第24話 オークのような人相に化けておったのだ!

「「………………………」」


 老人と虎型のキメラは絶句していた。


 とうとう大目玉の魔物も全滅し、水晶は何も映していない。しばらくの間、一人と一体は口を開くことさえできずにいた。


 数分ほど経過し、ようやくタイガーキメラが重い口を開いた。


「あの男は何者でしょうか。デスホーンは我々の中でも最強……それを、」

「単体ではな。キメラ部隊は、集団でこそ本当の力を発揮するのじゃ」


 ファルガの返答はまるで独り言のようだった。そしてこの返しは、実際のところは正しくない。彼はどうしても認めたくなかったのだ。


「いや待て! まだ我々には、あの男がいるだろうが」

「……ええ、それは確かに」


 歯切れの悪い返答で留まったのは、キメラは本心ではその男を疑っていたからだ。自らの創造主が夢を叶えるためとはいえ、あの男は危険なのではないか。


 しかし、虎の顔と人間の体をもつキメラは思考を止めた。思いもよらないことが起こったのだ。


 全ての機能を失ったはずの水晶から、一部映像が流れ始めた。


「ファルガ様! 水晶が!」

「な、なんじゃと!?」


 ノイズだらけではあるが、一部だけ映像が復旧した。実は死にかけた大目玉が、力を振り絞って成功した最後の数秒である。


 水晶にはデスホーンを倒した後、聖女ルイーズを抱き上げる男の姿が映されていた。


 デスホーンは完全に消滅してしまったのが見てとれる。ファルガは悔しさに爪を噛み、虎キメラはじっと注視していた。


 その時だった。

 小豚のようだった男の姿が、一瞬だけ全くの別人へと変化した。


「な、なに!?」


 キメラは驚きを隠せず叫んだが、男の姿はすぐに元に戻ってしまう。そして森の奥へと消えていくところで、映像が消えた。大目玉が息絶えたのだ。


「今のは一体……ファルガ様? どうなされましたか」


 老人は大きな瞳をさらに開き、小さく震えていた。歯がカチカチと鳴っている。


「ま、ま、まさか。ありえん。このようなことはありえん」


 老人は怯えた声でどもりながら言葉を紡ぎ、ふらふらと歩き出した。慌てたように虎の魔物も後に続く。


「いや……ならば納得できようぞ。あれには、カイには勝てるわけがない! そうか、そういうことだったか。なんらかの手を使い、あやつはオークのような人相に化けておったのだ!」

「つまり——我々が偽装していた本人が、捜索に参加していたというのですか」

「ああ、そうじゃ」


 この事実に、虎キメラは理解が追いつかなかった。


「なぜそのような真似を? 本人ならば、名乗り出ればいいだけのことではありませんか」

「奴の思考など昔から理解できぬわ。あれは人間の皮を被った悪魔じゃ! きっと我々を弄ぶつもりで、まんまと別人になりすまして参加したのじゃろうて。なんということだ。勝てるわけがなかったのだ!」


