第14話 じゃあアレクが教えてあげれば良いんじゃない?
ギレンさんは伯爵家ということもあり、それなりに持っている領地は多い。
辺境の地エルドラシアには、まずお金持ちが少ない。だから彼のような人は珍しく、けっこう良い物件を持っていたりする。
街中の一等地とも言える場所に、その別荘はあった。
「うおお……」
俺は思わず唸ってしまう。二階建ての家は白塗りで、想像していたほど大きいものではないが、一人暮らしには十分すぎるサイズ感だ。
なんていうか、日本に住んでいた頃見た一般的な一戸建てと同じような広さだ。庭も大体同じくらい。
「素敵ねー!」
俺の隣にいるバニーは目を輝かせて別荘を眺めていた。そういえばこいつはどこ住んでんだろ。
「いいんすか、こんなにいい所を借りちゃって」
「勿論です。さ、中をご案内しましょう」
ギレンさんに連れられ家の中に足を踏み入れると、そこまで広くはないが、家具のひとつひとつがなかなかにゴージャス。普通にシャンデリアとかあるんですけど。
「俺には勿体無い豪邸っすわ……」
「良いのですよ。皆さんは命の恩人ですからな。よろしければ、エチカさんとあのお兄さんにも、相応のお礼をさせて下さい」
「じゃあ私は服を買うお金が欲しいですっ」
バニーはまるで遠慮する気配がない。なかなかに豪胆な奴だ。それとモヒカンは何がほしんだろうな。パンクなアイテムとか欲しがりそう。
「ありがとうございます! じゃあ少しの間、お借りします」
「ええ、いつまでも借りていただいて結構です」
もはや断る理由はない。っていうか久しぶりにちゃんとした所に寝泊まりできそうだ。
「ねえねえ、あそこに男の子がいるわよ。木剣を振ってるみたい」
ちょっとした安堵感に包まれていると、庭を見つめていたエチカが話しかけてきた。
見れば前世で言えば中学一年生くらいの、まだあどけない少年が必死に剣を振っている。
「あれは長男のルークです。子供たちの中でも、かなり武術に関心がありましてね。悪霊が現れてからというもの、こちらで剣の練習をしていたようなのです。熱心なのは良いことなのですが、私に似て才能がないようで」
「えー、私的にはビュンビュン振ってて強そう! って感じですけど」
トーンダウンしたギレンさんとは対照的に、バニーは関心しきりに眺めている。
「エルドラシアで開催されている剣技大会に出場しているのですが、残念なことに毎回初戦敗退しているのです。体も今のところは、同い年の子と比較しても小さいのです。これでは、武術の道は期待できませんな」
実はエルドラシアでは、武術大会が盛んに行われている。優勝した者はそれなりに良い報酬が貰えたり、それなりに名誉ある勲章を貰えたりする。
俺はあんまり興味がなかったので敬遠していたのだが、中にはギレンジュニアのように一生懸命になる人もいるわけだ。
ギレンさんは苦い顔になり、エチカも「うーん」と悲しそうな顔。まあ、分かり頃の挫折なんてよくある話だわなーとか思いつつ観察していると、妙な違和感が生じた。
「いや、あの子は才能あるっすよ」
「……え?」
「あの感じはけっこうセンスありっすわ。ただ、伸びるにはきっかけが必要かな。教師は誰がやってるんですか?」
「あ、いえ。実は専門の教師は雇っていないのです。私が教えていたのですが、」
ああ、やっぱりか。ギレンさんはあんまり武術は知らないみたいだし、しょうがないか。
「そんなにセンスがあるの? 私には剣のことは全然分からないわ」
「お前は服のセンスも怪しいけどな」
「え? 服装センスは最高よ。ギルドのみんなが褒めてくれるもの」
ドヤ顔になるバニー。そんなエチエチな格好なら、崖っぷち亭の連中は喜んで褒め称えるだろうが、奴らはあらゆるセンスが崖っぷちだから参考にしてはいけない。
「あれなら熟練の教師をつければ伸びそうなんだけどなー。ギレンさん、誰か雇ってみたらどうです?」
「いえ、それが……エルドラシアには、そういった教師はいないのです」
そうだったか。興味なかったから知らなかったけど、ひょっとしてみんな自己流か。やっぱ隅っこの町だけあるわ。
「じゃあアレクが教えてあげれば良いんじゃない?」
「俺?」
「おお! それがいい。アレクさんなら、きっと素晴らしい剣の教師を務めてくれるに違いありませんな。お願いできませんか」
余計な一言バニーのせいで風向きが変わってきた!
