第15話 おはようございます……おお……!
「いいか、相手がデカいからと言って、面を狙うことを辞めちゃいけないぞ。向こうは顔が狙われないと分かっただけで、楽になっちゃうからな」
もっともらしいことを言いながら、俺は前後左右にステップしつつ、実戦を想定しながら風を切る。
あんま思い出したくないが、人間相手にも切り合いをしなくちゃいけない時はあった。
相手は一人の時もあれば、集団とやり合うこともある。血生臭いったらないグロ記憶。
そういった過去の相手をイメージしながら、ひたすらに急所という急所を切り、突き、時には叩き伏せる。
「こ……これは……」
ルーク君のぼそっとした声が聞こえたものの、手本を見せるためしばらくは動き続けることにした。
一つのところに留まらず、流れるように体を移動させ、切りつけると同時に次の場所へ。俺はいつしか戦乱に近しい闘争の日々を思い出していた。
あの時は腐るほど相手がいたもんだが、いつの間にか誰もいなくなっていたなぁ。敵も……それから味方も。
感傷に浸っている場合ではないか。とりあえず最後に、少年に覚えてほしい面への切りつけを見せたところで、剣を納めて構えを解く。
「まあ、こんな感じに動いてほしいんだが、おけ?」
「……ね、ねえアレク! 私、ほとんど動きが見えなかったんだけど!」
「え、マジかよ」
まあいいんだよ、バニーは見えなくても。
「でも分かったわよ。最後の一人、ミノタウロス並みの大男が首筋を切られて、砂埃を上げながら倒れていく姿が目に浮かんだわ!」
「すげー想像力だな」
エチカの奴、イメージだけはすげえ! 一体どこのグラップラーだ?
「あ……あの……」
すると、ちょっと震えているルーク君が喋り出した。
「僕も、あまり動きが見えなかったんですが。それでも、素晴らしい剣技であることは分かったつもりです! こんなに素早くて迫力がある剣を見せてもらったのは、人生で初めてかもしれません」
「オーバーだな。このくらい王都のほうが腐るほどいるぞ」
「あら? 王都のことに詳しいのね。もしかして住んでたの?」
ギク……っとしちゃう俺。勘のいいバニーは嫌いだよ。
「ちょっと見たことがあるだけだ」
「ふふ! また一つ秘密を暴いたわよ」
「秘密なんかねーよ。よし、じゃあ練習再開といくか!」
「はい! 先生!」
うーむ。唐突にルーク君が先生呼びを始めてしまった。まあ、教えるわけだから間違いではないか。
こういうのはダラダラ教えても仕方がない。俺は基本動作から練習方法まで、一通り教えてやることにした。
◇
「やあっ! せい! せい!」
「よっしゃ! その意気だその意気」
次の日、早朝からショタっ子がやってきたので練習をすることになった。
今日は昼過ぎまで寝ようと思ってたのにな、なんて考えたけどしょうがない。昨日と同じように練習試合形式でやっているが、今度はなかなかに勢いがある。
「おはようございます……おお……!」
バチンバチン、と木剣がぶつかり合っている最中、どうやらギレンさんがやってきたようだ。
そういえばエチカは今日はいないし、モヒカンも見てないな。俺はとりあえずルーク君の木剣を捌きながら挨拶をした。
「おっす」
「いやはや、なんと素晴らしい! ルーク、見違えたぞ!」
確かに少年の剣は勢いがついている。男の子っていうのは、急に成長するもんだよなぁ。
などとぼんやり自分の小さい頃を思い出した途端、黒歴史まで頭にチラついたので考えるのをやめた。
「はあ、はあ! えいや!」
「オッケー」
とりあえず俺から一本は取れなかったものの、これならまあ大丈夫っていう腕にはなってきた。
ひとまずまた首筋に軽く剣を当てて、今回も終わり。
「ま、参りました」
「良くなってきたと思うぞ。デカい奴を相手にする時は、できるだけ自分からいけよ」
「はい! 先生!」
なんかむず痒い。ルーク君の瞳がキラキラしまくってておじさんキュンとしちゃいそう。
まあそれは冗談として、なぜかギレンさんまで目が光ってるのは気のせい?
「たった一日でこれほどまで上達させるとは。やはりアレクさんは只者ではありませんな!」
「全然。俺なんてただ適当に言ってるだけなんで」
「いえいえ! 私の思っていたとおり、いやそれ以上でした。是非、これからも息子をよろしくお願いします」
「これからもお願いします! アレク先生」
伯爵と息子に頭を下げられてしまい、俺も慌ててペコリと礼をする。こういうストレートな感謝をされるほどのことは、やっぱりしてないんだが。
◇
その日の夜。久しぶりの家風呂でスッキリした俺は、二階のベランダで酒を飲みながら景色を眺めていた。
こういう生活ってマジで久しぶりな気がする。逃亡生活を始めてからは、なかなかのんびりできなかったからなぁ。
「やっほー! 今日はどうだったの?」
すると、最近よく聞く鈴を転がしたみたいな声がした。
「ん? あれ……お前、なんでそんな所にいんの?」
隣の屋敷の二階から、どういうわけかエチカが顔を出している。しかも今宵はバニーじゃねえ。ピンク色のパジャマなんぞ着てやがる!
「この家もギレンさんの別荘なんですって。私も借りることにしたわ」
「マジかよ」
「マジよ! 服を買ってもらうのはやめたわ。バニースーツ沢山持ってるし」
えええ……っていうか俺の家よりそっちのほうが全然高級感があるんだけど。なんか格差出てる気がするぞ。
「お前、パジャマは持ってたんだな」
「当然! ねえアレク、実は今日ね。とっても面白そうな依頼を見つけたの」
「依頼? ああ、依頼かー」
正直な話、ギレンさんというパトロンが出来つつある俺に、もう崖っぷち亭の仕事はいらないのではなかろうか。今日だって銀貨一枚貰ってるし。
もう俺ってば崖っぷちじゃない。ちゃんと家あるじゃん、という空気感を出してみたが、風呂上がり感がある妙にエッチいエチカは気づかない。
「それがヤバイのよ! 完全歩合制みたいだけど、成功したら金貨三枚は上げるんですって」
「なんだと! よし! 俺は行くぜ」
はい。またコロッと方針転換です。このくらいゲンキンじゃないとこの世界じゃ生きていけません。金貨三枚なんて言われたら行くしかないね。
「もちろん私も行くわ。いよいよ私も上級冒険者になれちゃうかも」
「あれは試験がいるだろ」
「崖っぷち亭にはないのよ! だから他のギルドと比べて、信用もないわ!」
「堂々と言っていいことじゃないな」
あらゆる意味でいい加減なんだよなぁ。だから変な依頼しか来ないんだよあのギルドは!
でも、そういうとこじゃないと働けない連中が集まっているわけで。
という感じでこの世界の雇用事情を憂いていると、なんか夜空に一際大きな光が見えた気がした。
……いや、気がしたんじゃなくて見えてる。なんかすげえ勢いで、こっちに向かって来てる。
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