第22話 やあ大ボスちゃん、とっておきやで

 マップを見れば赤い光がキラキラと輝いてる。どうやらヤバイ奴がいるぞ。


 そして一番奥でたたずむ後ろ姿が、幻であったことを明らかにするように消滅を開始した。


「カイさまのお姿が……」


 ルイーズが悲しそうに呟く。でも、ここで感傷に浸っている時間はなさそうだ。


 赤いマークが変化してこちらに向かっている。でもパッと見た感じどこにもいないんだが。


「ってことは下か」

「え? きゃああ!?」


 咄嗟に抱き上げられ、お清楚ちゃんはビックリ。緊急事態だから、セクハラなんて言わないでくれよ。もち訴えるのはなしで!


 そしてジャンプしたところ、間一髪で回避に成功したっぽい。地面からデッカい手が突き出て空を掴んでいた。


「あ、あの大きな手はなんですの!?」

「どっかの巨人族かなー多分」


 言ってる間に着地して、とりあえず様子見。すると地面がモリモリモリー! って感じで盛り上がり、でっけえ二本の角と頭が顔を出した。


 そいつは一つ目の魔物であり、意外とつぶらな瞳でこちらを見つけると、咆哮しつつ地面から抜け出してきた。


 黒い体はゴリマッチョ。巨人族まではいかない絶妙なサイズ感。角と顔以外はやけに人間っぽい感じだし、いわば黒鬼ってところか。


 お巡りさーん! 変質者、変質者ですぅ! ここに変質者がいるんですー! って叫びたくなっちゃう見た目してる。もう痴漢を見つけたノリで叫ぶわ。


 で実際に警察が来たらその後……え! なんで俺まで逮捕してるんですか? 違います、俺は違うんですー! っていう流れまでありそう。


 なんて妄想していたら、隣で青い顔になってるルイーズが声を上げた。


「なんて恐ろしい姿! わたくし達だけで対処可能でしょうか」

「いけんじゃねーの。お?」

「あら? ……きゃあああああ!」


 めっちゃ近くで叫ばれちゃったから、耳がキーンとした。ちなみにお姫様だっこは継続中。ルイーズファン激おこ案件!


 だって角デカキメラってば、すげえ勢いで突っ込んでくるんだからしょうがない。


 あのデカすぎる両手に捕まったら、お姫様抱っこの上からお姫様抱っこをされる可能性があり、世界初の幻想的な光景が生まれるかもしれない。


 なんて冗談はさておき、多分圧殺される。しかも鋭利な角には不気味な電撃が走っているおまけ付き。


 俺はとにかく奴の動きを読んで、右に左に飛び退くようにかわす。巨体のわりにはスピードもある。恐らくキメラの中では上位に位置している。こいつはギリSSランクだな。


 こちらが距離を取りつつ様子見をしていると、捕まえられないボスキメラがふと足を止めた。何かやる気だわ。


「オオオオ……!」

「アレク様! 波状攻撃が来ます!」

「ほーい」


 奴は全身から細いビームを四方に発射した。ただ、ちょっとばかり数が多くて避けるのが大変だ。ダイエットの必要性を痛感しちゃう!


「セイント・シールド」


 ただ、こちらには有能な仲間がいるわけで。聖女が生み出した青い光の盾にすっぽりと包まれ、もうビームは無効化状態。お清楚シールドバンザイ!


「ここで決めるか」


 ちょうど反撃のチャンスが来た。ビームを弾きながら走り、ジャンプして突きを放つ。剣は完全に奴の額に突き刺さ——らなかった。


 なんとパキッと切っ先が折れてしまったのだ。


「こいつ硬いなー」

「まあ……アレクさまの剣が通らないなんて!」


 というより、この武器がSSランクを相手にするには弱い。辺境の武器屋で買ったんだけど、こういう奴を想定して作ってるわけじゃないからなー。


「グオオオオーーー!」


 しかし、さっきの一撃は黒いキメラを怒らせるには充分だった。全身が震え上がり、筋肉が隆起する。


 角だけでなく全身が雷に包まれた魔物は、そのまま後方に回転して飛んだ。


 そして透明なダンジョン壁を蹴り上げ、体を丸めながら猛スピードでこちらに飛んでくる。


 猛烈な風と音を肌に感じながら、ぎりぎりのところで回避。すぐに振り返ると、奴は丸まったまま反対のダンジョン壁に当たり、その反動でまた飛んでくる。


「きゃああ!? あ、アレクさま!」

「なかなかやな」


 かわしては壁に反射して襲いかかってくる魔物。そのスピードは衰えるどころか、むしろ加速しているようだ。


 どうやら特殊な体の構造をしているらしく、勢いが衰えない。ルイーズはビクビクしながら、ぎゅっと捕まっている。


 正直、聖女ちゃんを下ろせば戦いやすいんだけど、そうしたらすぐに轢かれちゃうこと間違いなしだ。


 だから、とりあえずこのままで戦う。彼女を右手だけで抱っこしつつ、左手に剣を持つ。でもルイーズは、なぜか降りようとちょっと動き出した。


「アレクさま、もうわたくしのことは……自分の身は自分で、」

「大丈夫大丈夫、こういうの慣れてるから」

「え?」


 嵐のような波状攻撃をかわしながら、ちょっとだけ昔を思い出していた。


 俺は前世では、こうしたお弾きゲーを愛していたものだった。だから動きが読めるのだ。ちなみにお弾きゲーだけではなく、あらゆるソシャゲをやった。


 ああ……思い出してきた。とあるゲームで登場したコラボキャラがどうしても欲しくて、ガチャを回して課金して爆死した淡い青春の日々。


 ……くそ! めっちゃ嫌な記憶だったわ!