ええー、教師なんてめんどくね?
「いや、でも……俺も教えるのは上手くないんで。ここは違う人にしたほうが。あ、あのモヒカン——」
「報酬は一度の授業につき、銀貨一枚でいかがでしょう」
「やりましょう」
即決です。心なんて金でコロリと変わるもの。ここで貯金まで作っちゃう?
「ありがたい! 何から何まですみませんな。では、早速息子と話をしたいので、こちらまでお願いできますか」
即決した俺は、早速ルークに紹介してもらうことになった。
「父上、おはようございます」
「おはよう。今日も励んでいるようだな。調子はどうだ?」
「それが……先日の剣術大会でも、思った成績は残せませんでした。ところで、こちらの方々は?」
「うむ。ならばそろそろお前にも、しっかりとした教師をつけるべきであろうな。というわけで、彼をお連れしたのだ。名をアレク殿という、それは凄腕の剣士であり、私の命の恩人だ」
「やあルーク君、俺やで」
「あ……はじめまして」
怪しんでいる心の中が手に取るように分かるぜ。まあ、この身なりだからな。きっと親父がオークを連れてきたと思ってるかも。
「こちらの方はエチカさんだ。彼女も私を救出してくれた恩人だ。もう一人いらっしゃるのだが、今日はご不在でな。よろしく頼むぞ」
「よろしくねルーク君!」
「は、はい! よろしくお願いします」
おやおや? なんか俺の紹介の時とリアクションが違うんですが。ポッと顔が赤くなっているあたり、実はなかなかに色気づいてるんじゃないか。ええ? ルーク君!
「実はアレク殿には、しばらくこの別荘に住んでいただくことにした。これより中を紹介してくるのだが、その後さっそくお前に剣を教えていただくことにする。くれぐれも失礼なきようにな」
「……はい」
やっぱりエチカの時と反応が違うわー。まあそうなるよね、知ってる。とりあえず俺はもったいない部屋の内覧を終えた後、ルーク君に剣を教えることになった。
◇
まさかこの歳で、少年に剣を教えることになるとは思ってもいなかった。
庭で真剣に木剣を振るうルーク君。なかなかに鍛えられていて、歳のわりには筋力がついてる。
「せいっ! せいっ!」
気合の入ったちょっと可愛い少年ボイス。これは全国のお姉さんが放っておかないな。
「よし。素振りはそのくらいでいいよ。とりあえず俺と実戦感覚でやってみようぜ」
「え? あ、はい……」
正直な話、この子は同い年くらいの子が相手なら普通に勝てるはずだ。良くない癖というか、悪い原因があるんだと思う。まずはそこを修正することが第一だ。
というわけで俺は木剣を適当に構える。
「じゃあ審判は私がやるわね! よーい、どん!」
「いやいや! 掛け声がおかしいって。始め! とか言ってくれよ」
気が抜けちゃう掛け声で始まった練習試合だが、ルーク君は慎重に剣を構え、なかなかこちらに向かってはこない。
本来なら俺はさっさと切りかかるのだが、ここは半分サンドバッグになるつもりで先手を譲ることにした。すると、しばらくしてから少年はじり、じりと距離を詰めてくる。
ギレンさんに聞いた話だと、どうやら背の高い相手に弱いらしいが、実際はどうなんだろ。
「や、やあー!」
「ほい」
直後、ルーク君は剣道で言う小手を狙って木剣を振ってきた。軽く弾くとすぐに下がり、今度は胴体を狙ってくる。
大体それを何度か繰り返してきたところで、俺はスッと前に出て、首筋に木剣を優しく当てた。
「はい」
「あ!?」
「はーい! アレクの勝ちね」
審判などロクにやったことも見たこともないエチカは、なんとも気の抜ける声を上げた。
「……負けました」
しゅんとなる男の子に、俺はポンと肩を叩く。
「最初は誰でも弱いからな、気にするなよ」
「でも、もう僕は一年も練習を積んでいるんです。でも、この前は始めたばかりの人に負けてしまいましたし……」
ああ、なるほどな。そういうのショックだよね。
「分かるぞ。だがこういうのは気合とテクニック。気合と勇気はあるんだから、あとはちょちょっとテクを磨けばなんとかなる。ではこれからテクニックを教えるぜ。これを見るんだ」
「はあ……え……え!? こ、これは!」
とりあえず先輩として、俺は有効な動きを見せることにした。
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