第18話 しょうがねーな

 さて、いよいよ達成不可能な捜索を始めることになった。


 そんな不毛な状況なんて夢にも思ってないみんなはお気楽そのもの。魔物の気配は今のところないので、もっぱら雑談しながら進んでる。


 マジでどうしよう。いっそ真実を告げるか? いや……流石にここまで逃避行してきて、それはできんなぁ。


「今のところなんもねーなぁアニキ。魔物が出てきたら俺が露払いするぜ!」

「んー、頼むわ」


 そういえばだが、モヒカン鎧ニキが歩く度にカシャン、カシャンという音がする。人によるかもだけど、俺は嫌いじゃないなこの音。


「ねえねえ! 今日も面白い武器を持ってきたのよ。知りたい?」

「なんだ? 新しいお札か」

「あはは! 違うわ、今回は鞭よ」

「鞭はやべーよ……バニー女王様になっちゃうじゃん」


 モヒカンがガハハ、ガハハと笑い、水玉バニーが今回持ってきた秘密道具……じゃなくて秘密兵器を見せてくる。


 二人の相手は慣れてるから、その後も淡々と喋っていたわけだが、問題はなぜか俺の隣にずっといるルイーズお嬢様だ。ちなみにドワーフのシェイドは寡黙なので、こういう時はずっと喋らない。


「実はですけれど、今回は直接アレクさまにお願いするつもりでいましたので、わざわざ出向いていただいて感謝しております」

「え、俺に?」

「はい。どうしても気になっていることがありましたの。あなたの剣の噂は聞いておりますが、あの方に似ているようなのです」

「あー、あれか。今日捜索してほしいっていう、たしか貴族の」

「はい」


 似てるもなにもって感じだけどな。ここは鈍感系主人公でいくしかない。鋭い直感には鈍感で対処すべし!


「そんなに似てるかなー。まあ剣捌きが似るとか、そういうの普通にあるぞ。絵を見る限り、他は似てないしな」

「ふふふ。あの絵は——」


 とルイーズが語ろうとした矢先のこと。奥に進んでいたはずの冒険者五名ほどが、なぜか早足で戻ってきた。


 間違いなく崖っぷち亭にいる奴らじゃないな。なんかイケメンオーラをふんだんに纏ってる。ってかちょっと香水付けてる?


 真ん中にいる男が話しかけてきたんだが、全身赤い服装でやたらと目立っていた。


「聖女殿。この先にどうやら、あのパンサーキメラが出現したらしい。危ないので俺達が警護しよう」

「あら? それでしたらご心配なく。わたくし、こちらの皆さまとご一緒しておりますの」

「ほほう……」


 どうやら聖女にいいところを見せたいので、わざわざ戻ってきたようだ。さらにそいつはジロジロとこちらを観察している。


 ちなみにパンサーキメラというのは、豹型の顔と人間の上半身、馬の下半身を持った合成魔獣だ。


 普通こういった森にキメラ型の魔物はいないはずなんだが、妙だな……。


「聖女殿。悪いが俺の見立てでは、こいつらは貴方の警護に適していない。豚と珍妙な鎧を着た連中なんぞではな」


 なんか吐き捨てるように言われたんだが。するとその言葉を聞き捨てならないとばかりに、モヒカンが前に出た。


「ああ? お前今……アニキと俺を馬鹿にしたのか。何処の野郎だ?」

「ふん。お前ごときに名乗る名などない。とにかく、俺達五人で奴を包囲して殲滅するので、聖女殿はここにいたほうがいいぞ」

「んだとてめえ!」

「ちょ、ちょっとモヒカンちゃん! やめて」


 モヒカンが俄然戦闘モードに入ってきたので、慌ててエチカが止める。ルイーズはぽかーんとしていた。シェイドは周囲を気にしているようだ。


 俺はというと、このイケメン冒険者の五人で包囲っていう言葉が気になってた。


「五人で包囲って……パンサーキメラくらいなら、一人で十分じゃね?」

「は? おいおい、このオークもどきは何を言ってるんだ。Sランクに該当する魔物だぞ」

「Sって言っても、過大評価されてるだけだ。あれは実質ギリギリAランクだぞ。わりかし冒険者界隈じゃ常識だけどな。あれ、もしかして知らんの? ってかお前ら五人じゃなきゃ無理なん?」