 そうこうしているうちに、ようやく離れた場所で角キメラは止まった。


「やれやれ。どこ狙っても硬いんだよな」

「え? え、その血は」

「ん? かわしながら切ってたんだけど、もうこの剣ダメだわ」


 かわしざまにあんな所やこんな所を切ってみたが、致命傷を与えることはできない。完全に刃こぼれだらけになってきた。


「すぐ側にいたのに、まったく気づきませんでした。信じられませんわ。あ、あの! ……このチャンスに一度わたくしを下ろしてはいかがでしょう」

「それがすぐ来るんだな」

「え? は、はわわ!?」


 あまりにも突然の出来事に、ルイーズはアニメボイスでビビりまくってる。黒鬼のようなキメラは、ほんの僅か休んだだけで、すぐに体当たりを再開した。


 先ほどよりギアを一段上げたらしい。しかも今度は隙あらば捕獲しようと腕を伸ばしてくることもある。


 しかし俺は捕まらない。そこまで広くはないこの空間でも、避けるスペースはちゃんとあるわけで。


「ルイちゃんさ、バフ魔法とか使える?」


 とりあえず回避を続行しつつ、ちとお清楚聖女に相談をした。


「はい! できます!」

「身体能力全上げするやつがいいな」

「はい! では今すぐおかけしますわ」

「ああ、やっちゃって。アイツに」

「はい! わかりま……え?」


 静かに祈りの姿勢になっていたルイーズは、目を丸くして固まった。


「今なんと?」

「アイツにバフ魔法をかけてくれよ。ゴリッゴリのゴリラになれそうな魔法」

「な、何を言い出すのです。そんなことしたら殺されてしまいます!」

「大丈夫。もうちょっと速くなってもいける」

「……ほ、本当に?」

「ああ、そのほうが好都合」


 キメラが俺の言葉を理解していたのかは知らない。


 だがアイツは、この会話の後に一度大地に降り立つと、息を切らしながらまさに鬼の形相で睨みつけてきた。


 そして天を仰ぎ、今までで最もうるせー咆哮を上げやがった。身体中が途端に肥大化して、バチバチとした電流が駆け回っている。


「よし! まだいけるな。やってくれ」

「よ、よく分かりませんが……信じます。いきますわ」


 ルイーズはようやく瞳を閉じ、祈りを捧げた。すると七色に輝くオーロラが生まれ、黒いキメラに降りかかる。


 途端に辺りの空気が歪んできた感じがした。もはや変質者を通り越した化け物が、全身全霊かつ聖女のバフ魔法を受けて、これ以上ないほど落ち着きない動きになってる。


「お、来たな」

「きゃああああああ!?」


 地面が爆発した。黒く巨大な破壊の化身が、あらゆる暴力をその身にまとって飛び掛かってくる。


 奴の突撃は、もはや一秒もかからず俺に当たる。さっきよりもずっと高速で、もはや新幹線がぶつかりに来てるような錯覚さえある。


「そい」

「あ、ああああ」

「おーい! お清楚ちゃん、しっかりしろー」


 もはや恐怖でどうにかなりそうな聖女っち。ちょっと怖い思いさせすぎちゃってるなぁ。


 デカい角を持った悪魔は、何度も体当たりを繰り返してる。


「あ、ああ……ここは、もしかして天国ですの」

「いや、まだ生きてるぞ」

「へあ? アレクさま、どうして。まだ無事なのですか。わたくしたち」

「ああ。当たってないからな」


 でも当たらない。まだ俺を捕まえるまでにはいかない。なんたって俺、動画は倍速で観るのが普通だったから。いや、それは関係ないか。


「ギィイイイ!」


 どうやらキメラの奴が動揺してるらしい。そろそろだわ。


 何度も硬い硬いダンジョン壁に体をぶつけまくってるんだ。さらにはバフで動きを高めることで、より自分で自分を叩きつける威力が爆上がりしてる。


「ギァアアアアーーー!?」


 とうとう魔物は凶暴な雄叫びではなく、悲鳴を発した。自らのお弾き攻撃が止められず、壁という壁に激突しまくって、もはや尋常ではなくボッコボコ。


 いつしか悶絶して宙に放り出される形で、奴は地面に叩きつけられた。


 ここで俺はみんなのお清楚アイドルを降ろして、フリーになった右手を上げる。


「アレク様……最初からこれを狙っていたのですか?」

「ん? いやー、ただの思いつき」

「そ、それは! それはなんですの!?」


 気楽に喋りつつも、ひたすらに意識を集中し魔力を高めていた。その最中、苦しげに起きあがろうとする黒鬼キメラと目が合った。


「やあ大ボスちゃん、とっておきやで」

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