第37話 あなたが幽霊船を出現させたのね!


 視界が完全にホラー真っ盛りの中、俺の手から離れたエチカは宙を舞いながら、悪霊の塊めがけて叫ぶ。


「ファイアーーーーー!」

「どひゅえええええ!?」


 勇ましい掛け声と共に放たれたバニー砲が聖魔法を吐き出し、まるでスターに触れたようなモヒカンが宙を舞う……というより俺の手が滑っちゃった。


 その間にもジュー、ジューという肉焼いてるみたいな音とともに昇天する悪霊達。よっしゃー後ちょっとだぜ、と思っていたら奥から真打ちが登場した。


「ククク……威勢だけは良いねえ」

「え、ババアやんけ」


 悪い、思わず言っちゃった。


 だってマジで百歳超えてんじゃね? っていうおばあちゃんの霊が出てきたんだから言っちゃうって。


 他の冒険者達がヒイヒイ悪霊から逃げ回る中、俺はそいつを見てぼんやりしていた。


 ちなみにモヒカンは床の上で気絶してる。しばらく怖いシーンが続くから、ゆっくり寝てたほうがいいよホント。


「あなたが幽霊船を出現させたのね!」

「な、なんだお前は?」


 ビシッと指をさすエチカ。すると悪霊ババアは戸惑いの色を浮かべてる。そりゃこんな大砲背負ってるバニーなんて不審者にしか見えんわな。


「ふふん、いかにもワシの力よ。このドロテーア、ただで死ぬわけにはいかぬ。悪霊を集めに集め、現世では成し得なかった神を呼び出すまではの」


 その名前だけは多少記憶にあった。確か魔王軍幽霊部隊だかの上位にいた気がする。いや、いうほど上でもなかった気もするが、細かくは思い出せん。


「執念深いばーさんみたいだな」


 俺はとりあえず剣にオールクリアを付与させつつ、群がってくる貞◯似の悪霊を切っていた。時おりエチカとモヒカンに襲いかかってくる奴がいたので、そいつも切る。


「きゃ! 一体何人いるのかしら」

「ククク……ワシが呼び寄せた悪霊は、百や二百ではきかぬわ。お主らはまさしく、勝ちようのない戦に挑んだ大馬鹿者よ!」


 ドヤ顔で笑うババアゴースト。迷惑配信者も真っ青の迷惑っぷり。


「今はもうお前しかいなくね?」

「ヌクク! 何をほざきよるかそこの豚。よく周りを見るのじゃ! この悪霊の軍勢が……」


 両手を広げて周囲を見渡すドロテーアだったが、途中でピタッと動きが止まる。


「ぐ、軍勢が……」

「すごーい! アレク、ほとんど一人でやっつけたんじゃない?」

「いやいや、お前もみんなも倒しまくってたじゃん」


 まあ、七割は俺がやったけど。そこは誤魔かしておく。


「なん……じゃと。貴様、ただのオークではないな!」

「そもそもオークじゃねえよ! アンタもさっさと成仏しろって」

「ふん! 貴様如きにやられるワシだと思うか」


 すると、しわしわババアの体が急激に膨れ上がり、枯れ枝みたいな両手がどこまでも伸びていった。


「ふ、ふはははは! 甘いぞ阿呆ども。すでに準備は整っておるわ。いよいよじゃ、ここでワシが儀式を行えば悪霊の神を召——」

「よっと」

「ああああーーーー!?」


 わざわざ待ってるわけないじゃん。とりあえず脳天に白く輝く剣身を突き刺し、そのまま胴体まで真っ直ぐに切る。


 そこからは縦横無尽にスパスパっと切る。


「ヲごごごご!」

「ほい」


 最後にオールクリアを直接左手から放って浄化。悪霊婆さんはそれは綺麗な星々にも負けない、鮮やかな無数の光へと変化しつつ消えていく。


 そして静かになった時、エチカが嬉しそうに駆け寄ってきた。


「さっすがアレクね! 海賊船でも幽霊船でも、あなたがいれば負けないわ」

「いやいや、俺なんて戦力の一部だろ。……ってか、行くか」


 戦いが終わってからというもの、ボロボロの他ギルドの冒険者達が呆気に取られた顔でこっちを見てる。


