第13話 ところでギレンさん、報酬の件なんですけど

 ……という過去の回想は終わり。いやー、大変だったわ。


 しかし今のスカーレットの目を見れば、絶対にバレていないという確信を持つことができた。


 知り合ったばかりの頃と同じ、冷たく鋭いナイフを思わせる瞳をしていたからだ。


「じゃー俺はこれで失礼するわ……と!?」


 だが魔王の娘よりも、実はドラスケのほうが厄介。なぜか俺をデッカい顔と前足で挟むようにして、離そうとしないのだ。


「おいおい。出れねえよ」

「ドラスケがここまで懐くとは。君は一体何者なんだ?」

「俺はアレクっていう、ただの町民だ」

「仕事は何をしてる?」


 まるで職質にでもあっているような気分だった。けっこう懐かしい感覚な気がする。このままだと連行されかねない勢いまで感じるあたり、前世を思い出すわ。


「俺は冒険者をしてるんだ。多分あれだな、魔物の匂いでも移っていたかもな」

「そうか。ちゃんと風呂には入るように。ドラスケ、そろそろ離してやれ。迷惑だぞ」


 主に促され、ようやくドラスケはその長くてデカイ前足のロックを外してくれた。


「お、おう。じゃあな」


 良かった良かった。とりあえず俺は解放された。そそくさと馬車屋を後にしたわけだが、次に寝泊まりできる場所を探さないとな。


 それにしても良かったわ。ちゃんと外見を細工しておかなかったら絶対にバレてた。


 ◇


 ルイーズにしろスカーレットにしろ、この姿を見ても俺だと分かることは絶対にない。


 なにしろ俺は、以前の姿とは似ても似つかない格好をしているからだ。


「何事も備えが肝心だなぁ」


 ひとまず公園のベンチに座り一休み。突然のことでまだ心臓がドキドキ中だった。


 さて、とりあえずどうしようかという前に、現在の荷物を確認してみる。意識を左手に集中し、魔力を流し込む。


 あっという間に腕から拳にかけて青い光が発生し、広げた掌の上に四角いボックスが現れた。


 収納魔法というジャンルであり、この中に大事なものはほとんど入っている。


 このボックスの中は俺でなければ取り出せない。中にはいくつかの武器や防具、それからなけなしの銅貨が入っていた。


 本来ならもっと多くの物を入れることができるのだが、かなり容量の大きい物があるせいで、ほとんど圧迫されている状況だ。


 その大きすぎる荷物とは、つまるところ俺自身である。ボックスの中にとある魔道具が入っていて、かなりのスペースを占めてしまっていた。


 一年半ほど前のことになるが、かつて自分自身の容姿から能力に至るまで、そのほとんどを封印することに成功した。


 特殊な魔道具を使用しており、俺だけではやれなかった離れ業だ。ある協力者の力があり、どうにか容姿と力を分離させることに成功したというわけ。


 ちょっとした変装程度ではバレてしまう可能性は充分にありそうだったから、念を押して準備していて良かったと思う。


「いやー良かった良かった」

「何それ? アイテムボックス?」

「うぉわ!?」


 ボックスの中から秘密の魔道具を眺めてホッと一息ついていたら、後ろから急に声をかけられて飛び上がりそうになった。


「なんだバニーか。ってか、毎日色が違うな」

「何着もあるわ。豹柄とかもあるわよ」

「豹柄? バニーなのに?」

「今やバニーガールは、なんでもありなのよ!」

「そんなことで胸を張られてもなぁ。ってかマジで神出鬼没だな」


 今日は黄色バニーなエチカは、興味深そうにボックスの中を覗いてきた。あまり知られたくない物が入っているので、そそくさと魔法を解除した。


 まあ、こういう収納魔法が使えるやつは意外といるし、そこまで珍しい話でもない。


「ギルドの窓からあなたが見えたの。っていうか知ってる? 馬車屋さんがドラゴンを仕入れたんですって」

「あー知ってる。でも仕入れたんじゃないよそれ。ドラゴンの持ち主はちゃんといるから」

「え? 知ってたんだ? 持ち主ってどんな人?」

「よく知らないけど、立派な感じの女だったぞ」


