るのではなくって?」


 相変わらずバチバチいってる。なんて怖い世界! ああいやだいやだ、この姿になって良かったぜ。


「我がこの程度で、他の有象無象に負けると? ほう、我を愚弄したということか」

「まあ怖い! アレクさま、こちらの魔族の方が、わたくしを脅していますわ」


 なんか話振られたよめんどくせー。二年前からよくある流れが始まっとる。


「それより、シェイドの顔色が悪くね? 大丈夫か?」


 ならばとばかりに、俺はシェイドに話を振っちゃう。


「……問題ありません」

「いや、具合悪そうに見えるぞ」

「あら、本当ですわね。ピュリファイ」


 すーっと緑色の光がドワーフニキを包み、あっという間に普通に戻っちゃった。


「ありがとうございます。もう大丈夫です。お恥ずかしいところをお見せしました」

「お、やっぱ聖女は違うな。回復の腕にかけては別格じゃん」

「もったいないお言葉、ありがとうございます。あ、そうでしたわアレクさま。わたくし、カイさまのことで、あなたにお聞きしたいことがございましたの」


 なんか話がすっ飛んだぞ。俺が一番嫌な方向に!


 しかもスカーレットもこっち見てる。耳がピコピコしてて馬みたい。


「あなたさまの剣技、以前はただ似ているだけ、とおっしゃいましたが、実は少しばかりカイさまに習っていらっしゃったのですよね?」

「あ、あー。いや、マジちょっとだけだからさ」

「ですが、少しの間にしては、やはり剣が似過ぎている……とシェイドが言うのですわ。その点、わたくしもどうも気になってしまって」


 このドワーフめ。無口なのにピンポイントで余計なことを。スカーレットもお清楚の背後で、小さく頷いてる。


「ん? そんなに似てるか? いつも不思議なんだよなー」


 海の上、何を聞かれても、すっとぼけ。


 一句できましたよと心の中で自己採点に入ろうとしていると、すすっとシェイドが近づいてくる。


「実はずっと気になっておりました。だが剣というものは、似ているようで異なるという、誠に奇妙奇天烈なもの。本当に確かめるためには、実際に戦うことこそが最も確実でしょう。そこで……」


 ドワーフは大きな道具袋から剣を取り出し、俺の前に差し出してくる。


 やや? なんですかなこの展開は。


「レプリカの剣です。ワシも同じものを用意しています。可能でしたら、いかがですかな」

「え? シェイドと一勝負しろっていう話?」


 コクコク、と恥ずかしそうに頷くドワーフニキ。やっぱりかよ。


「まあ! そういえばシェイドったら、一度でいいから勝負してみたい、と何度も仰っていましたわね」

「ほう、これは面白いな。アレク、もちろん受けるのだろう?」


 お清楚ネキに止めて欲しかったけど、熱心な希望だったからやってほしいのかも。


 まあ、こういうのは旅していればよくあるし、ここがルイーズが他のお嬢様と違う点なんだろう。


 もちろん実力至上主義の魔王の娘も、止めるつもりはないみたい。


「アレク殿、是非」


 筋肉隆々のおっさんに挑まれてる。しかし、ここまで熱心な挑戦を無碍にできないのは、やっぱ悪役貴族時代が長かったせいだろーか。


「しゃあねーな」


 俺は用意された偽物の剣を手に取った。さらに面倒なことに、いつの間にか船上には崖っぷち亭の冒険者たちが集まっていて、なんの騒ぎかとギレンさんとルーク君まで来ちゃう始末。


 そういえばだけど、今までは魔物とやり合っててみんなそれどころじゃないパターンばっかりだったが、今回はマジマジ見られちゃうわけで。


 ま、それでもなんとかなるだろ。


「我が審判を務めよう」


 凛とした空気を纏ったスカーレットが中央にやってきた。向かい合うシェイドはゆっくりと剣を構えると、ただの試合とは思えない気迫を筋肉という筋肉から放出しているような気がした。


 俺もまた剣を構える。このまま普通にやったら色々とバレそうだが、実はこの辺境で、ちょっとばかし新たな技も覚えたのだ。


 だからきっと大丈夫!

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