第40話 何だと! それは誘拐かもしれないぞ

 はい、というわけでお宅訪問。


 なんかのテレビ番組みたいなノリとは遠く異なる二人と一匹で、バニーのお家まで徒歩で向かっております。


「グオオ、グオオ、ブルブル」


 赤い竜にベッタリとくっつかれながら歩くのは、想像以上にしんどい。それにしてもドラスケってば元気すぎぃ!


「しかし、君は本当にドラスケに懐かれているのだな。我もそこまで愛情表現をされたことはないのだが」


 めっちゃまとわりつかれてペロペロされてる。しかもその姿を見た魔王ガールはちょっと嫉妬してる。


「俺ってば、動物にはモテるのかもしれん。または食料と思われてるのかも」

「ふむ、つまり豚肉だと?」

「せめて人肉だと思われたいわ!」

「君はオークに似ているようだが、その腕前はやはり別格だ。アイツの友であるだけのことはある」


 ああ、アイツねアイツ。スカーちゃんもルイちゃんもそればっかりで、なんとなく怖くなってくるな。


 執着という言葉では、もはや表現しきれないレベルに達しつつある気がする。


 そろそろ忘れてくれないかなー。しかしそれは淡い願望だった。


「君は王都南の街道で、カイと知り合ったのだったな」

「あー、そうそう。まさか目的地が同じだったとは意外だったなー。お互い暇だったから、適当に話しながらエルドラシアに向かった仲。ただそれだけ」

「どのような話をしていたのか気になる」


 もうちょっと坂道を登っていけば、バニーの家に到着するんだけど、意外と長い。それまでこの厄介な会話を続けるのはしんどい。


「大した話じゃねえよ。お互いの身の上をちょこっと喋っただけ」

「我のことは言っていなかったのか」

「ああ、言ってなかったと思うぞ」

「……そうか」


 だってスカーレットとエルドラシアで再会した時に、全然知らなかった程でいくと決めていたわけで。


 道中の雑談で知っていたなんて喋っちゃうと、辻褄合わなくなってどこぞの名探偵に正体を暴かれてさあ大変。


 すると、さっきまでピコっと立っていた両耳がペタンと垂れてしまう。明らかに雰囲気が暗くなった気がする。


「クゥン」


 さらにはその悲しい気配を察したのか、ドラスケが慰めようとスカーレットに擦り寄っていった……と思ったら戻ってきた。マジ犬っぽい。


「やはり我のことなど、アイツはどうでも良いのかもしれん」

「いや、そんなことないんじゃね」


 わかりやすく落ち込んでんな。ちょっと悪い気がしてきた。ってかドラスケがソワソワして主と俺を行ったりきたりしてる。


 どうしよう。ちょっとずつ気まずくなってきたぞ。なんか可哀想だから、ちょっとだけそれっぽいこと喋ってみるか。


「あ、でも待てよ。なんか銀髪の女がー……って喋ってたことがあったけど。あれ、お前のことかも」


 この一言を放った瞬間に、ピク! と両耳が垂直に立った。さらには「ん?」と興味なさげに振り向いてくるが、この耳と尻尾の振り方は、興味ありありのありで間違いなし!


「アイツ元気にしてるかな、みたいなことは喋ってたっけ」

「ふぅん。他には?」

「あー……決闘楽しかったな、みたいな?」

「それは我のことだ!」


 急に声がデカくなってテンションアゲアゲ。よし、じゃあこの辺で話を切り上げよう。


「へー、お前と決闘してたんか。物騒なことしてんなぁと思ったけど。おっと、そろそろバニーの家——」

「で、具体的にどんなことを語っていたのだ?」

「ん? いや、ちょっと覚えてない」

「そこが大事だぞ。思い出してくれ」


 スカーレットの顔が近い。すげー食いついてる。ちなみにドラスケの顔はもっと近い。これじゃ捕まった豚にしか見えん!


「アイツとは何度も決闘をしたものだ。大抵の場合決着はつかなかったが、今となっては楽しい思い出だ」

「へー」

「しかも、我は食事に誘われたりもしたものだ。奴の家ともども、なかなか親密な関係を築いている」


 食事に誘ったことなんてあったっけ? マジで覚えてないんだが。だんだん魔王っ娘の顔がうっすらピンク色状態。


「一緒に旅行したこともあった。我が誘ったこともあったが、奴は本当に楽しそうにしていたものだ。意外と積極的なこともあったな」

「旅行かー、いいなー」

「クォォーン」


 なぜかドラスケの相槌が入った気がする。そういえば竜の背に乗って旅行したな。


 ってか、意外と積極的……なことあったっけ?


