第39話 クゥーン、クゥーーーーン

 おかしい、どうも今日の崖っぷち亭は奇妙な感じがする。


 というのも、いつもは五十人は入っているギルド内に、半分程度しか人がいないのだ。


「やあみんな、俺やで」


 いつもどおりの挨拶はスルーされる。それは喜ばしいことではあるんだが、何か変なので気になる。


「アレクさん、こんにちは。こんな時間に来るなんて珍しいですね」

「おっす。まーいろいろあってな。ってか、今日ちょっと変じゃね?」

「そういえば人が少ないですね。先ほどまでは沢山いましたけど、エチカさんがいないと分かると出ていきましたよ」


 それだ! 要するにいつもはバニー目当てでやってくる他ギルドの連中だったり、イケメン貴族の端くれだったりがワラワラいやがるんだが、今日は全然いない。


 あいつはああ見えてかなりモテる。変人を通り越して変態に近いが、なんせ美少女である。


 マジで何着あるんだよと突っ込みたくなる奇怪なバニースーツも、彼らには魅力に映ってしまうのだから罪深い。


 さらには最近、バニーのファンクラブが隠れて作られたという噂もある。なぜ隠れる必要があるのか知らんけど。


 しかし無自覚系主人公なのか、バニー自身はまったく奴らの熱すぎる視線に気づいている様子はなかった。


 そして悲しき男どもからの数多の誘いをこれまた無自覚に断ってしまう。鈍感なのは罪だぞまったく。


「バニーのやつ、こんな時間まで来ないなんて珍しいじゃん。じゃあ先に報酬の件を片付けておいてやるか。報酬を大体三等分にしてくれるんだろ?」

「いえ、七等分ですよ」

「は?」

「他の冒険者さんも活躍されたという話は伺ってます。なので彼らの分も割ってお渡ししますね」

「マジかよ、すげー安くなっちゃうじゃん。まだスローライフの貯金ができねえわぁ」


 今度こそ悠々自適の暮らしに移行できるはずだったんだが、そういやあいつらも依頼で船に乗り込んでたんだよな。


 でもあんま活躍した記憶がないんだが……いや! 辞めよう。はいはい、みんな仲良く!


 と、何処かのお母さんみたいなことを考えながら、テーブルに置かれた銀貨袋に手を伸ばした時だった。


 スッと、受付嬢が袋に重なるように、一通の封筒を滑らせてきた。


「ん? なにこれ?」

「うふふふ。実はですねアレクさん、あなただけに、とっても良い依頼を残してあるんですよ」


 なんだなんだ。急に受付嬢が悪い顔になってきた気がするぞ。


「俺だけに残してあるって、なんでだ?」

「それはなんと言っても、ウチのギルドの主戦力になりつつある方ですからね。エースにふさわしい、高額な仕事を用意してあります。それはもう、このようなちっぽけな海賊船の依頼なんて霞むほどに」

「マジ?」


 いつ俺が崖っぷち亭の主戦力とかエースとか言われるようになったのか知らんが、海賊船の報酬がちっぽけですって? こりゃ余程の依頼に違いない。


「マジです。でもその代わり条件があります。その封筒を、あなたのご友人に届けていただきたいのです」


 この時だけ、なぜか受付嬢は小声になった。俺の中の?マークは膨らむ一方。


「友人って誰だっけ?」

「あら! お忘れになるなんて酷い人ですね。一ヶ月前、あなたの無事を伝えにきてくれた、あの親切な方がいたでしょう」

「あ……あー! そうかそうか、あいつかー」


 すっかり忘れてたけど、そいつは俺だわ。


「まあいいけどさ、これなんの手紙なん?」


 随分気合が入った封筒だなぁ。赤く上等なリボンが付けられていて、ちょっと薔薇の匂いまでしてる。


「言えません。いいですか、決してあなたはこの中身を見てはいけませんよ。そして、必ず返事をいただいてきてください。それかご本人をここに呼んでください。それが依頼をご紹介する条件です」

「……ほほう」


 どういうことだかさっぱり飲み込めないが、とりあえずはこの手紙の返事を書けばいいわけだ。


「分かった。じゃあ会ったら返事書いてもらってくる」

「ふふふふふ。楽しみにしてますね」


 やたらと丁寧な仕草で渡されたその手紙を、俺はアイテムボックスの中にしまった。結局のところ正体は俺なわけだから、後で開いてまずはどんな内容か確認してみよう。


 なぜかわからんが、嫌な予感がしてきた。しかもボクシングのボディブローみたいに、じわじわと効いてくる感じ。こりゃマズったかな?


