第31話 下着を盗んでクンカクンカしてた男なんて知らねーって!

「諸君! よく集まってくれた。我が合成魔物部隊にとって、今日は素晴らしい知らせがある。是非とも聞くが良い」


 威厳たっぷりにデカい声を張り上げるファルガ。俺が魔王軍にいた時は、単なるエロジジイくらいしか認識してなかった。


「この度、我々にこれ以上ないほど頼もしい存在が合流した。この男を見るが良い! この美貌、このオーラ、この禍々しき魔力!」


 ふっ……と不敵な笑みを浮かべるそいつに、隣にいるスカーレットは苦い顔になってる。


「かつては敵であったが、今は我が思想に同意し、一度は散らしかけた命をキメラとなることで食い繋いだこの男は、誠の強者である。その名も……闇勇者ディミトリじゃ!」


 直後、「ワー!」とか「ウォー!」とか「ディミトリ様ぁあああ!」なんて声援がやばいくらいに響き渡った。ここらはライブ会場かよ。


「闇勇者って何? 私、初めて聞いたんだけど」

「俺も。まー適当につけたんじゃね」


 隣のピンクバニーが不思議そうにしてる。そういえばだが、いくら茂みに隠れたってピンク色はバレやすくね?


「ではディミトリよ。皆の者に挨拶をせよ」


 続いて台の中央に立った闇のなんとかは、声を張って堂々と語り出した。


「闇勇者ディミトリだ。僕が来たからには、もう君達の未来は安泰そのものだ。僕は選ばれし存在であり、万物の頂点であり、新たな国を築き上げる者。今日この日に参加できた君達は幸運だ。なにしろ世界を手にする大国の、最初の住民になれるのだから」


 この一言に、俺の両サイドの女性陣と魔物達、それから何故かファルガまでざわついていた。


「う、うむ。もう良いぞディミトリよ。では続いて今後の計画の、」

「まだ話は終わっていない。なんせこれから、僕らはエルドラシアに攻め入るんだよ。その話は必要だろ?」

「……なんじゃと?」


 ざわざわざわ! と騒ぎ出す魔物達。


「ちょっとちょっと! これからエルドラシアを攻めるって言ってたわよ」

「ああ、我も確かに聞いた」


 俺の両隣もヒソヒソ話してる。ちょっと耳がくすぐったい。


「ククク! 歳のせいで耳が遠くなっか。まあいい」


 笑いながら元か闇かよく分からん勇者は右手を上げた。すると、骨だけの魔物が壇上右上にあった映画のスクリーンみたいな魔道具を起動させる。


 王都にしかないと思ってた魔道具だけど、よく手に入れたな。なんて関心してると、どうやら暗い部屋にキメラが一体いるようだ。ファルガの右腕虎キメラだった。


「ねえあれ、なんか船の舵輪みたい」

「そのようだな。一体あれで何をするつもりなのだ」


 あれじゃまるで操縦席だけど。もしかして。


「な、なぜあの装置に触れておる! ディミトリ貴様、これはどういうことじゃ!」

「貴様の長ったらしい計画など、付き合いきれぬ。この島で貴様が最も時間を費やしていたのがなんだったか。全てあのキメラから聞いているぞ。この島そのものを、ありとあらゆる魔物と合成させていたことも」


 この一言に広場内からワッと声が上がった。俺もビックリだわ。


「聞け! 優秀な魔物達よ。人間に敗れ、同胞であるはずの魔王軍にも追われ、ついぞ行き場をなくしていた哀れな戦士達よ。この島は動かすことができる。そして遺跡内には、ファルガが改造していた魔道具兵器もある。何より僕とお前達がいる! まどろっこしい計画なぞ必要ない。今これより島を動かし、エルドラシアに攻め入る。そして彼の地を、我らの新しい国とするのだ!」


 とんでもないこと言い出しやがった。これには俺も唖然としちゃう。


「大変! ホントに攻めるみたい。どうするの?」

「なんと愚かな。しかしこの島、本当に動かせるというのか」

「んー……多分、できると思うぞ。ダンジョン・マッパー」


 両サイドの女子がわちゃわちゃする中、俺は右手にダンジョンマップを表示させる。


 そういえばこの島の周囲には、なんかでっかいオールの魔道具みたいなのがいくつもあったんだよな。


「ほら、なんか……動き出してんじゃん」

「え? あ、本当だわ!」

「く! なんということだ」


 やべー、マジで島と生き物を合成させまくってたのかよ。どんな執念だよ。


「ディミトリ様バンザイ!」

「我々は立ち上がるときだ!」

「今こそ人間どもに制裁を!」


 すると暴徒になりそうな魔物達の所々で、キメラ勇者を支持する叫びが上がった。俺は呆れて首を振ってしまう。


「あれは仕込みであろうな。いくらなんでもタイミングが早すぎる。初めから奴は、こうして誘導するよう狙っていたのだろう」

「でもボスはファルガって人なんでしょ? さすがに従わないんじゃ」

「いや、キメラは実力至上主義だ。強く威厳ある者の命令なら従うだろう。恐らくこの後……」


 エチカとスカーレットの会話にも熱が入る。ってか、二人とも俺を挟んでヒソヒソってるんだけど、吐息がかかってすっごくアレなわけで!