 よく知ってるけど、今日初めて会ったという設定でいく。


「ふぅーん。気になるわ。そういえばさっき、ギレン様が目覚めたんですって。一緒に行ってみない?」

「おお! じゃあ行くか。モヒカンは?」

「それが二日酔いが酷すぎて動けないみたい。とりあえず二人で行きましょ」


 アイツもガンガン酒飲んでたからなぁ。とりあえず俺たちは、二人でギレンさんの所に行ってみることにした。


 ◇


「おお! よくいらして下さいました! 話は全て伺っております」


 辺境のさらに端に存在する屋敷は、もう活気を取り戻しつつあった。ギレンさんが目を覚ました後、家族やメイド、執事達もまた屋敷に帰ってきたというわけ。


 屋敷の広間でくつろぐ彼は、あの絵画そっくりな見た目ではあるが、目は温厚さに溢れている。


「なんとお礼を申し上げたら良いか。あなた方は命の恩人であり、我が伯爵家を滅亡の危機から救ってくださったのです。感謝の言葉も見つからぬほどです」

「それほどでもないっすよ」

「元気になられて良かったですね! ギレン様!」


 メイドにはお茶を勧められ、ギレンさんの子供からも感謝の抱擁をされ、どうにも落ち着かない時間を過ごした。


「ところでギレンさん、報酬の件なんですけど……」


 そして俺は、とうとう言い出しにくい話題個人的ランキング第二位、金の話を切り出した。ちなみに一位は仕事を辞める相談。あれ一番キツい。


 ここで「いやー人として当然のことをしたまでっすわ。じゃあ俺はこれで!」と立ち去れるほど俺は人間ができていない。タダ働きなんてダメ絶対!


「勿論、お礼はしっかりとさせていただきます。よろしければ、金貨をお好きなだけ、」

「「金貨!?」」


 なぜかエチカと声がハモる。人間考えていることは一緒だ。この世界での金貨はめちゃくちゃ価値があるっていうか、一枚あれば一年は遊んで暮らせるくらいなのだ。


 いよいよ転生した時から夢見ていた本当のスローライフが始まっちゃう。ワクワクしていた俺だったが、慌てた顔になった執事が主にコソコソと耳打ちを始めた。


「ん? なんと! そうか……それは……」


 そして、なんとも申し訳なさそうな顔つきでこちらに向き直ってきた。なんか嫌な予感。


「申し訳ございません。どうやら私が魔の者に捕まっている間、事業が滞っていたところでして、金貨を渡すまでは難しいようです」

「そういえば、ずっと捕まっていたのですよね……」


 黄バニーが心配そうな顔になっている。俺は報酬のほうが心配なんですけど。


「ええ。ですがご安心下さい。私の偽者がギルドに頼んでいた報酬程度なら、お渡しが可能です。そこから多少色を付ける程度なら可能ですから」

「え! じゃあ良かったです。アレクも、いいわよね?」

「ん、んー。そうだな」


 別に元の報酬にプラスしてなんか貰えるならいいんだけど、金貨をチラつかされてからだと、ちょっとなぁ。それにしてもこのバニーは人が良いな。


「なんか売れそうな物があったら追加で欲しいっすね。俺、とりあえず寝床無くなっちゃったんで、借りれるだけの金を作りたいっていうか」

「まあ! 借りてたところ追い出されちゃったの?」

「ああ、別に追い出されたわけじゃないけど。約束どおり出ていくってだけ」


 唖然とするエチカとギレンさん。そりゃそうか。しかし、太っ腹気質の伯爵は、ポンと手を叩いた。


「そういうことでしたら、我が別荘をお貸ししましょうか。アレク殿でしたら、無料でお貸ししますよ」

「……え!? 別荘って、マジですか」

「はい。まずは一度見に行きましょうか」


 マジで? 貴族の別荘を無料で?


 超嬉しい提案されちゃった。ならばということで、俺はすぐに内覧を申し出る。


「わああ! 別荘を貸してもらえるなんて素敵ね。私も見に行くわ!」


 好奇心旺盛なほぼ全身黄色もやっぱりついてくる。俺たちは馬車に揺られ、わりかし街中にある別荘に向かうことになった。

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