 やべえわ、また変な噂を立てられる前に逃げよ。俺はモヒカンを抱えつつ、やっぱり魔道砲が邪魔なバニーと一緒にその場を去ることにした。


 帰り道のうさちゃんはまた興奮しどおしで、自らが手を加えた魔道砲をたいそう気に入っているようだ。


「実は他にも回収した魔道具があるの。魔力があれば動かせるのよ、今度アレクにも作ってあげるわね」

「改造人間にされそうでこえーよ」

「大丈夫、ちょっとしかいじらないわ」

「やるんかい! 俺はそんな悪徳バニーにNOを突きつける」

「あはは! 冗談よ。あ、そうそう。アレクが借りてた別荘、もうそろそろ修繕が完了するらしいわ」


 こりゃ朗報だ。ようやくちゃんとした家で寝れる。


 こうして世間話をしちゃってるが、背中にいるゴリマッチョはうなされてるっぽい。


 でも俺とバニーは特に心配していない。いかにもひかんがタフであるかを知っていたからだ。でもホラー耐性は前世の日本でいう小学生以下なので、マジ手がかかるったらない。


 その後は夜中だったけど教会に行って、モヒカンを預けて解散という流れになった。あー疲れた!


 ◇


「クリスティーさんならご心配なさらず。今もうなされてはおりますけれど、じきに目を覚ましますわ」


 次の日、とりあえず朝からクリスティー氏の様子を見に行ったところ、お清楚聖女なルイーズがいた。


 ちなみにボディガードのシェイドもいるが、モヒカンの有様にドン引きしてる。その気持ちは痛いほど分かる。


「来るな……来るな……うお! あ、アニキ、すげえ」


 モヒカンの奴、一体どんな夢を見てやがるんだ。自分が登場してると分かると気になっちゃう。


「とりあえず大丈夫ならホッとしたわ」

「ええ、それにしてもこの地に、まさかドロテーアがやってくるなんて。何か不吉なことが、まだエルドラシアにはあるようですわ」

「勘弁してほしいわマジ。っていうか、なんかこの教会変わったな」

「あら、そうでしょうか?」

「うん……カラーリングとかさ」


 だいぶ雰囲気が変わってる気がする。教会の屋根とかいろんなところが桃色になってるんだが。


「そういえば二人はいつまでいんの?」

「わたくしは……あの方ともう一度お会いするまで、ここにいるつもりです」

「ワシも、聖女様をお守りする必要がありますからな」


 うげー……マジかよ。っていうかこの教会、だんだんとルイーズに乗っ取られてきてないか。日に日に神父の存在感も薄れてきてるって噂だし。


「話は変わりますけれど、あれからカイさまがどちらにいるか、ご存知ありませんか?」

「え、あー、いや。あいつ気がつけばどっか行っちゃうからな」


 はい、直球お探りタイムが始まりましたわ。このまま会話続けたら俺まで口調がお清楚になっちゃうから、さっさと退散しますわ。


「あ、そうだ。急いでギルド行かないと」

「お引き止めしてしまいすみません。もしお会いした際は、わたくしにすぐ教えてくださいましね」

「オッケー。じゃ、もう行くわ」


 怖い怖い。下手をするとエルドラシアでも外堀埋められかねんぞ。とはいえ、元の姿に戻ることはないはずなので余裕。多分余裕!


 ちなみにスカーレットは現在自らが率いる軍に戻っている。ほったらかしには出来ないわけで、このまま足が遠のいてほしいところだ。


 そんなこんなで、俺の日常は意外と軌道修正されてきたって感じだった。


 いよいよ真の楽々スローライフ始まっちゃうねえ、なんてご機嫌で慣れた道を進み、いつもと同じように崖っぷち亭のドアを開いた。


 だが、入ってすぐに妙な違和感を覚えてしまう。

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