 緊迫してる場面のはずなんだが、違う意味で興奮しそうな自分がいる。向こうではジジイがワナワナと怒り心頭状態。


『キメラの未来は、ディミトリ様こそが導くべきです。さあ皆さん、戦の準備を。我らの未来を、希望を、全てを勝ち取るために』

「黙れ虎! 貴様、ワシを裏切りよったな! なぜこのような性急な真似を! 後少し、後少し辛抱すれば、」

「そうやっていつまで尻込みしているんだ。この臆病者め。僕は貴様のことを聞いていると言ったはずだぞ」


 スラリ、と背中に預けていた鞘から剣を抜いたディミトリ。おっとこれは!


「な、なにを、」

「昔はこれでも勇敢な男ではあったらしいな。それが今ではこのザマだ。生き恥を重ね続ける毎日を……僕が終わらせてあげよう!」


 なんとも悪趣味な光景だった。壇上でディミトリは、ファルガを切り捨てやがった。


「ぐはぁ!」と血を吐きながら倒れて悶絶する爺さん。こりゃ助からん。


「ハハハハ! さあお前達、準備を始めるぞ。戦の……いや祭りの!」

「ウォー!」

「やってやるぜ!」

「ディミトリ様ばんざーい!」


 この一部始終に誰よりビックリ仰天だったのはエチカだろう。


「きゃああ! 本当に切ったわ。しかも、この島ずっと進んでる」

「ああ、速度的にいって、エルドラシアには早くて明日、遅くとも二日後には上陸できる距離まで接近するだろう。こうしてはおれぬ。ワープゾーンへ戻ろう」

「ずらかるか」


 とりあえずコソッと逃げようかな、と俺たちは茂みから動き出した。すると、ドーン! という高い音が背後からした。


「きゃああ!?」

「く!」


 咄嗟に捕まってくる二人。やめろって、人間に捕まった豚と勘違いされる!


「いつまで隠れてるのだ! 僕の目からは見えていたぞ!」


 この大声に、キメラ達はざわつきながらこっちを見上げてくる。どうやらバレてたっぽいし、こりゃ一触即発の事態だ。


「諸君、あそこにいるのは僕と因縁がある二人と、よく分からないバニーガールだ。あの銀髪の女は分かるな? 僕らの敵、スカーレットさ」


 ふん! とこの絶体絶命な状況にもめげず、スカーレットは立ち上がって胸を張る。よく分からないバニーガールはキョロキョロしてる。


 というか、因縁がある二人って……まさか俺もバレてる?


「見下げ果てたぞディミトリ。まさかキメラとなり、命を救った者までその手にかけるとはな」

「黙れ! 貴様になんぞ用はない。おい、そこの豚」


 俺は周囲を見回していた。


「お前だお前! スカーレットの隣にいるお前!」

「あ、俺?」

「ふん! すっとぼけやがって。僕はなあ、このジジイから聞いてるんだよ」


 要するにあの映像を見たジジイが、この闇堕ちディミトリに教えちゃったっていう話か。わーめんどくせー。


「久しぶりじゃないか。ええ、カ——」

「俺はお前なんか知らねーよーーーー!」


 超デッカい声で叫ぶ。その先は言わせないからな。ってかもう俺を捕まえようと、ちょっとずつキメラ達が寄りつつある。


 逃げるべきなんだろうけど、焦ってはいけない。ここで一発かましてデバフをかける。


「ふん、豚は声だけはデカ、」

「知らねーって言ってんだよ! 好きな聖女の下着を盗んでクンカクンカしてた男なんて知らねーって! 絶対知り合いなんて思われたくねーよー!」

「な……?」


 これにはディミトリも絶句。え!? という顔になるキメラ達。


「え? アレク……今の話って」

「ま、まさか。あのディミトリが?」


 隣でざわつく女子二人。ドン引きまっしぐら!


「いいかキメラども! この男はキザな顔してるけどな! 昔は夜な夜なルイーズの部屋に忍び込んで下着をパクってやがったんだ! これは人間の間じゃ有名な話だぞー!」


 キメラ達が足を止め、ディミトリとこっちを交互に見てる。


「だ、だ、黙れ黙れ! 諸君、あのような豚と、至上の力を手にした僕のどちらを信じるか! ただの豚だ」

「おっし逃げるぞ」


 ここで先手を取るように、俺たちは逃走開始。さっきの演説台無しにしてやったわ。


 奴はこれで俺の正体を明かすのが難しくなった。ただの豚の戯言だと思わせなければ、最低の男だと判断されて誰も従わなくなるからな。


 しかしトンズラを察知したキメラ達は、怒りに声を上げて追いかけ出した。


「どうするの!? 捕まっちゃうわ」

「く! さすがに奴らは早いな」

「フレアフレアフレアフレア」


 丘から降りると近くに岩山っぽいのがあるので、そこを爆破して岩を落としまくる。


「ぎゃー!」や「ぐはあああ!」とか叫び声が。


 で、そこを避けながら走ってきたケンタウロスが剣を振り上げてくる。


「ほい」

「ふぬ!?」


 俺は剣で奴の武器を弾き飛ばすと、ひょいっと後ろに乗った。そして剣を首筋に触れさせる。


「走れ」

「く……お、俺はこのような恥辱に耐えるくらいなら、このまま死を——」


 時間がないので、クイっと剣に力をこめた。


「ヒィー! 走ります、走ります」

「二人とも乗れ!」

「さっすがアレクね!」

「助かる!」


 キメラ達が騒ぎながら追いかけてくるなか、俺たちを乗せた馬っぽいのは必死に駆ける。ワープゾーンはすぐそこだ。

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