 いや、でも依頼は確かにあるはず!


 喜びか恐怖か、希望か絶望か。なぜかちょっとずつ恐怖の感情が湧いていることに戸惑っていると、ボロボロの崖っぷちドアが勢いよく開かれた。


「エチカ! エチカはいるか!」


 おっとこれはこれは。約三週間ぶりの再会に胸を躍らせる気には決してなれない、なんともクールビューティなケモ耳女じゃん。またしてもエルドラシアに戻ってきやがった。


 魔王の娘であり容姿端麗。つい最近、新生聖王軍なんて集団を旗揚げしちゃった武人、スカーレットである。


「む、アレクではないか。久しぶりだな」

「おっす。エチカは来てないぞ」

「そうか……ではアレはまさか。本当にエチカだったのか」


 なにやら意味深なセリフを囁きながら、ぷるんとした唇のあたりに指をおいて考え込む仕草をしてる。これは少し見ない間にセクシー力が上がってるな。


「何かご存じなのですか?」


 意外と好奇心旺盛な受付嬢の質問に、こくりとうなづく銀髪ネキ。そしてひらりと身を翻して酒場フロアに向かう。


 すると、さっと崖っぷち亭の連中が席を譲り、彼女は堂々と真ん中の一番良さげな場所に腰を下ろした。


 支配する側特有のオーラに、下っ端歴しかないうちの冒険者はタジタジどころか忠誠を誓う勢いだ。その隣に座った俺、マジ手下のオークっぽい。


「実はな。我は久しぶりにドラスケに乗ってこの地にやってきたのだが、その途中、一隻のそれは豪華な船を見つけたのだ。しかも船上には、見たこともないほど可憐なドレス姿の女がいてな。あの華やかさときたら、もはや幻想的ですらあったほどだ」


 へえー。こんな下々の界隈に、高貴な身分としか思えない女がいたってわけか。


「しかし違和感があった。距離があるからよく見えないが、どことなくあどけない。輝くような金髪を空の上から覗いていると、遠目からではあったがもしかしたらと思ったのだ。このいかにも姫のような女は、エチカではないかと」

「ファ!?」


 思わず変な声出ちゃったわ。スカーレットのやつ、しばらく見ない間に気でも触れちゃった系?


「あらー! 実に驚くべき光景ですね。でもにわかには信じ難い話です。スカーレットさん、その船はどこかの貴族の船で、エチカさんに似た方だったのではないでしょうか」

「ん。我も最初はそう思ったのだが、あの女子には側近のような者がいてな。少し会話をしたかと思うと、なにやら騒いで側近の体を揺りまくっていた。ああいう仕草もまた、エチカによく似ている」


 たしかに似てるな。たまにキャーキャー騒ぐもんなあいつ。え? もしかして本当にいきなり船出しちゃった感じか。え?


 そういえばだが、いつの間にか崖っぷち亭の冒険者達は、依頼のこととか相談するふりをしながらしっかり聞き耳を立ててる。


「アレクさん。エチカさんって、ドレスなんて持ってましたっけ?」

「いや、俺に聞かれても。さすがにバニースーツしか持ってないってことは……ないはずだけど」


 発言に自信が持てないのが悲しい。以前パジャマは着てたっけ。それを見た後に、この銀髪娘とドラゴンが家にタックルしてきたのも覚えてる。


「うむ。こうしていても分からんな。ではアレクよ、これからエチカの家に行ってみよう」

「え? いきなり訪問しちゃうん?」

「大丈夫だ。我とあいつの仲だ。それと、道中でこの間の答えも聞かせてもらうぞ」


 げ! まだ諦めてなかったのか。


 実はスカーレットってば、自分は新生聖王軍というものを立ち上げるから、幹部の一人にならないか、なんて誘ってきていたわけで。


 遠回しに断ったつもりが、全然通じてなかったっぽい。


「あ、あー。でもなぁ、俺もちょっと用事あるし。さすがにそれはバニーじゃないだろ」

「あやつなら、普通はこの時間にここに来ているはずだ。いないのは妙だ。それに、君は来るしかない」

「なんでだよ」


 すると、ちょっと劇場の男役スターみたいなかっこ良さを出しつつ、クイッと親指をギルドの入り口に向ける。


「クゥーン、クゥーーーーン」


 なんてホラー過ぎる展開! ドアの出口いっぱいに、真っ赤な竜の顔が見えてるんだけど。


 このまま一人で出て行ったら間違いなく捕まるな。捕食しちゃう勢いでホールドされちゃう。


 しょうがないので、魔王娘と一緒にバニーハウスへ向かうことにした。

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