第32話 やあみんな、俺の配信やで

 あまりにもな急展開で、ちょっとおっさんは休みたい。


 ワープゾーンの遺跡入り口で、降り注ぐ矢の雨が頭部に命中し、ケンタウロスは前のめりに倒れてしまった。


「く! この勢いはまずいな」

「あ! もう追いつかれちゃう!」


 スカーレットとエチカもなんとかケンタウロスから降りたけど、逃げきるのはむずい。でも、遺跡には入ったから良かったわ。


「おっし二人とも、こっち行こうぜ」

「え? あっちだったはずよ」

「急がば回れ、ってやつ」

「うむ! エチカよ、アレクを信じよう」


 おっと、ここで信頼度が上がっちゃったか。実は正しい選択肢を選んで、軽快な音が鳴っちゃった感じ? あー、久しぶりにゲームやりてー。特にギャルゲーがやりてー!


「逃すかぁ! この痴れ者どもが!」

「うおおお! 愚かな魂をディミトリ様に捧げよ」

「殺せ殺せー」


 背後を見ると、虎とかライオンとか蛇の頭をした二足歩行のバケモンが追っかけてきてる。前世なら秒で通報するね!


 そしてこの先はかなり入り組んでる迷路ゾーン。曲がり角にやってきたところで俺は振り返った。


「どうどう。ファイアファイア」

「あ、ああん!? この豚、舐めやーーあががああ!?」


 あっという間にこんがり焼けちゃう三匹。チューンナップ済みだから、ただのファイアじゃありませんことよ!


 でもこの後もひたすらに遺跡の中に化け物が雪崩込んでくる。キリがないとは正にこのこと。


「あら? もしかしてこの先って、ワープゾーン?」

「おお! なんと裏から入れる部屋があったのか」

「マッパー便利よな」


 さっきまでこの遺跡はダンジョン・マッパーの効果がなかったんだが、キメラ達がもりもり入ってきてから、もはや完全にダンジョンという判定がされるようになったようだ。


 すると遺跡の迷路まではっきり見えるようになり、裏からワープゾーンの部屋に入る近道も分かった。


「アレク! 早くこの装置を使って逃げましょ」

「ちょい待ちフレア」


 とりあえずまだまだ控えてる猛者どもを足止めするべく、フレアをいくつか放っておいた。これで時間稼ぎオッケー。


「全て抜かりないな。さすがだ」


 ワープゾーンこと台座に手を触れながら、スカーちゃんは不敵な微笑み。この笑いは危険だ。きっと社畜にされそうな予感!


「どう? いけそう?」

「やってみるしかないな」


 反対にバニーはちょっと不安げだ。まあ普通はそうなるよなぁと思いつつ、俺も魔力を込めていく。


 しかし、どうやら壊れかけのラジオ……じゃなかった壊れかけのワープ用魔導具には限界が来てしまった。


 台座が光を放つが、同時に不吉なミシミシって音が響く。


「な、なんか変な音がするわ」

「これはまさか!」

「残念だけど、三人は転移できねーな。一人残らないとダメだ」


 そう言いつつ、俺は転移の範囲外へと後ずさった。


「ま、まさか君は!」

「え、ちょ、ちょっと待って。アレク! 私も残るわ!」


 スカーレットより先に意図を察したエチカだけど、もう転移は始まってる。


「後で戻るから心配すんな」

「ま、待って! アレク!」


 エチカが必死にこちらに腕を伸ばした。微かに触れそうなその時、バニーガールと魔王娘は青い光の彼方へ消えた。


 スカーレットもまた、エチカとは行動が違うが目を見れば分かる。なんだかんだ付き合いが長いが、どうしても仲間を見捨てられない奴だ。


 ルイーズと他の連中もそう。ここで知り合った連中は、みんな気が良いんだよ。だから俺は、どういう道も選べずにこうなっていたわけで。


「お、そろそろ軍隊が押し寄せてくるな」


 一人になったのは逆に好都合。なにしろ、俺の秘密を知ってる奴がいるわけで、奴をこのままにはしない。


 それと、ダンジョン化した遺跡には、気になる所もあったのだ。


 ◆


 エチカとスカーレットは研究所に戻るなり、ドラスケを飛ばして町へと急いだ。


 辺境の地全てを揺るがす事件であり、一刻も早く一人だけになったアレクを救出しなくてはならない。


 まずは依頼の件について崖っぷち亭に向かい報告すると、受付嬢は驚きつつも必要な報告についてまとめた。


 その後、手分けして王都の兵達が集まる憲兵所と役所、それから少ないながらもいる貴族と、有力なギルドに声をかけて回る。


 しかし残念なことに、この飛躍した話を信じてくれる人間は少ない。多くの者は調査をする、という返答のみで動きが鈍い。


 だが、ある都市から戻ってきたギレンはすぐに信用し、周囲に動くよう呼びかけを行った。


「時間はありませんな。急ぎましょう」

「え! 師匠が!? 早く何とかしなくちゃ」


 アレクから剣を教わっている息子ルークも、一緒になって働きかけをした。


 しばらくして、港付近にいた漁師達から島の目撃情報が入った。明らかに魔物と思われる異形の怪物達が、信じがたいほど大人数で蠢いていたという。


 長らく放置されていた遺跡島も、人々の記憶にある場所からは確実に接近していた。


 できる限りの呼びかけを行い、崖っぷち亭に戻ったエチカは、酒場フロアで涙を流していた。スカーレットはギルド内の壁に寄りかかり、黙々と思案を続けていた。


(こうなれば我が軍を向かわせるか。いや、この地に話もなく軍を進めようものなら、王都側が黙ってはいない。下手をすれば戦争になる。それに時間がない)


