第12話 君が王になれ
二日酔いになったのは何年振りだったろうか。
俺は激しい頭痛とともに目を覚ました。やっぱ最悪な気分だ。
「いてててて。すげー気持ち悪い」
しかも寝心地に違和感がある。もしかして藁すら無くなったんか。そう思い起き上がりながら周囲を眺めると、奇妙な光景が広がっていた。
そこは確かに俺が借りている小屋だ。だが、藁の上にどう考えても馬ではない巨大な生物が横たわっている。
間違いない、こいつはドラゴンだ。馬小屋にドラゴンが寝ていやがるんだ。真っ赤な鱗の上に俺が大の字になって寝ていたわけである。
そういえば、朝は隣にいる馬が覗いてくるのが日課だが、奴らは最大限こちらから距離を取っているようだ。こんなデッカいのがいたら確かにビビるわな。
「グゥウウン」
しかもこのドラゴン、全然敵意がないどころか、俺に顔を寄せてくるんだが。
「あれ? お前たしか……」
うっすらとこのドラゴンに見覚えがある気がした。真っ赤で巨大な体。こいつの上によく乗っていた女を、俺はよく知っている。
「あらーアレクちゃんおはよう。実はねえ、ここに一頭場所を貸すことにしたの」
大家のおばあちゃんが、掃除のついでとばかりにやってきた。
「おいおいばあちゃん。いきなりビックリするじゃねえか。ってか大丈夫なのかよ」
「昨日知り合ったばかりだけどね、この子はとってもお利口なのよ。ごめんねえ、そんなわけだから、ここにはもう泊められないわねえ」
恐らくけっこうなお金でも貰ったのかな。いやいや、流石に馬小屋に竜を預けるなんて聞いたことないぞ。
「ドラスケ、もう起きているか。朝の運動に行こう」
カツ、カツという音とともにどこかで聞いた声が響いた。ドラスケというのは、どっかで聞いた名前というか、元々俺が昔名付けたことを覚えている。
マジかよ。心の中で呟かずにはいられなかった。目前に現れたのは、なんと魔王の娘。非現実的な再会に、口の中があんぐり開いたまま固まってしまった。
「あらー。朝から早いのねえ、スカーレットちゃん」
「我がペットは運動量が段違いだからな。適度に運動させなくてはいけないのだ。ところで、この男は?」
新雪みたいな銀髪の髪は、以前は長かったがショートカットになっている。切長の紅い瞳がじっとこちらを観察していた。
「この子はねえ、アレク号」
「いやいや、アレクって言ってくれよ。馬じゃねえし」
「実はね、お金がなかったからタダでこの小屋を貸してたのよ」
「そうだったのか。追い出してしまったみたいですまないな……む? ドラスケがずいぶんと懐いているではないか」
ドラスケとの付き合いは長くはないけれども、小さい時は俺が面倒を見ていたものだった。どうやら匂いで覚えているんだろうか。
「いやー、俺ってばオークと間違われるくらいだからな。大方同族と勘違いしてるんじゃね?」
ずっと顔をくっつけているドラゴンを横目に、ただ苦笑いして誤魔化すしかなかった。
「まーいいって! 元々新しい馬が来るまでの約束だったしな。竜だけど」
よく大家さんがオーケーするもんだよな。ビックリな状況だったが、それよりも俺はこの場を離れたい。
なぜなら腕を組みながら見下ろすこの娘に、以前は相当手を焼かされたからだ。
◇
少しだけ昔の話をしよう。まだ貴族をしていた頃のことだ。
俺は元々は魔王軍サイドにいた悪役貴族だったわけだが、勇者サイドとやり合っているうちに色々あって、所属していた魔王軍とも戦う羽目になった。
これは想定外も想定外だったが、俺は当時は公爵家の次期当主第一候補だったし、家を守ることを優先していた結果、謀反と取られてしまったのだ。
細部は割愛するが、なんだかんだで魔王軍と戦い続けた結果、奴らのほうが先に崩壊した。
魔王もまた倒されたわけだが、子孫たちはまだ健在であり、恐らくは新たな勢力が生まれるのも時間の問題。しかし、俺は徹底的に叩くようなことはしなかった。
ものすごくざっくりと説明するならば、この時の俺は疲れていた。あまりにも堅苦しい貴族としての生活や、安らげない人間関係。やたらと買い被られる謎の信頼など、数えればキリがないほどキツいことばかりだった。
そこに突然のルイーズからの婚約話が持ち上がった。ビックリした俺ではあったが、この時苦労していたのは彼女に対してだけではない。
ちょうど二年前のことだ。
貴族時代の俺が、広すぎる屋敷であらゆる仕事についてぼんやりと構想していると、空から赤い巨体がゆっくりと飛来してくるのが目に映った。ドラスケである。
「失礼する! 次期当主殿にお会いしたい」
「まあ! スカーレットさん。どうぞこちらへ」
