第16話 やあねーちゃん。俺の家やで

 すげー勢いでなんかが急降下してるのか。


 暗くてよく見えないが、とりあえず壊そうかなーとか考えていると、近づくほどに見覚えがある生物であることに気づく。


「ドラスケ! 一体どうしたのだ!? 止まれ、止まれーーー!」


 しかもめっちゃ見覚えのある女が上に乗ってる。


 なるほどな。よくよく見れば真っ赤な奴が超速で向かって来てるわ……ここに。


「グオオーン」

「あ、アレク! 何かがこっちに——」


 パジャマエチカの声と、ドラスケが俺に激突して来たのはほぼ同時だった。マジ勘弁な衝撃と共に、俺はコロンとひっくり返った。


 それはそれは壮大な地鳴り音と一緒に、腹の上にも新たな衝撃が。


「クウウーーン」

「あい、たたた……ドラスケ! 一体何をしているのだ。あ! 君は!? この間の——」


 ドラスケのタックルアンドホールドをされている俺は、仰向けになりながら困惑していた。


 さらにはスカーレットが俺の胸の上に乗っかってるわけで。彼女は黒いレオタードに若干近い全身鎧を纏っているが、お尻の辺りの感触がやけに生々しい。


 しかし、衝撃が尋常ではなかったので、ラッキースケベ感は皆無。簡単に言うと痛い!


 よくある青春モノで、遅刻遅刻ーと慌ててパンを咥えながら走っている女子と曲がり角でぶつかる。男は人生で一度はそういうシチュエーションに憧れるもの(少なくとも俺は憧れた)


 だが、そんな状況とは似ても似つかない破壊力に、ただただ圧倒されるばかりだ。


 さらに顔の近くではドラスケが、ハフーハフーと吐息を吹きつけながら顔をすりすりしてくる。


「やあねーちゃん。俺の家やで」

「そ、そうか。随分と立派な家に住んだのだな。良かったな」


 慌てたように喋り方が立派になるスカーレット。でも、全然貫禄なんて出ない状況だぞこれ。


「とりあえず、降りてもらえん?」

「あ……す、すまない! 相棒の竜が暴走してしまって」


 そそくさと俺から離れてくれた魔王娘だが、ドラスケは相変わらずくっついている。


「凄いわ! 本物のレッドドラゴンね! アレク、お知り合いなの?」

「あ、ああ……馬車屋で会ったんだ」

「あの馬車屋を借りてる人!? カッコいいわ!」


 ミーハー女子の代表格みたいなエチカが興奮気味に叫ぶ。ようやくお隣の存在に気づいたのか、若干頬が赤くなっているスカーレットはコホン、と咳払いをして服装を正した。


「君は彼の知り合いかな。私はスカーレット、ワケあってこの町にお邪魔させてもらっている。なぜか今日は愛竜の様子がおかしくなってしまったのだ」

「スカーレットさんね! カッコいいわ! 私エチカっっていうの。よろしくね」


 ここが女子校だったらエチカの奴、スカーレットに恋してるかもしれん。なんて余計なことを考える場合じゃなかった。


 ドラスケがまた顔と前足で俺をロックしてるんだわ。しかもでっけえ舌でベロベロされてる。


「俺ってば竜に捕まってるんだけど」

「あ! これは申し訳ない。ドラスケ! 迷惑だから離れろ」


 主に命令され、ようやくゴッツイ腕から解放される俺。これ普通だったら死んでる案件だと思う。


「それにしても、どうして君にこうも懐くのか。もしかしたら、君を見つけてドラスケは暴走したのだろうか」

「匂いのせいじゃないか。魔物の匂いがこの前よりついてるかもしれないな」

「……うーん。そうだろうか。とにかく、家があるのだから風呂にはしっかり入るように」


 なんか疑いの目が強くなってきた。切長の瞳が、チラチラと俺の頭から爪先までチェックしてる。嫌な予感が膨らんできたぞ。マジでそろそろこの町から去ってほしいんだが。


「とにかく、今日は大変失礼なことをしてしまった。今度お詫びをさせてくれ。この家にしばらくは住むつもりなのか」

「そうよ!」


 隣の家からエチカが答えてる。いやいや、俺が答えるところでしょーが!


