第23話 じゃあいくで
悪役転生してからというもの、自分磨きに勤しんでいた俺だが、覚えていった中で特にお気に入りの魔法があった。
今回はそれを使うことにする。突き上げた右手のひらに意識を集中し、魔力を高める。
徐々に大気に歪みが生じ、黒々としたエネルギーが頭上に集まってきた。黒く禍々しいその玉は、闇属性の初歩魔法ブラックボールの上位互換にあたる。
いや、上位互換というよりも、俺が改良を加えた新版っていうほうが正しい。
「ダークプリズン」
黒い玉は見る間に肥大化を続ける。赤い雷がその周りをバチバチと回っていた。
「そ……その魔法は……」
お清楚ちゃんが絶句してる。まあ無理もないよね。こんなに禍々しいったらない闇魔法。誰でもドン引きしちゃう。
でも、本当にドン引きするのはここからだぜ!
なんて堂々と言うのもおかしいのだが、引かれる予感しかないのでむしろ開き直ってみた。
巨大化を続ける闇エネルギーの集合体は、徐々に赤い光を俺に注ぎ始める。同調する体が、周囲に溢れるマナを吸収し、そして玉に注がれる。
相互に力を与え合うような状態となり、俺の体もまた黒い光に包まれ始めた。たしかこの魔法を使っているときは、目だって赤く光ってたはず。倒したやつがそんなこと言ってたわ。
そして静かに歩みを進め、ルイーズの前に立った。黒キメラがヤケを起こして聖女を襲う可能性はゼロじゃない。
「ググ……オオオオ!」
おお!? この化け物ってば、まだやる気満々だな。まあ、さっきみたいにヒョイヒョイかわされることはなくなる、とでも思ったのだろうか。
黒い全身を震わせ、咆哮と共に身体中から何かを浮かび上がらせた。
「あ、あれは!」
「ヤバいって。対象年齢上がっちゃうって」
なんと無数の生物と思わしき顔が、奴の全身からいくつも浮かび上がってきやがった。わーグロい!
つまりこいつは、何十体という生物を合成させていたってことか。ライオンや蛇、どっかの悪そうな人間に鳥、ムカデにラフレシアみたいな花。
しかも大ボスもまた俺と同じく魔力を解放し、無残な顔という顔の口が開かれた。
「アレク様! 先ほどと同じ光線がきます。ですが、今度は……」
「ガチ本気の全ブッパってわけか。りょうかーい」
しかも顔という顔が、全部俺を見つめてる。こんな視線が集まっても嬉しくないっす。
「ガアアアア!」
もう何度目かの近所迷惑な咆哮の後、いよいよ大ボスはフルバーストを実行。鮮血みたいな色したビームというビームが、殺意百%で放たれる。
こんな百%はごめんだなぁ。もっと違う百%にしろよ。ってか苺のほうでお願い!
なんて昔の甘酸っぱい恋の味がする少年漫画をチラッと思い出しつつ、俺は作り上げた闇の結晶を前方に突き出し、盾代わりにした。
「きゃあー!? あ、あああ」
後ろのほうでまたしても戸惑ってるお清楚ちゃん。まあね、こういう使い方ってあんま見ないよね。
しかもあれだわ。背後のほうでパタっと倒れた音が。とうとう気絶しちゃった? 気絶したな?
はい、多分こうなると思ってやりました。
限度を超えた闇属性のエネルギーを直視していれば、聖なる存在は意識を失ってしまうことがある。精神を消耗しまくってたルイーズ嬢には、ここで一旦眠ってもらうことにした。
だって、これからやることは十八歳以上推奨だし。かつあまりに派手にやっちゃうのを見られるのは、やっぱ俺には不都合なわけで。
聖女ちゃんには後ほど、適当な説明をしておけば大丈夫っしょ。それにしても諦めないなこのキメラ。むしろ勢いを増して押し切ろうとしてる。
でも色合いだけは苺に似てるビームは、闇の結晶を貫通することはできない。濃度が違いすぎるというか、魔力の桁が違う。
「じゃあいくで」
意地になってビームを放ち続けるグロテスクマシマシに向けて、俺は自由になっていた左手を振りかぶり、そのまま持っていた剣を投げつけた。
刃こぼれとヒビ割れだらけの剣が、闇の結晶に吸い込まれ、そして融合していく。
黒く赤く何者をも絶望に染める地獄をまとい、つるぎは瞬きすら許さない速度で飛んだ。
「グゥ……キシシ!」
剣はちょうどキメラ野郎の胸付近に突き刺さる。だが浅かったと判断したのか、グロキメラはニヤリと笑った。
「いくで」
でも、この剣はそういう風に投げている。最初はイージー、徐々にハード。剣はちょっとずつ、意志を持ったように回転を始める。
「ゴエ!? オオオ!?」
そして先ほどまで注いでいた闇玉が内部で奴を蝕み始めた。途端に黒い光と赤い稲妻が爆発するように奴を襲い、魔剣となったそれはなおも勢いを増す。
「いくで」
「グアアーーーー!?」
奴の巨体はまるで交通事故みたいにぶっ飛び、ダンジョン壁にぶち当たった。幾多の地獄が奴の内部でめちゃくちゃに暴れている。
「アアアアア! イイイイイィ!」
黒いキメラとその合成された連中は、口々に絶叫しながら体をよじらせ、増していく漆黒の輝きに蹂躙を余儀なくされる。
