第21話 こ、こいつがやったというのか!

 アレクとルイーズがダンジョンの最奥に辿り着く前のこと。とある地下室で、不気味な笑い声が響き渡っていた。


「ファルガ様……聖女めが罠にかかりました」

「カカカ! 計画どおりじゃな」


 暗い室内は、まるで寂れた牢獄のようだ。しかしよく見れば異質な場所で、より不気味な何かを思わせる物で溢れている。


 部屋の中には乱雑に置かれた書物が多数あった。魔物と人体、それから危険な実験の数々が綴られている。


 汚れとヒビ割れが進み、老朽化している室内は血の匂いがこびりついていた。


 なんと言っても印象的なのは、沢山のポンプに巻き付けられた液体入りのカプセルだ。


 ここは極秘で合成魔物を生み出している施設であり、彼——ファルガに声をかけた者もまた、知性の高いキメラだった。


 男は壊れかけたソファの上に寝転び、獲物が罠にはまったことを喜んでいる。


「いよいよワシの夢が叶う日が来る。長かったのう」


 酒を煽りながら、ファルガは虎の顔と人間の体をしたキメラにしみじみと語った。


「あなた自身が史上最強のキメラになる、という夢が叶うと?」

「ああ、そうとも! この作戦の協力者が動くことが、ワシの夢には必須であり、動くからには失敗などありえんのだ」


 キメラはある水晶を注意深く見つめながら、何か操作をしているようだ。水晶に映し出されていたのは、驚愕を瞳に宿して走るルイーズであった。


 実はダンジョン化した空間の中に、大きな目玉と触手だけの魔物を何匹も隠している。


 その魔物達は全て視界を共有しており、それぞれの視界が水晶に映し出される仕組みになっていた。


 彼女をダンジョン内に引き込んでしまえば、ほぼ役目は終わる。その後は抵抗できない程度に痛めつけ、拘束した後にある男のところまで運べば仕事は終わり。


 あとは適当に、ほいほいと集められてきた冒険者や騎士達に被害を負わせれば、かねてから進めていた計画は次の段階に移せるのだ。


 余命短い老人が待ち望んでいた最終段階へと。


「何度も言うが、ワシの計画には、あの男が是非とも必要なのだからな」


 ファルガはとある男の頼みを聞き入れ、かつてのカイそっくりの男が魔物が蔓延る森へと入っていった、というデマを流した。


 その事実を知っている者は、今のところほとんどいない。さらにはこの施設も秘密の場所であり、彼はずっとここに隠れている。


 ファルガは元々は魔王軍幹部であり、合成魔物部隊を束ねる長であった。


 しかし敵対するスカーレットらキメラ反対派と争い、敗れて身を隠すという屈辱を味わっている。


 落ちぶれた我が身を呪いつつも、老齢となった男は野心を捨てていない。元々はキメラ研究は、自身を史上に残る存在へと生まれ変わらせるために始めたもの。


 その研究が、ある男によって叶えられるかもしれない。しかしその男は、どうしてもあの聖女が欲しいらしい。だから協力することにした。


「他の冒険者どもはどうだ? 苦しんでおるかな」

「はい。我々以外にも、元々森に生息する魔物達もおりますゆえ。百名近い人数がおりますが、いずれも苦戦を余儀なくされているようです」

「辺境の連中など、所詮は雑魚ばかりよ。ここで半分くらいは消しておくか。いや、他の連中も生捕りにするか。新たなキメラの実験体が欲しかったところだしなぁ! ハハハハ!」


 耳障りな笑い声を上げながら、ファルガはまた一本の酒瓶を飲み干した。背骨が曲がり、衰えが見える姿ではあるけれど、目だけは異様に大きく光っている。


「そうじゃ! もう我が本隊を投入しようぞ! ここで一気に殺しと捕獲を行っても問題なかろう」

「本体を投入なさるのですか。それでは——む!? ファルガ様、その前に一つご報告が」

「ん? なんじゃ?」


 何を焦っているのだ。勝利を確信した老人は、寝そべりながら部下の報告を聞くことにした。


「ダンジョンに辿り着いたのは、かの聖女だけではありません。一名、仲間の冒険者と思われる男が同行しています」

「ほう。どんな奴だ?」

「それが……背が低く太っており、やけに髪が長く……なんと表現するべきでしょうか……小さいオークのような男です」

「小さいオーク? ブホホ!」


 ファルガはおかしくて堪らなかった。取るに足らない存在に戸惑いを見せている、虎型のキメラが滑稽に映ったからだ。


「そのようなことをわざわざ報告するな。単なるオマケにしかならんだろうが! 小者は気にせんでよろしい。して、トラップのほうは問題なく作れているな?」


 虎はわずかの間だけ、老人に目を向けて笑みを浮かべた。


「ええ、全て完璧です。わずかなミスも生じていません」

「カカカ! 聖女のやつめ、捕まえたら奴に渡す前に、ワシが少しだけ実験に使ってやろうかな」


 猛獣の目をした部下は、水晶に映るアレクとルイーズをじっと注視している。問題はない、そう安心を覚えた時だった。


(……! なに?)