「気にするなよ。全然大したことじゃねえって」

「いや、そういうわけにもいかない。私はこれからある男とともに国を作る。その時、わずかでも恥があってはならないのだ。ではアレクとエチカよ、今日はここで失礼する」

「そうかい、じゃーな」

「はーい! またね!」


 ピンクパジャマの女子校後輩感バリバリな声援を受けて、スカーレットはようやくドラスケに乗って飛び去っていった。


 帰り際もドラスケが俺を見つめて鳴いて来たんだが……あいつには完全にバレてる気がする。


「カッコいい人ね。国を作るなんて、凄い野心だわ……あら? ねえアレク、あなたのお家、傾いてない?」

「ん? ……げ! ちょっと斜めってるじゃねえか!」


 まあ、若干ではあるが。確実に家がドラスケクラッシュで傾いちゃったよ。借りてまだ三日も経ってないんだけど、どうすんのこれ。


 ◇


 超バタバタした夜が過ぎ去り、静かな朝がやってきた。


 少しだけ歪になってしまったけれど、さすがはギレンさんの別荘である。まだ貫禄を保っているので、とりあえずこの件は後にする。


 今日はルーク君も来ないようなので、昼過ぎまでは寝よう……などと考えていると呼び鈴が鳴った。


「アレクー! 起きてるー?」


 眠気まなこで玄関ドアを開けると、そこには水玉バニーがいた。


「おはよっ!」

「……お、おはよう。マジかよ。そんな模様のバニースーツがあるのか」

「マジよ! バリエーションはまだまだあるわ。バニースーツの可能性は無限大よ。それより、例の依頼受けに行ってみない?」


 例の依頼ってアレか。金貨三枚の特大案件か。バニースーツの可能性も気になるところだが、やはり金貨三枚のインパクトがデカすぎる。


「まあ行ってみるか。しかし、金貨を持ち出すほどの依頼って、どんな内容なんかな。ってか俺らでも受けれるんだっけ?」

「今回は誰でもいけるんですって。行ってみましょ!」


 相当珍しい条件だな。完全歩合らしいから、何もしなかったら報酬ないんだろうけど、実際どんな依頼か気になるところ。


 とりあえず俺達は崖っぷち亭に向かった。その道すがら、そういえばモヒカンの奴はギレンさんからどんなお礼を貰ったのかを考えていた。


 アイツも家を借りたりするのかな。ここ最近は会ってなかったが、そろそろ普通に復帰してるだろうし、いろいろと話を聞いてみたいところだ。


 エチカとなんのことはない雑談をしながら、俺たちはギルドのドアを開いた。


「おはよー!」

「やあみんな、俺やで」


 すると、中は相変わらず賑わっていたが、今回は特に反響が違った。


「エチカちゃん、おはよう」

「今日もかわいいね」

「水玉バニーっていいな」

「おはようエチカちゃん」

「エチカちゃん!」


 すげー人気だなバニー。こいつ毎朝こんな感じで挨拶されてんのか。モテないギルドの男どもが必死だ。


 それとは別に、女冒険者からも挨拶されまくりなあたり、普通に好かれてるんだなエチカは。途端にみんなに囲まれてリア充爆発なトークタイムに入ったようだ。


 空前のバニー人気はともかく、俺への反応は特にない。これはありがたいことだ。良かった良かった、これでまた平穏な日常が戻ったって感じがする——


「おはようだぜ兄貴!」


 いや、一名だけ反応してる奴がいる。ガタッと酒場フロアの椅子から立ち上がったそいつは、ぱっと見は知らない大男だった。


 全身刺々しい鎧に身を包んでる上に、ごっつい兜をつけてて顔が分からん。


 こういう鎧を着た魔物がいたっけなぁ。ってか普通にどっかの魔物が紛れ込んでんじゃね? というくらいヤバい。


 ん? 兜から逆立った髪だけが出ているが、まさか……。


「えーと、どちら様で?」

「やだなぁ兄貴! 一緒に幽霊をやっつけた仲じゃねえか」

「やっぱお前モヒカンか。その格好どしたん?」

「ギレンさんからお礼がしたいって言われてよ。せっかくだから特注の鎧と武器をもらうことにしたんだ」


 そう言いつつ、モヒカンは手にしている武器も自慢げに見せてくる。髑髏の紋章が入っているデッカい斧。


「大丈夫か。これ、呪われてない?」

「バッチリ問題ないぜ! ちゃんと名のある聖女さまに見てもらってる」


 名のある聖女ねえ。ここで聖女って言ったらあいつしかおらんな。とか考えると、受付嬢がこっちに手を振ってきた。


「クリスティーさん。例の依頼の件でお話がありますので、こちらにどうぞ」

「うっす! 兄貴、あの特大案件の話、もう聞いてるだろ? 一緒に行こうぜ」

「金貨三枚のやつな。じゃあ行くか……って、え!? クリスティーってお前?」

「そうだぜ! ありがとよ兄貴! 兄貴がいれば今回も成功間違いねえ」


 なんてことを言いながら、ルンルンで受付嬢さんの元へと向かうモヒカン。名前のイメージと実物がこれほど一致しない奴も珍しい。最近驚きの展開ばかりだわ。


 しかも今回は、バニーとモヒカンだけが参加するわけじゃないらしく、崖っぷち亭から二十人以上は参加するらしい。


 どうやら捜索案件らしいが、具体的な話は現場でしたいとのこと。リア充トークを終えてきたバニーとゴッツイ鎧モヒカンと一緒に、まずはその現場とやらに向かってみた。

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