そう。この魔法はまさに地獄のような痛みを伴う。限度を超えた苦痛を味わいながら、気絶も狂うこともなく、消滅するまで味わい続けなくてはならない。
「はい終わり」
「ゲハァアアアアアア!?」
奴らの苦しみが天井を超えた時、いよいよ魔剣と化した闇の結晶が大爆発を起こした。黒い光が視界いっぱいに広がり、まるで夜へと変わったかのよう。
そしてこの爆発は、ちょっとやそっとじゃビクともしないダンジョンの壁すら木っ端微塵に破壊した。
「今回も終わったか」
俺は意識を失っている聖女をもう一度お姫様抱っこしつつ、みんなの所に戻ることにした。
それと剣は完全に砕け散ってしまった。また買わないといかんな。地味に痛い出費だ。
っていうか、今回の報酬って結局どうなるんだろうか。などとゲンキンなことを考えていると、ふとまだ魔力が自分の中で燻っていることに気づいた。
「ん?」
直後、どういうわけか俺のアイテムボックスへと魔力が注がれてしまう。
「うわ、やっべ!」
慌てて制御しようとしたが、一瞬……ほんの一瞬ではあるが、俺は元の姿に戻りかけてしまった。
危ない危ない! 逃避行セカンドシーズンを始めるところだったわ。海外ドラマよりはるかに放送期間が長くなっちゃうぞ。だが視聴率は激低、さっさと打ち切りにすべし。
はっとして自分の顔を触ってみたが、ちゃんとブクブクだったから安心した。
◇
「アニキーーーー!」
「ルイーズ様!」
森の中、まず初めに俺を見つけて駆け寄ってきたのは、ボロボロになった鎧を着たモヒカンと貫禄ありありのドワーフだった。
「すっごい爆発があったみたいだけど、大丈夫だったの?」
ちょっとだけ二人に遅れて、バニー水玉金髪女王様が走ってくる。属性が渋滞しすぎて意味不明!
「いやぁグロ展開だったけど、まあ大丈夫だったわ。ってか貴族なんていなかったぞ。罠よ罠」
とりまルイーズをシェイドに渡すと、事の始終を説明した。でもとっておき魔法でダンジョンごと破壊したことは言わない。後々面倒くさくなりそうな話は誤魔化しつつである。
「アニキ! さすがだなぁ。まあどんな魔物が襲ってきても、アニキなら楽勝だな」
「いやいや、武器も壊されちゃったし。楽勝じゃねーよ」
だが、この話に納得がいかないらしく、シェイドが嫌なことを言い出した。
「ふぅむ……しかし妙ですな。生成ダンジョンの壁は消えたというより、破壊されたように見えましたが。あの壁はどんな強靭な剣士にも、知恵者たる賢者にも壊すことは不可能と聞いておりますぞ」
これにすかさず乗っかるのが我らが水玉バニー。
「あ! 分かったわ! あなた、また何か私に隠してるでしょ?」
「隠してねーよ」
ちょっと動揺しちゃったんで隠してるのバレバレ! 勘弁してマジで。
「きっとアレクには秘密の切り札があるのね! 私と同じだわ」
「んなもんねーってば。ヒーヒー言ってたわ」
「嘘! そろそろ暴いちゃうわよ。覚悟なさい」
得意げに両手を腰に当てて笑うエチカっち、マジでその格好からなにからエチエチ。
「俺ってば恥ずかしい秘密を暴露されちゃうー」
「あ、そういえば騎士のおじさんが必死になって探してるわよ。会いに行って、報酬貰っちゃいましょ」
せっかく乗ってみたのにスルーされる悲しさ。切り替え早くておじさんはついていけない。
「俺達すっげえ数の魔物を討伐してるからな。これはボーナスガッポリだぜガハハー!」
「成果としては大変なのものです。たった一日で魔物は大きく減少したことでしょう。騎士長の元へはワシが案内します」
唯一浮かれ感のないシェイドが、おっさん騎士のところへ案内してくれるらしい。
一週間くらいのはずが、もう終わったみたいだな。ちなみにルイーズはシェイドにおんぶされて、帰り道はすやすやだった。
「……イさま……ようやく見つけ……」
なんか寝言が聞こえる。夢の中で俺は捕まってるんだろうか。この執念にはマジで気をつけないと。あーこわい!
それはそれとして、この辺境の地エルドラシアはやたらと物騒だな。よろしくない輩に狙われてるのはほぼ確定。これで終わりじゃないだろう。
また面倒な連中とやり合うことになるのか。いや、ここは他の奴に頑張ってもらおう。
今度こそ楽に生活しよう、そう思った午後だった。
ーーーーーーー
【作者より】
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
じ、実はストックが……ストックが消滅しました(涙)
沢山読んでいただけているので、更新できるようなんとか続きを作っておりますmm
よろしければ下に進んだ先にあるお星様をいただけると、大変励みになります。
是非是非、よろしくお願いいたしますー!
それとですが、沢山の感想と誤字報告、イイねをいただき感謝しております!
ありがとうございます!
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