 苛立ちと恐怖に挟まれた老人は、階段を登りながら声を荒げた。勝てるわけがない、と繰り返し喋っている自覚が本人はない。


 あの男、カイ・フォン・アルストロメリアのことはよく知っている。かつては仲間だった筈が魔王を裏切り、組織の崩壊を招いた張本人だ。


 しかし、ファルガは直接的にカイと敵対したことはない。だからこそ、こうして生き延びることができたのだ。


 もし他の旧魔王軍幹部と同じく、正面から戦いを挑んでいたら……想像するだけで震えが止まらない。


「まずいぞ。カイがこの件に絡んでいるならば、次の策を講じている可能性が高い。性急に動かねばならん」

「お、お待ちください!」


 地上へと上がったファルガ達は、開けた廃墟から外へ出るところであった。しかし、なにか外が騒がしい。


 数秒後、アーチ型の入り口から二体のキメラが吹き飛び、倒れ伏して動かなくなった。


「な……何事じゃ!?」


 カツ、カツと甲高いヒールの音がする。その女は血のように赤い色をした槍を手にしながら、優雅な足取りで姿を現した。


「このような辺境に隠れていたとはな。どうりで見つからないわけだ。我の寄り道も、存外無駄ではなかったということか」

「あわわ! スカーレット!」


 かつて自らと殺し合った怨敵が目前に現れ、老人は腰を抜かしてしまう。すぐに前に立ちはだかった虎型のキメラは、背中に預けていた二本の曲刀を手にして構えた。


「ファルガ様、ここはお任せください」

「ふむ。我と一対一で決闘するということか」

「私は一体であって、一体ではない」

「なに?」


 いうなり虎型のキメラは、紫色の光を全身から発した。するといつの間にか黄色い体毛が黒一色に染まり、さらには二体に分身した。


 これが虎の顔を持つキメラの能力である。どちらも彼自身であり、戦闘力は分散されずむしろ二倍になっている。


「お覚悟」


 咄嗟にラウンジシールドと槍を構えたスカーレットへと、二体の虎は駆け足で迫った。


 猛獣ならではの殺気が、魔王の娘にただならぬプレッシャーを与える。それでも彼女は直前まで、槍を構えた姿勢のまま動かなかった。


 取った! 黒き虎は確信を持ち跳躍。それぞれが両手に持つ剣を振り下ろしにかかった。


 しかし、突如として廃墟の壁が崩壊し、横から猛烈な勢いで何かが飛びかかってくることは、どちらの彼にも予想できなかっただろう。


「ひいいいい!」


 老人が突然の出来事に悲鳴をあげ、股間を濡らしてしまった。


 それは赤き竜の乱入だ。崩壊しかけの壁など苦もなく破壊して飛びかかり、巨大な前足の爪で切り裂いた。


「がはあっ!」


 一体の虎はあっさりと絶命した。形勢は一瞬にして逆転し、決着はすぐに訪れる。


「く! この——」

「隙あり!」


 スカーレットは一瞬の乱れを逃さず、最小限度の動きで距離を詰め、喉元へと突きを放った。


「……が……!」


 この一撃は明確に急所を貫き、二体目の虎もまた死を余儀なくされた。


「ファルガよ、最後はお前だけ——」


 言いかけた獣族の女は、一瞬我が目を失った。虎がもう一体いる。


 実はスカーレットの槍に貫かれる直前、虎はもう一度分裂をして、全ての絶命を免れた。


「さあファルガ様、こちらに!」

「ひ、ひひぃ! 覚えておれスカーレット! カイもろとも消してくれるわ!」

「なんだと? く! 待て!」


 三体目の虎は腰が抜けた主を抱き上げると、すぐさま反対側から逃走した。


「ちぃっ! ドラスケ! もうよい……良い働きであったぞ」


 竜が追いかけようとしたが、主であるスカーレットは引き止める。驚くべき俊足であることを一瞬で見知った彼女は、深追いは危険だと判断した。


「ファルガめ。一体何を企むか。それと、やはり……」


 老人と同じように、スカーレットも実はこの再会に驚いている。合成魔物部隊の隠れ家を発見したことは、ほとんど偶然であった。


 エルドラシアより南東の森で、冒険者と魔物が集団で戦っている姿を発見した彼女は、すぐに魔物の大半がキメラであり、つまり宿敵であるファルガがいるに違いないと悟った。


 そして周囲を探しているうちに、奴が隠れそうな場所を見つけ出していたのだ。


 魔王の娘は胸騒ぎを覚えていた。あの老人は狡猾かつ、どんな汚い手も平気で使う男であることを知っている。


 辺境の地で、沢山の血が流れるかもしれない。危険な予感は、ほとんど確信に近いものだった。


 だが同時に、醜悪な研究者の意外な一言も頭から離れなかった。


(カイもろとも消してくれる。そうファルガめは言った。つまり奴らもこのエルドラシアに、アイツがいることを確信しているのか。ならば、やはり!)


 スカーレットの胸は高鳴った。先ほどまであった不穏な予感とは異なる、甘い刺激が彼女の心を潤していた。


「ああ、会える。もう間違いないぞ。ようやく君に!」


 喜びをあらわにしつつ、魔王の娘は甘えてくる竜の頭を撫でている。しかし、次第にその頬は桜色に染まり、恥ずかしさを耐えるような表情に変わっていく。


「ドラスケ……どうしよう。急に緊張してきた」


 しかし、当然のことながらドラスケには理解することができなかった。愛する主人の顔を見つめ、尻尾を振りながら首を傾げている。


 さらにリラックスした竜は、主人の顔に擦りついた後、頬を舐め始めた。年頃の顔になったスカーレットは気にする様子もなく、ただ頭を悩ませている。


 先ほどまでの緊迫感は、もはや全くなくなっていた。

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