 この状況でいっそう騒いでいたのはモヒカンだ。


「くそキメラどもが! 俺たちの知らないところで勝手な真似しやがって! こうしちゃいれねえ。船を準備だ! 今すぐアニキを助けにいくぜ!」


 しかし、他の冒険者達は慎重なかまえであった。


「待ってくれよ。流石に俺たちだけで乗り込むのは危険過ぎるって」

「王都の兵隊や、上級冒険者が到着するまで待ったほうがいいよ」

「船で行ったらイチコロだ。見つかってすぐに袋叩きにされる!」


 この反対の声に、モヒカンは声を荒げる。


「馬鹿野郎! てめえら何をそんな悠長なことを言ってやがる! アニキはこうしている間にも殺されるかもしれねえんだぞ。王都なんて遠すぎるだろが!」


 たしかに王都は距離的に遠すぎた。しかも情報がはっきりするまでは動く可能性は低い。全てが明らかになるのは、エルドラシアが戦火に包まれた時だろう。


 いても立ってもいられない彼は、怒りをあらわに斧を手に取った。


「お前らがやらねえってんなら、俺一人で行く!」

「待ってモヒカンちゃん!」


 慌てて止めるエチカだったが、彼女もどうして良いのか分からなかった。冒険者達は口々に持論を述べるが、結局のところ何が最適解か分からない。


 そんな時だった。尻に火がついたように方々へ駆け回っていた受付嬢が、慌てふためいてドアを開けて飛び込んでくる。


「大変です! もう港からは島が見えていますよ。情報よりも早いです」

「なんだって! 舐めやがって、だったらもう乗り込もうぜ!」

「落ち着いてください。でもおかしいんです。島が途中から進むのをやめたらしくって」

「やめたって、どういうことなの?」


 エチカは光るサファイアのようになった瞳を丸くして、息を切らせた受付嬢の次の一言を待った。


「分かりませんけど、くるくると回っているようなんです」

「「「回ってる?」」」


 ギルドにいた大勢の声が重なった。冒険者達はいても立ってもいられず、ほぼ全員が港へと急いだ。


 渦中の場所には、すでに冒険者のみならず憲兵や一般市民で溢れかえっている。


 はるか遠くに見える島は、確かにその場を回っているようで、人々は困惑の極みに達していた。


 ◆


「フッ……どうやらエルドラシアが見えてきたようだね。僕らの新しい国が」


 先ほどまでの狼狽えは消え去り、優雅な雰囲気をまとったディミトリがそこにはいた。


 集会を開いていた場所に玉座を設置し、側近数名に語りかけている。


「聖女だけは殺してはいけないよ。そして傷つけることも許さない。丁重に僕の前に連れてくるんだ。彼女は新しい国の王妃になるんだ」

「は! 承知しております。皆にはすでに命じておりますゆえ、ご安心を」

「ふ……ならば良い。きっと僕好みの女性に成長しているんだろうね」


 ワイン片手に満足げに語るその横顔は勝利を確信していた。


 しかし、その余裕の笑みが消えるような事態が起こる。なぜか島が真っ直ぐに進まず、ゆっくりと回転を始めてしまったのだ。


「な、何かなこれは。虎キメラは何をしているんだ」

『やあみんな、俺の配信やで』

「アレク! 貴様……どうして」


 この声にハッとして、彼はスクリーン型の魔道具を見上げた。そこには操縦室のシーンが映っていた。


 虎はうつ伏せの状態で魔導具舵輪に覆いかぶさっており、そのせいでずっと島が回るようになってしまった。


「操縦室に部隊を向かわせろ! 早くこの状況を脱するのだ」


 しかし映像の主であるアレクは、小型のカメラ型魔道具を手に取ると、そそくさと部屋を後にする。


『さっきの話は覚えてるか』

「ふ、ふん! 貴様の妄想のことか」

『残念! 実は証拠を掴んじゃったぞ』


 ピクリ、とキメラの王となった男は反応してしまう。


『お前の隠し部屋っていうか、宝物庫を見つけちゃったよ。今からみんなに大公開』

「よ、よせ! プライバシーだぞ!」


 他のキメラ達は追手を向かわせつつも、唖然としてスクリーンを見上げていた。どこかの部屋へとたしかに向かっているようだ。


『ここだよここ。すげー宝箱いっぱいじゃん。で、ディミトリ様っていう札の入った宝箱があったからさ。いくつか見てたんだよ。で、これが——』

「やややや! やめろー!」


 パカリ、という音とともに開かれたそこには、女子用の下着と思われる物が詰まっていた。


「……本当だったんだ……」


 愕然としていたキメラのうち一体が、虚無感に包まれたつぶやきを漏らした。


「ああああーーーー! アレク貴様、許さん! 許さんぞー!」

『だったら三下ばっか寄越してないで、お前が来れば? そろそろケリつけようぜ。じゃーそういうことで』


 スクリーンが消える直前、ディミトリは絶叫した。

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