第11話 酒奢らせてくれよ
どうやら彼女は尋常ではない魔力を感知して、シェイドとともにやってきたらしい。
そのおかげで命拾いしたのはギレンさんだ。ルイーズは大抵の呪いならすぐに解除することができるため、ギリギリのところで命を失わずに済んだと言える。
魔法で治癒した後もすぐに意識は戻らなかった為、教会へと運び込まれることは変わらなかったが。
だが俺にとっての心配事は解決していなかった。要するに依頼は偽物のギレンさんがやっていたわけで、今回の報酬はどうなんの? っていう話。
次の日になってとりあえず三人でお見舞いに行ってみたのだが、まだ彼の意識は戻っていない。
教会の患者用ベッドで横たわるその男は、もうぐーぐーイビキをかいていた。
「兄貴、マジで昨日はヤバかった! 俺はもう人生終わったかと思ったぜガハハ」
「助かって良かったな」
「マジで兄貴は命の恩人だぜ。俺、兄貴とパーティ結成したいぜ」
「遠慮しとく。また粗相されちゃ堪らねえからな」
モヒカンはようやく落ち着きを取り戻したらしく、ガハハと教会中に響くほどの音量で笑った。あれだけの粗相をしても次の日には笑ってるんだから、神経ずぶといどころじゃねえな。
「あんなにバタバタしたのは初めての経験だったわ! 思い出すだけで興奮しちゃう! ところでルイーズさんだっけ? 知り合いなのね」
「ついこの前カフェで知り合ったばかりだ」
嘘である。しかしそういう設定でいかねば大変なのだ。そういえば今日は青バニーになってるエチカ。一体何着バニースーツ持ってんの?
「まあ、皆様ごきげんよう。もうお見舞いに来てくださったのですね」
噂をすればなんとやら、お付きのドワーフを引き連れたルイーズさまのご登場だ。
「そうですわ。昨日はとっても忙しくてお話ができませんでしたが……何があったのか、わたくしにも教えてくれませんこと?」
「うーん。まあなんていうか、どっから話せばいいもんかな」
「はーい! わたしが説明するわ」
俺がちょっと困惑していると、元気が良い小学生みたいに青バニーが手を上げた。
すると、急にモヒカンがそわそわし始める。
「な、なあバニー。俺のことは、その」
「大丈夫よ! モヒカンちゃんの活躍もちゃんとお話しするから」
「いや、まあそれは嬉しいんだけど」
お漏らしの件は黙っててほしんだろう。エチカはそういう配慮ができるんだろうかと心配だったが、そもそもモヒカンの件自体触れることなく、一部始終説明が終わった。
「なるほど……わたくしも長く旅は続けておりますけれど、このような話を聞いたのは初めてですわ。やはりこの町には、何かがあるのですね」
「神竜様がわざわざお告げに来るだけのことはある、ということでしょうな」
ボソリとシェイドがつぶやくと、モヒカンと青バニーがちょっとばかり驚いていた。昨日から一言も発してないので、喋れないと思っていたのかも。
「それと、やはりあなたは只者ではありませんでしたね。アレク様」
「え、俺?」
「はい。そのような凶悪な悪霊に対して、臆せず戦われることは、歴戦の戦士でも難しいことなのですよ」
「そうなんだよ! 俺ですらビビっちゃったくらいだし!」
うんうん、とモヒカンが同意していた。お前はビビり過ぎだ。
「お話の中で気になっていたのですけれど、ピュリファイを鞘に付与させて周囲に振りかざした、という技術ですが……それはどなたに教わったのですか?」
「ん?」
あれ? ルイーズの奴が、なんか意外なところを気にかけてる。
「解除の魔法を物に付与させて攻撃する、そういった技は非常に高等であり、わたくしが知る限り使えたのはたった一人ですわ。カイ・フォン・アルストロメリアさまだけです」
げ! そうだったっけ。意外とみんなやっていたような気がしたんだが。
「え? そうか? まあこれは人から教わった技術だけどさ。カイって男からじゃないな。けっこう他にも使えるやつはいるぞ」
これは厄介だと冷や汗をかきつつ、俺は弁明に走った。
「いいや。ワシも聞いたことがありませぬぞ。あのカイ殿を除いては」
ドワーフニキが余計な一言を入れてきた。やめてくれマジで。
「アレクには秘密があるのよ。わたしが暴いてみせるわ」
「そんなことねえよ。とりあえずギルド行こうぜ」
「俺も思ったぜ。人は見かけによらねえなあ」
「お前もな! じゃー行こーぜ」
迷探偵バニーの戯言を聞き流しつつ、とりあえずギルドへ行くことを提案する。あまり俺のことを知られると、もしかしたらバレるかも、なんて不安が頭をよぎったのだ。