彼女がやってくるなり、メイド連中や護衛の騎士達はすぐに中へと招き入れた。
いやいや、あっさり中に通すなよ。そう思わずにはいられないが、ケモ耳女もまたルイーズと同じように俺の周りから信頼を得ていたのだ。
庭でぼーっと佇んでいると、彼女は颯爽とした足取りでやってきた。
「カイ! 今日こそ決着をつけてやるぞ」
「いや、別に俺の負けでいいんだが」
「何を言う! しっかり勝負してもらうぞ。我らを裏切っておきながら、降参などできると思うな」
こうやって数日に一回、無意味な決闘を挑んでくるのが彼女の常だった。そして俺は大体の場合、付き合わなければいけなかったわけで。
まあ、こうやって戦っている素振りを見せていれば、他の魔王軍幹部から手出しされないというメリットもあったのだ。
しかし、いろいろあったとはいえ、執念深さが半端ではないスカーレットは、なんだかんだで俺を屋敷の外へと連れ出すのだった。
そうして連れられていく先は様々。街中だったり田舎だったり、城まで連れて行かれたり、時折実際に戦ってみたり、飯を食いに行ったり、美術館に行ったり、劇場に行ったり……。
一体どこが決闘なのか、というツッコミを彼女が待っていたのかどうかは知らないが、おおよそ思考回路が謎に包まれていたことだけは確かだ。
で、この日はとある山の頂上。見晴らしの良いお気に入りスポットに連れて行かれた。
今日はバチバチにやり合う気だな。そう思い、めんどくせーとドラスケの背中に乗りながら嘆息していた。
◇
「ふみゃああ……あ……」
「おいこら! 寝るな。起きろ、せめてどけろ」
結論から言えば、まったく決闘にはならなかった。この木なんの木に出てきそうな大きな木があるんだが、その下で俺たちはピクニックシートみたいなものを敷き、ただ食事をした。
しかも飯の後、スカーレットは眠ってしまった。膝の上に頭を乗せられており、身動きが取りづらい。
意味が分からないことに、彼女は俺の分まで弁当を作ってくれていた。あのおっかない魔王の娘とは到底思えない。
しばしくつろいでいた彼女は、木洩れ陽の下でうっすらと目を開けると、こちらに顔を向けて微笑む。何この時間?
どうせダラダラと意味のない時間を過ごして終わるのだろう。ここ最近は実際に戦うことが少なくなっていた俺達だったが、この時は何か違っていた。
「私は新たな軍を作るつもりだ」
「……新たな軍?」
「ああ。父の作った軍は崩壊した。誰かさんのおかげでな」
「誰かなー? とんでもない奴がいたもんだなー」
「ふふ。別にいい。あの父のことなど、もう気にしていない」
魔王には後継者候補が何名かいて、スカーレットはその一人だ。正当な後継者とも言える彼女だが、常にライバルとの争いが続いていた。
彼女は実の父が好きではなかった。その理由はひとまず割愛する。この時の話は、俺にとって新たな衝撃をもたらせるに充分だった。
「きっと今までで一番大きな軍になるぞ。間違いなく世界を統一できるほどの」
「まぁー、元々圧倒的に大きい勢力だったしな。今も自然と増えてるわけだし。で、お前が新しい魔王様になるってわけだ」
「私は王にはならない。考えを改めたのだよ。王の隣に、いつまでもいる。それだけだ」
「ん? お前が王になるんじゃないのか。じゃあ誰がなるんだよ?」
スカーレットは日差しに負けないほど暖かな笑みを浮かべたまま、質問に答えなかった。
だが、言葉で教える代わりに、彼女は俺のジャケットの裾を握ってきた。うっすらと頬が桃色に染まっている。
「え……もしかして、俺とか言わないよな?」
「君こそふさわしい。私はそう思っているよ」
「冗談じゃない」
「ああ、本気だ」
「いや、そういう意味じゃなくて」
「……嫌か」
この時、子供がしゅんとしたような、なんとも気まずくなる反応をされた。そういうリアクションをされると、こちらも心が痛くなっちゃうだろ!
「そもそも決着がついてないからな」
「私の負けでいい」
「は!?」
「その代わり、君が王になれ」
「いやいや、勝った代償デカすぎだろ。俺、他にもいろいろ相談受けてるし」
「アイツか。奴の誘いは断れ、もってのほかだぞ」
アイツとはルイーズのことである。勘弁してくれよ、と心の中で考えていると、彼女はまた瞳を閉じて、すやすやと寝入ってしまった。
「おーい……スカーレット。おーい」
寝顔は普段の氷のような表情とは全然違った。子供の片鱗が残っているというか、なかなか可愛いとか思ってしまった。
こうして俺は、あらゆる方面からいろいろな選択を迫られていったのだ。
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