第33話 なぜって……そりゃ全部俺だからだよ

 まあこんなもんだろ。

 配信を終えた俺は、カメラ型魔道具を捨てて歩き出した。


 同接どのくらいだったかな。やっぱ一万くらいあったんだろーか。視聴者多分全員キメラっていうのが悲しい。


 前世でフリーターだった頃、配信で金を稼ごうなんて張り切った時代があったっけ。同接ゼロが続いて心折れたわ。


 そんな悲しき時代の話はおいておいて、俺はとりあえずダンジョン・マッパーを頼りに隠し通路を進み、さらには隠し階段を降りて地下道へと辿り着いていた。


 やはり古代遺跡ということもあり、壁にはよく分からん模様が描かれている。のんびりと歩きながら今のマップを確認しつつ、上のマップもスライドさせて確認。


 おっと。またしてもワラワラと入ってきてるな。


「エアーカッター、ファイア、フレア」


 迷路の中に突如として魔法が出現し、恐らくは「ぎゃー」とか「うわー」とか言ってるんだろう。赤い丸が一気に減ってる。


 でもこの地下を歩いている限り、まったく悲鳴が聞こえてこない。防音性バッチリ、めちゃくちゃ面積広い、神殿まで多分徒歩五分。好立地ですよ!


「うわ」


 だが、時々ネズミがチューチュー言ってたので前言撤回。さらには猫が何匹もネズミを追っかけ回してる。


 歩き続けること数分。ようやく登り階段あったわー、と思いつつ凝った肩を回していたその時だった。


「出てこい! 腐れ豚野郎ーーーー!」


 おお!? なんというデカい音量。これは下着大好き野郎に違いないぞ。奴め、怒り狂ってやがるな。


「出てこないなら、この僕が今からエルドラシアを攻撃する! それでもいいのか豚ぁ! 豚ぁー!」


 こりゃもう大声っていうか、奇声発してるじゃん。はいはい、今行きますよーとゆったり階段を登った先は、どうやら神殿の内部だった。


 つまりここは、さっきディミトリがいた場所のちょうど裏手にあたる。バック取ったぞ!


「コケにしやがって豚め! ならば見せてやろう。僕のスペシャルな一撃をぉ!」


 やべー煽り過ぎた。もう理性失ってないかこれ。ちょっとくらい待てってば。


 直後、ズドーン! というそれはそれは物騒な音がした。神殿の柱の間から見ると、デッカい魔法の玉がエルドラシアの町に直撃したようだ。


 マジでやりやがったアイツ。


 俺は神殿を出ると、ジャンプして屋根の上へと着地する。そこからしばらく歩き、怒り心頭のディミトリから見つかる位置で足を止めた。


「やあディミトリ、俺——」

「見つけたぞ豚ぁーーー!」


 会話をする気もないとばかりに、速攻で俺を見つけた変態はこちらに片手を向け、さっきの闇色の玉を放ってきた。


「見つかったぞ変態ーー!」


 やっぱ煽りたくなって叫んじゃった。とりあえず剣に魔力を漲らせ、野球のバッティングの要領で玉を打つ。


 反射した闇の玉は、下にいたキメラ何十体を爆撃した。


「ぎゃー!」という声が鳴り響く中、ディミトリが目を見開く。


「跳ね返しただと? 僕の魔法を……」

「お前の下着魔法……じゃなかった闇魔法は対処が楽だ。で、どうする? 俺と一対一で決着つけるか。それとも、お仲間に助けてもらっちゃう?」


 この時、ディミトリの狼狽まくっていた顔に、いくらかの余裕が戻ってきた。それと神殿の周囲は、完全にキメラ大部隊に囲まれまくってる。


 高い所にいるからすぐには襲われないが、逃げ場はもうない。


「フッ……この程度はあいさつ代わりさ。僕を見くびるのも大概にしろよ。良いかお前達! 今から僕はこの男と決闘を行う。許可があるまで手出しは許さんぞ……さあ降りてこい。くだらぬ豚に成り下がった男よ」


 神殿の前には、おあつらえ向きな石畳の空間があった。キメラ達は気を利かせたとばかりにその空間を空ける。要するに決闘場が出来上がったわけで。


 ここまでは狙いどおりにいってると思う。ディミトリを挑発しまくったのは、一対一の決闘に持ち込ませたかったからだ。


 プライドの高いこいつは、煽りまくっちゃえば普通に殺すだけじゃ満足できなくなる。そう考えていたのが当たった。


 俺は静かに神殿の屋根からジャンプし、石畳の上に着地した。十メートル先には大ボス闇落ち野郎がいて、ワラワラと取り囲むようにキメラ達の超大軍。一万以上いるんじゃね?


「三年前に貴様にやられた時のこと、僕は昨日のように思い出せる。僕のルイーズをたぶらかしていたこと、勇者という身から引き摺り下ろし、これ以上ない惨めな毎日を過ごさせたこと、そして今もこうして侮辱の数々とはな」


 奴は纏っていたマントを脱ぎ去り、両腕につけていたガントレットを外した。


「これはね。僕の中にいる魔物を制御している物なんだ。ふ……ふふふ。ハハハハ!」


 急に笑い出したな。大丈夫か?


