第41話 なるほど! その手がありましたな


 憲兵の詰め所に向かう道すがら、ケモ耳女の考察は続いた。


 俺もこの件については考えを巡らさずにはいられない。


「相手は一体どういう輩なのだろう。盗賊ギルドの連中か、もしくは魔族か……」

「分からないけど、あっさりとバニーを捕まえるあたり、只者じゃなさそうだな」

「うむ、魔法も使うかもしれんな。用心せねばなるまい」

「攫った時には、魔法は使ってないと思うぞ」


 この一言が気になったようで、スカーレットは不思議そうに振り向いた。


「なぜ分かる?」

「魔法を使ってなんかしたってんなら、この町にいれば気づくだろ。魔力をいくらかでも使ったなら察知できる」

「なるほど……しかしエルドラシアは広いぞ。君は軽く言ったが、今の発言には驚いた」

「そうか? スカーちゃんもできんじゃん」

「いや、我とて容易ではない」


 あれ? そうだっけ。


「決闘の時にも、近くに魔物が出てきて魔法を使ってたら気づいたじゃん」

「ああ、あの時か。あれほどの魔力を放っていればさすがに……ん? ちょっと待て。我は君にそんな話をしたか?」


 やややや!? やっべ! つい思い出して自然と喋っちゃった。


「いや、さっきのはカイから聞いたんだよ」

「…………そうか。では後で詳しく聞こう」


 ヒィー! そろそろ名探偵に崖に追い詰められちゃう。余計すぎる発言だった。もうこれからは無口キャラでいくわ。


 とにかく俺たちは、憲兵達に事情を話して町周辺を調査してもらうよう頼み、ついでに役所などにもよってエチカが来ていないか確認したりした。


 もしかしたら他のギルドかもと思い、まー意識高そうなギルドを数件回ってみたりもしたが手がかりは掴めずじまい。


 それからエルドラシアではかなり上位の貴族である、ギレンさんに事の次第を伝えたところ、すぐに近隣の調査に動き出してくれた。


 できることをやるだけやった後、俺たちは崖っぷち亭に戻ることにした。ドラスケを馬小屋に預けた後、ギルドで受付嬢に全てを語ったところ、それはもう大騒ぎ。


 俺とスカーレットは、またも酒場フロアの真ん中席を陣取る。というか、いつの間にか魔王娘の風格にビビった崖っぷち冒険者達が席を譲った。


 ペコっと挨拶しちゃう冒険者もいて、早くも手下になりそうな勢いで服従してるな。エルドラシアを侵食しているのは、お清楚聖女だけではなさそう。


「まあ! 何ということでしょう。早く探さなくてはいけませんね」

「ああ、とりあえずエルドラシアは地元の連中に任せるとして、俺は外を探してみようと思う」

「外、と言いますと?」


 ふむ、と隣にいるスカーレットが引き取った。


「恐らく我が見た船に乗った姫のような女子が、エチカである可能性が高いということだな」

「このタイミングを考えると、まんざら外れてなさそうだしな。勘でしかないが、多分当たりな気がしてる。で、船はどっちの方角に行ったんだっけ?」


 すると、受付嬢が足早に世界地図を持ってきてテーブルの上に広げてくれた。俺とスカーレットだけではなく、後ろから冒険者達が囲むように覗いている。


「我が船を目撃したのは、この三角島の辺りだな。方角的には、南に向かっていた」


 辺境の地エルドラシアにはいくつもの島があるが、三角島というのは、南側にポツリとある、なにやら意味深な場所だ。


 たしかゲームのイベントでなんかあった気がするが、もう覚えてない。その島から南に進むと……ちょうど一つの大きな島国が存在しているわけだが。


「普通に考えれば、島国フィルドガルドに向かったんだろうな」

「うむ。しかも何らかの魔道具を搭載しているようでな、進行速度が尋常ではなかった。よほど急いでいたのだろう」


 エルドラシアからフィルドガルドは、かなり距離が離れてる。多分船で半月くらいは余裕でかかっちゃうくらいに。


 でも、相手は魔道具搭載の船で進んでいるようだし、もっと早く到着するはず。


 スカーレットの話を聞く限り今は無事っぽいが、到着したらあいつが何をされるかは分からん。俺ちゃん急がないと!


「ドラスケで空から向かうのは、難しいか……あの国は陽気な観光地という面とは裏腹に、かなりの武力を要している。目立つ行動は控えねばなるまい」

「この辺りのワープゾーンでも行けないな。じゃあ船か」


 ここで、うーんと受付嬢が唸る。


「船をお借りするとなると、なかなか条件が難しいです。漁師の方々の船で長旅は危険ですし、大きな船はエルドラシアにはほとんどないのです」

「……それでもなんとかしねーとな。まあいいや、探すわ」

「我も幹部候補となる者は捨ておけぬ。それに個人的には、友人とも思っている」


 おいおいスカーっち。あのいつでもバニーを幹部にしちゃうつもりなの? 聖王軍の民度がだだ下がりするのも時間の問題!