この格好になったからには、それはありえないはず。しかし、ルイーズの直感は侮れないことは、もう知っていた。
「ふふ。なんだか面白そうですわね。どうぞお気をつけて、行ってらっしゃいませ」
「ほーい。じゃあな」
ようやく教会を出ると、外はすっかり人が増えて活気づいている。ちらと一瞬だけ後ろを振り向くと、教会の扉が閉まる直前、こちらを不思議そうな顔で見つめる彼女がいた。
そういえばだが、俺は昨日消滅間際に悪霊のボスが叫んでいた名前のことを考えていた。
ディミトリ様とか口走ってやがったが、あれは先代の勇者と同じ名前だ。あいつと俺、そしてルイーズは浅からぬ因縁がある。
元々ルイーズはゲームの中では、奴と結ばれるはずだったんだが。色々と手違いがあり、早い話ディミトリは闇落ちしてしまって、現在は行方知れずだ。
仮にも元勇者である以上、奴が操っていたとは考え難いのだが。まあ考えてわかるものでも無さそうだったんで、俺はその後はすぐに頭を切り替えていた。
◇
「「「報酬が貰えない!?」」」
そして気がつけば絶叫してました。ギルドの入り口で、俺たち三人の声はピッタリと一致したのだ。
「かもしれない、という話ですよ。依頼主がいなくなってしまった、ということになりますから」
受付嬢は苦い顔になりつつも、淡々と説明しようとする。しかし、この程度で落ち着くような俺たちではない。
「なんでだよ! 俺がどんだけビビったと思ってんだ! 漏らしたんだぞ!」
「やめて下さい。そんな大声で恥ずかしいことを」
「わたしも頑張ったわ。受付から現場仕事までこなしたのよ!」
「その節はありがとうございました」
「そこをなんとかしてくれよー! おば……受付嬢さん」
「……あ? 今おばさんって言いました?」
「言ってない! 全然言ってない! いやー今日も若いなーお姉さん肌ツルッツルだわ」
ピキ……と受付嬢の額に青筋が浮かんだので、俺は慌てて誤魔化した。こえーこえー。
「まあでも……ギレン様からはお礼が貰える可能性はありますよ。なにしろ皆さんは命の恩人なのですからね。そういえば、屋敷を離れていた奥さんや子供さんも戻られたそうです。良かったですね」
ということは、一件落着になりつつあるということか。まあそれは良いことだなと思いつつも、やっぱり報酬のことが気がかりな俺である。
でも不審者ーズの二人は、受付嬢の説明でいくらか安心したようだ。
「そう言われればそうね! もしかしたら私達、元々のお金よりも沢山貰えるかもしれないわよ。だって命の恩人だもの」
「まあ、ギレンさんがどんな性格かにもよるけどな」
「心配ねえって! あんなでっかい土地を持ってるお偉いさんが、ケツの穴の小せえ野郎なわけねえじゃん。つうか兄貴、今回は本当に助かったぜ。良かったらこれから酒奢らせてくれよ」
そういえばけっこうバタバタしたせいか喉が乾いてる。こう……ぐびっと炭酸っぽいのが欲しかったんだよな。
「酒かぁ……いや、でもそんな気分じゃねえんだよなぁ」
「ちっとくらい恩返しさせてくれよ。借りっぱなしは性に合わねえ。マックスレッドワイン奢るからよ」
「マジ?」
ここの酒場で一番高いあのワインをか! あれを奢ってもらえるなんて、この先そうあることじゃない。
「いや……まあ……一杯くらいなら、いいかな」
「よっしゃー! マスター! マックスいくわ! マックス!」
「まあ! 二人ともお昼から飲むつもりなの? やめたほうがいいわよ」
健全バニーガールが止めるのも聞かず、モヒカンはすぐに酒場フロアでワインボトルを開ける。
「まあ、一杯だけな」
今回くらいはいいかぁ。祝勝会ってことで。
◇
「う……うげええ」
「おいモヒカン! 吐くんじゃねえぞ。出禁になるかるな。しっかりかれ、帰るんだぞ。ずあな!」
呂律すら回らないほどベロベロに酔っ払ってしまった。とりあえず一杯だけ。そう思って酒を飲み始めて、一杯では決して終わらない現象に名前をつけたい。
心理学用語とかでなんかあったりするのかな。そう思いつつ、暗くなった道を一人千鳥足で帰る。
まいったなー。こんなに美味いのをいただいのは久しぶりすぎた。
そして歩くことしばらく。やっと馬車屋についた俺は、【アレク号】と札が書かれた一角へと飛び込む。っていうかアレク号って、俺は馬か!
「あれー、なんか感触が違うぞ?」
ずいぶんゴツゴツした藁じゃないか?
この時はそんなことを一瞬思ったのだが、すぐに眠ってしまった。
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