 この際だから煽っちゃお! するとどんどんイケメンの顔が赤くなってきた。


「ああ? じゃあお前は一人でできるって——」


 とヒートアップするイケメンの声を遮るように、森の中に咆哮が轟いた。


「きゃあ!?」

「うお!?」


 真っ先に驚く水玉バニーガールと鎧モヒカン。すると、意気揚々とこちらにニヤケ顔を向けたイケメンが走り出した。


「ははは! お前達にも見せてやるぞ。一流ギルド所属の冒険者がどれほどかをな!」


 颯爽と駆け出すイケメンと四人の仲間達。ちょっと奥のほうに豹の殺気立った赤い眼光がチラと見えた。


「囲め! 一気に袋叩きだ!」


 イケメンの指示を受け、他の四名がパンサーキメラを囲み、一斉に飛びかかろうとしている。


 ってかこの四人、それぞれ決められたメインカラーがあるんだろうか。青に黄色に緑にと、まるで戦隊モノを見ているような色分けがされてやがる。


「おーい! やめとけ」


 だがそれより気になることがあったので、引くように声をかけた。身体中から黒い奇妙なオーラが噴き出している。


 あれはたしか、全方向攻撃だったはずで。


 なんて考えていたらやっぱり当たった。豹のドギツイ叫びと共に、奴を中心とした数メートルに大きな衝撃波が発生してしまう。


「ぐあああー!?」


 五人はあっという間に吹き飛ばされ、それぞれ木や地面に激突させられた。イケメンレッドはぶっ飛ばされうつ伏せに倒れている。


「うぐぐ、こ、この野郎が」


 なんとか体を起こそうとするレッド。しかしパンサーキメラはこの機を逃すまいと、右手に長剣、左手に盾を構えて走り出した。


「あ! や、やべえ! アイツ殺されるぞ」

「大変! 助けましょ!」


 慌てる鉄騎兵っぽいモヒカンとエチカとは対照的に、シェイドとルイーズは落ち着きながら走り出していた。


 でも、ドワーフと聖女は元々動きが早いわけじゃないから、駆けつけるのは厳しい。


「ひ……! た、助け、」


 とうとう目前まで合成魔物の剣が迫る。あまり戦闘経験がないのか、イケメンが怯えてしまった。その首を刎ねようと水平になった刃が、猛スピードで接近した。


「しょうがねーな」

「ぎゃふう!」


 そしてそのまま無残な血飛沫が上がった、というわけではなく空を切った。


 ギリギリのところで間に合った俺が、イケメンレッドに飛び蹴りを入れて吹っ飛ばし、キメラの剣から逃れさせた。


 でも蹴っちゃったの顔なんだよね。悪く思うなよ、胴体に当てたら上手く回避できなかったかもだし、生首にされるよりマシだろ。


 豚って言われたのを根に持ってたんじゃないぞ。ホントホントこれマジ!


 パンサーキメラは獲物を狩り損ねて怒り心頭だ。すぐに振り返ると、今度は俺に狙いを定めて猛ダッシュしてくる。


 強烈な風が全身に吹きすさび、血に飢えた叫びが鼓膜に響く。奴は先ほどより少し低めに、剣を水平にして迫ってきた。


 こういう時こそ落ち着いてよく見ることが大事。腹の辺りを狙っている剣が、あと一メートル、数センチで触れるかどうかというタイミング。


 集中するほどに時の流れが遅く感じる。スローとなった刃をなぞらせるように、ギリギリで回転するようにジャンプ。同時に剣を背中から抜いた。


「ほいほいほいほい」

「グアァ!?」


 スローモーションになった世界で、軽めに四回ほど切りつける。多分一発でもいけると思ったんだが、念の為三回サービスしといた。


 あとは静かに着地して完了。草の感触を両足に感じた時、それは終わっていた。


 すれ違いざまに急所を切り裂かれた魔獣は、そのまま数歩よろめきながら進み、静かに崩れ落ちた。


「あ、アニキー!」

「え? え? 今どうしたの!?」


 少しだけ遅れて、不審者ーズの二人が追いついた。


「ちょちょっと切っただけ。とりあえずこれで銅貨を貰うくらいは確定だな」

「切ってたのか。俺、全然見えねかったぞ」

「しかも何箇所も切ってるみたい! 即死したみたいよ。さすがルーク君の先生ね!」


 水玉バニーがキメラの亡骸を鞭でちょんちょんしてる。もし魔物がドMだったら、あの世でこの鞭に叩かれたかったと残念がるだろう。


 シェイドは追いつくなり、戦隊モノみたいな連中の無事を確認していた。


「シェイド、そいつらは無事だぞ。とりあえず……あれ、どした?」


 うわ……なんかルイーズが可愛い口を開きっぱなしにして、こっちを見てるんだけど。

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