 突如ハイテンションになった変態は、まさに本当の変態へと進化しようとしていた。


 身体中から光が溢れ、咆哮が止まらない。周囲にいるキメラ達は驚きと興奮で夢中になり、歓声を上げるやつまでいた。


「ディミトリ様ー!」

「うおおおお! 俺たちの闇勇者!」

「ディミトリ様バンザイ! 私達の王」

「新王国の誕生だぁ!」

「ディミトリ様バンザーイ!」

「闇勇者王バンザーイ!」

「ド変態バンザーイ!」


 最後のは俺。どさくさに紛れてディスってやった!


「ハハハ! 見よ、見よこの神聖なる肉体をっ!」


 変身が終わったディミトリは、その異様なまでのキメラボディを、余すところなく見せつけてきた。嬉しくないわー。


 全身のところどころに深緑色の鱗がついていて、肩とかこめかみには長いツノが。さらには翼と尻尾も生えており、なんと胸には竜の顔が!


「へえー、竜とのキメラってわけ?」

「そのとおり。死ぬ前に少しだけ時間をやろう。僕はね、あの裏修練場でひたすらに戦いを続けてきたのさ。この体を使いこなすために」


 両手を大きく広げ、壮大さ一割り増しで語るディミトリ。この話は長くなる予感……。


「貴様も裏修練場の過酷さを聞いたことがあるだろ? しかも修練場の中には、九つのダンジョンがある。実はな……ふふ、聞いて腰を抜かすなよ。いいか、言うぞ」

「ほう、ハードル上げるねえ」


 なんだよ、そんなに言われたら期待しちゃうじゃん。


「実はな! 僕はその九つのダンジョン全てをクリアし、それぞれで十傑入りを果たしたのだ! 一年という長き時間鍛え続けてな。全て計画どおり! フハハハ、ハーッハッハ!」


 裏修練場。そこには九つの極悪難易度のダンジョンが存在し、クリア成果とタイムに応じて新たな力を授けてもらえる。


 それと十傑入りっていうのは、要するにランキング入りしたってこと。


「十傑の何番目だったん?」

「ククク! 全てにおいて五番目以内には入っておるわ。どうだ! 貴様など足元にも及ばない強さを、僕は手に入れたぞ!」


 周囲の声援がいやってほど響く。もう完全に祭りだワッショイ状態だ。マジうるせー。


「なあディミトリ。その話を聞いて、俺は一個だけ残念なことがあるんだわ」

「ん? なんだ。あと少しだけ聞いてやる」


 俺はとりあえず持っていた剣を背中の鞘に戻した。奴は一瞬だけ怪訝な顔になる。


「お前が潜っていた時間だよ。一年だっけ」

「ああ……常人なら一日と持たぬあの修練場で、僕は一年も戦ったのだ」

「あ、そう。それから、十傑入りしたんだっけ。石碑にはなんて刻んだ?」


 十傑入りをすると名前を入力する必要がある。これが面倒なんだ。


「もちろんディミトリと打っている。たまにルイーズの夫……とも入れたが」


 うわ、マジかよ引くわ。なに勝手に夫になってんだよ。


「ああああ、とかいいいい、とかいただろ?」

「ああ、いたな。いずれも十傑の頂点だった。なんとも適当……」


 ディミトリの動きが止まる。


「貴様、なぜそれを知っている?」

「なぜって……そりゃ全部俺だからだよ」

「な……馬鹿な。嘘だ、デタラメを申すな! さあ話は終わりだ、かかってこい豚野郎」


 俺は静かに右手に魔力を集中。くるくると転がるアイテムボックスを呼び出した。


 そして中から、ゆっくりと一本の剣を引き出す。


「ほほう。貴様のとっておきはそれか。ならば僕は、これで迎え討つ」


 元勇者は背中から二本の剣を取り、一本の切っ先をこちらに向けた。特に気にすることもない俺は、鞘が入ったままの剣を水平に持ち、グリップを握った。


「マジ残念だわ。ディミトリ、お前にはさー……もうちょい長く潜っててほしかったんだ。俺だけやらかしてるみたいだったし」


 ここで過去の恥ずかしいことを話そう。


 実は俺は悪役転生したばかりの頃、周囲のライバルが強過ぎて焦っていた。かつゲームのストーリーでは二年後には倒されるっていう流れだったから、何がなんでも力を手に入れたかった。


 だからある程度、原作で重要な人たちと知り合って良好な関係を築いた後、すぐに裏修練場に潜ることにした。


 たしかあれは、転生してから三、四ヶ月くらいの頃だったと思う。


 なんとしても一年くらいは潜って力をつけてやる。そう思いながら地獄のダンジョン内で戦って戦って、必死に腕を上げる毎日を過ごした。


 大体どのくらい日数が経っているかも、正確に測っているつもりでいた。鍛え続けてはみたが、どうにも不安なので何日か延長したつもりだった。


 やがて九つのダンジョンを制覇し、特に何も感じることがなくなった。よし、このくらい鍛えればなんとかなる……そう思って修練場を出た俺。


 やったぜ一年ぶりの陽光だぁ! なんて喜んでいたのも束の間。王都に戻ってこっちの世界のカレンダーを確認してみた。


 …………五年経ってた。


 いやー、思えばあの時から全てがおかしくなってたわ。ルイーズとか大きくなってるし、死亡フラグとか原作の流れも崩壊した。


 ディミトリめ、スケジュールどおりに修練場を終わらせてるじゃん。俺のやらかしが逆に目立っちゃうだろ!


 まあいいや、それは置いといて……この体じゃ無理だから、ちょっとだけ戻るわ。

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