「さて、バニー宅に着いたわけだが」

「決闘の最中に、抱きしめられたこともあったな。あの時は……もうっ。我のことを思うあまり、こうも積極的になるかと困惑したものだ」


 いやいやいや、なんか俺の記憶とけっこう違ってるんだが。


 まあ、「危ないぞ」みたいな感じで支えてやったこととかあったけど、あれのこと?


 普段は武人みたいな空気出してるくせに、今は両手を頬につけて自分の世界に入っちゃってる。そろそろ戻ってこい!


「あれ? ドア開いてんじゃん」

「む、たしかにな。エチカ! いるかー!」


 これでようやく幻想から元の世界に帰ったスカーレット。危険な兆候だぞこれは。それはさておき、玄関ドアがうっすら開いているという、なんとも不用心な光景である。


 エルドラシアは田舎も田舎、多分ドア鍵を閉めない人が普通にいる町なんだけど、こういう感覚は慣れないな。


 それはスカーレットも同じようで、何度か声をかけても反応がなかったのを見ると、ゆっくりとドアノブを掴んで中に入った。


「中を確認してくる。君はドラスケの相手を頼む」

「ほーい」

「ゴロゴロゴロゴロ」


 ドラスケってば、喉鳴らしながら抱きついてきて、おじさんはもう苦しい。猫みたいな仕草してるけど、もう何の生き物かよく分からん。


 それからしばらくして、スカーレットが玄関に戻ってきた。何やら考え込む仕草をしてる。


「特に変わったことはないが。どうも妙な気がする。部屋の中には大量のバニースーツとパジャマくらいしかない」


 やっぱりか。あいつマジでバニースーツしか普段着ないのかよ。


「それと妙な魔道具がいくつも置いてあった」

「あー、魔導砲とかやろ?」

「ん? 魔導砲? そんなものはなかったぞ」


 あれ、おかしいな。昨日バニースーツに装着して暴れ回ってたんだが。それを説明するとスカーレットは、ますます神妙な顔つきになった。


「いや、我が見た中ではそのようなバニースーツはない。流石に普段から肩に大砲を乗せて歩き回るようなことはしないだろう」

「ん、んー、そうだな。普通は」


 そうだと信じたいけど、うちのバニーっちは普通じゃないので断言できない。


 ちょっとばかし歯切れ悪い返答をしてお茶を濁していると、遠くにいたお婆さんが不安そうな顔で近づいてきた。


「あんた、エチカちゃんの友達でしょ?」

「お、まあそんな感じだ。ばあちゃんはご近所さん?」

「そうなのよ。でも、ちょっと困ったことになってね。これから憲兵さんの所に行こうと思っていたんだけど。足がなかなか動かなくって」


 憲兵の詰め所に用事があるのか。なんか不穏な空気。ピリッとするスカーレットと、首を傾げるドラスケ。


 どうでもいいけど、レッドドラゴンが近くにいるのに全然ビビらないばあちゃんすげー。もうドラスケの存在は知れ渡ってるのか。


「実はねえ、昨日エチカちゃんの悲鳴が聞こえたのよ。最初は誰かと会話していただけだったんだけど。あたしが家から出て様子を見に行った時には、誰もいなくなってたの」

「何だと! それは誘拐かもしれないぞ。御婦人、相手がどんな者だったか覚えているか」

「ええっとねえ、悲鳴がして窓の外から見たんだけど、暗くてよく分かんなかったわねえ」


 なるほど。それは拐われた可能性が俄然高まっちゃうな。やっべえわ。


「ご婦人、エチカのことは我に任せてほしい。すぐに手配をして探しにゆく。情報提供に感謝する」

「じゃあお願いねえ、もう心配で眠れなかったのよ」

「よし! アレク、急ぐとしよう。ドラスケ、いくぞ!」


 さっきまで俺をホールドして戯れていたドラスケは、キリッとした顔になるとすぐにスカーレットを背に乗せた。


「ちょ、待った待った! 俺も背中に乗せてくれ」


 でも俺のこと離してくれないから、このままだと前足で捕まったまま空に上がっちまう! なんて怖いアトラクション!


「ふむ、ドラスケよ、離してやれ。てっきりその状態で良いのかと勘違いした」

「良いわけないだろ! よっこいしょっと」


 なんとか安全な背の上に乗れたのでホッと一息。あっという間に空へと舞い上がったドラスケは、スカーレットの手綱に従いまずは憲兵の詰め所へと向かった。

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