 ほんの僅かな間だが、聖女の隣を歩く男と目が合った気がした。


 完璧に隠れているはずのビッグアイに、気がついているとでもいうのか。しかし、すぐに顔が別の方向を向いたので、彼はいくらかホッとした。


(考え過ぎだ。気づかれるわけがない)


 一方、部下のかすかな動揺に気づかず、上司は気楽にあくびをしていた。


「それにしても、まあ退屈なもんじゃな。最初はどうするんだったかの?」

「第一の開けた空間にて、隠れていた部隊で挟み撃ちにする。抵抗する力を奪った上で……う、うえ……は?」

「なんじゃ! しゃんと答えんかい」


 しかし、タイガーキメラは主の言葉に気づかず、水晶に見入っていた。数秒後、我に返った時にはそれが終わっていた。


「馬鹿な! トラップに配置していた十名が、謎の爆発に巻き込まれています!」

「ん? 爆発じゃと」

「はい! 恐らくは魔法かと。第一のトラップ部隊が全滅しました。さらには、ビッグアイも一部消滅しました」


 一部エリアの大目玉が倒され、水晶に映っていたいくつかの映像が黒く染まった。


「ちょ、ちょっと待たんか! どういうことじゃ!? ルイーズめ、もう第一トラップまで辿り着いたというのか」

「いえ……まだルイーズ達は、百メートル以上離れた地点にいます。というより、場所的に認知すらできないはずなのですが」


 この異常な状況に、余裕しゃくしゃくだった老人が立ち上がり、部下と共に水晶を覗き込んだ。


「他に侵入者がおるのだろうが! よく見ろ!」

「侵入者はいません。というよりも、入り口を塞いだ以上誰も入れないはずです」


 何が起こっているのだ? ファルガは大きな目を皿のようにして、あらゆる点を観察した。


 だが、どう見てもルイーズは何もしていないし、隣を歩く男もおかしな点は見当たらない。ただ、雑談をしているだけだ。


「きっと何かの事故じゃ。魔道具か何か、物騒なものを用意しておったろう。それがきっと爆発を起こして、」

「またです! 今度は第二陣が!」


 次はファルガもはっきりと目撃した。凶悪な炎が、見るも歪な雷撃が、絶望を思わせる氷が、合成の化身達をまたたく間に葬り去る光景を。


「はああああ!? どうなっておるか! こ、これはぁ!」

「遠隔から魔法を使われているようです。しかし、どうやっているのか不明で、あああ! また!」


 またしてもビッグアイもろとも倒され、水晶の黒部分が増加していく。映像が消える間際、魔物達が倒れていく最後だけが確認できた。


「ピャー!? わ、ワシの可愛い魔物達が! せっかくの罠が!」


 老人は信じられない事態に戸惑い、我を忘れて震えた。タイガーキメラもまた、得体の知れない何かに恐怖さえ覚え始めている。


 だがその時、虎の頭をした怪物はようやく気づいた。


「あ、あの男です。ファルガ様……ようやく分かりました。奴が魔法を使っているのです」

「は? どうやってこんな遠距離から魔法を使うというのだ?」

「分かりません。分かりませんが……一瞬ではありますが奴の姿から、魔法を撃つ際の輝きが見て取れました」

「何ぃ!? こ、こいつがやったというのか!」


 一人と一匹は愕然としていた。自分達の常識の外にいる怪物が、水晶に映し出されている。


「なんということ! 接触すらできず、部隊が全滅しました!」

「ぐ、ぐうううう! だ、大丈夫だ! 最後に隠れている者がまだおるではないか。あのデスホーンが!」


 アレクとルイーズは何事もなくダンジョンを進み、とうとう最後の空間へと辿り着いた。


「た、確かに! デスホーンは我々の中でも最強の一角。ただの人間が倒せるほど甘い存在ではない……そうでしたね」

「そうじゃ! ワシの最高傑作の一つが、たった二人だけで倒せるものか」


 同時にカイの幻影は少しずつ消えていく。思わず近寄ろうとした聖女を、豚のような男が手で制する。


 やがて地中から大きな手が飛び出し、聖女を捕まえにかかった。

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