 まあ元魔王軍の民度は置いておいて、早いとこ島国に行かなくちゃならない。あれこれと思案を巡らせていると、控えめに入り口の扉が開く音がした。


「アレクさん、スカーレットさん、こちらにおいででしたか」

「ういっす」

「ギレン殿か」


 今日は赤いジャケットを着こなすギレンさん登場。ってか、この人見た目はホント強そうだな。


 まあ実際の腕っぷしの件は置いておいて、ちょっと焦り気味にハンカチで額を拭いながらこっちにやってきたのが、また不穏な感じだ。


「やはりエチカさんは船で連れ去られたと見て間違いなさそうです。なにしろ、肩に大砲を乗せたバニーガールが、船に運ばれていく姿を見たという者がおりましたので。しかもその船というのが、スカーレットさんが寄せてくれた情報とほぼ一致していたのです」


 とうとう確定した。肩に大砲を乗せたバニーガールなんて、世界で一人だけしかいない。二人も三人もいるほど、この世界はまだ狂っていないと信じたい。


「決まり! じゃあ後は船の用意をすればいける」

「そこが問題なんですよねえ……」


 天井を見上げながら悩む受付嬢。腕組みをしつつ考えるスカーちゃん。背後でそわそわしてる野次馬冒険者。


 だがここでも動いたのはギレンさんだった。


「船でしたら、旅行用に大きなものがありますからお貸ししますよ。すぐに動かせます」

「え!? マジですか! お願いします」


 まさに渡りに船! ことわざの意味合ってたっけと余計なことを考えていると、うちの伯爵が「あ」と何か思い出していた。


「というよりも、私も同行しましょう。他国に行かれるのでしたら、多少なりともツテはあるので、お力にはなれるかと」

「本当かギレン殿。助かる……其方は本当に優秀な貴族であるな」

「他ならぬ命の恩人のことですから」


 珍しく興奮を露わにする魔王娘。ギレンさん危ないっす。この娘にあんまり良いとこ見せちゃうと、それは面倒な勧誘が始まりますぞ。


 しかしここで受付嬢カットインが入る。


「ギレン様はフィルドガルドにつてがおありなのですか」

「フィルドガルド? いえ、あそこには特にないですな。皆さんの目的地はあの国だったのですか」

「ええ。そうなると、少し不安です。かの国は観光地として有名ですが、非常に法整備や警備が行き届いた国ですわ。貴族の方といえども、まずは入国申請が必要になってきます」


 国によっては入ってくること自体は全然問題ない、っていうガバガバ体制が多いんだけど、フィルドガルドは厳しいんだよな。


 実は俺も悪役貴族時代、一度バカンス目的で行こうとしたんだけど、入国の手続きで何枚も用紙が送られてきたのでやめた。入国できるまでマジ何ヶ月かかるんだよってうんざりしたっけ。


 そんな話をしていると、野次馬どもがぶつぶつ言い出した。


「めんどくさい国だな」

「マジ融通きかない所って嫌い」

「貴族が行くんだから顔パスでいいじゃん」

「エルドラシアなんて通行所もないのに」


 エルドラシアについては緩すぎな気もするが。ちなみに勇者パーティならどこでも顔パスだ。なんて特権なの勇者!


 そういえば俺が推した新しい勇者はどうしてるんだろ。まあその件は今はどうでもいいか。


「申請をしていたら一ヶ月はかかってしまうかもしれません。もし用紙に不備があればもっと日数が伸びることもありえます」

「それはまずいな……であれば、密航するしかないか。しかし、あの国の警備は厳しいと評判だ」


 真剣な受付嬢と、何やら不穏なことを言い始めるスカーレット。下手したら俺たち犯罪者になっちゃうぞ。


 こんな時はマジ勇者が羨ましい。ゲーム中じゃフィルドガルドに寄って、仲間と海イベントとかあったからな。


 なんで俺ってば悪役側なのって本当に嫉妬したのを覚えてる。


 ん? 待てよ。勇者パーティ……。


「申請なしでも入れる方法があったぞ」


 この一言に食いつくみんな。ガタッと椅子から立ち上がる音まで聞こえた。俺はとりあえず説明してみた。


 するとギレンさんが、「おおお!」と一際大きな声を発した。


「なるほど! その手がありましたな。いやはや、アレクさんは頼りになる男です!」

「それならいけますね。きっと通していただけるでしょう」


 ニッコニコになる受付嬢。続いて後ろにいる冒険者たちが「うおー!」「やったー!」「これでフィルドガルドに行ける!」とか騒ぎ出してる。


 ってか、いつの間にかこいつら参加してきてんな。船はいろいろ大変だし、人手が欲しいから別にいいけど。


 そんな中、一人スカーレットだけが苦い顔になっていた。まあ、あいつとの仲を考えると、そうなっちゃうのもしょうがないか。

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