第10話 あら? あなたはこの間の……
体格の勝負なら、モヒカンは決して劣っていない。
あとちょっと筋肉が増えたらボディビルコンテストに出れそうな肉体で、斧をひたすらに振り回している。
「ぐ……舐めるなぁ! この程度でわたしが!」
「てめえ散々怖がらせやがってええ! ぜってぇ許さねえぞおお!」
ギレンも負けじとまさにクリーチャー状態の上腕で、思いきりのいい打撃を繰り出している。
一見すると斧を持ったモヒカンが有利だが、異常な耐久力を誇る悪霊のボスは、ひたすら肉体の強靭さでゴリ押しを狙っているようだ。
しかし、この不気味なボスキャラはどうにもよろしくない。後ろにいる俺のことを、あまりにも舐めすぎていたからだ。
「ほい」
まるで少年漫画のような攻撃の応酬。その隙に接近した俺は、背中にお札を貼り付けた。これが最後の一枚だった。
「む? ぬぐあああああああ!?」
お札がジュージュー音をたてて、悪霊を浄化にかかる。呪われし親玉は悶絶していた。
「おらあぁー!」
その隙にモヒカンが斧を両手持ちにしてジャンプし、縦一文字に切りつける。これ以上ない会心の一撃だ。
「うぐぐがあああ!?」
だがギレンは粘る。なんと両手で頭を挟むようにして、真っ二つに崩壊する体をどうにか修正しようと必死だ。
いやいや、絶対無理だろそれ。地獄の苦しみというか、まあ自業自得でもあるんだが。
「終わり!」
お疲れ様でしたー、と言っちゃいそうな軽さでひとこと伝えた後、奴の背中に貼ったお札に手を当て、魔力を集中させた。
「オールクリア」
「あ……あああ……や……やめ……」
次の瞬間、状態異常を回復させる魔法が奴の隅々を駆け回り、そしてあるべき浄化を果たした。
白く輝く光がいくつも周囲を周り、ダイヤの如き緑色が全てを塗りつぶしていく。
生者にとっての安らぎであり、悪霊によっての地獄。そんな聖属性魔法の一つが、邪念ごと天に返したようだ。
「あ、兄貴! 今のも聖魔法なのか。……めちゃくちゃ神々しい感じがしたぜ」
はあはあ言いながら斧を持った大男が近づいてきた。よく知らない人が見たらマジで怖いだろうな。
「聖属性ではあるけど、俺のはそんなに上等じゃないよ」
「そうなのか? でも、俺はすげーと思ったぜ! 見てくれよ、他のゴーストどもが消えていくぜ」
恐らくはギレンが力を与えていたであろう霊達は、徐々に力を失って透明な姿になりつつあった。
「バニーのとこに行こう」
とりあえず脅威は去ったと思うのだが、あの先に進んだエチカがどうなったのか。それを確かめるために、半壊した扉を潜って中に入って行った。
するとそこには、ギレンそっくりの男が座り込んでいた。どうやらエチカも回復魔法が使えたらしく、必死でヒールをかけ続けていた。
「この人が、きっと本物のギレン様よ! でも傷を負ってるみたいで、治療してるんだけど……効かないみたい」
「あー、これはかなりヤバいな。多分だが、尋常じゃない呪いをかけられて衰弱してると思う。よしモヒカン! この人をおんぶしてくれ。すぐに教会に行こう」
「お、おう!」
放っておけば命が危ない。よほど特殊な呪いでもかけられているのか、普通の回復魔法じゃ効果がなさそうだ。
かくして、相応にバタバタしちゃったけど今回の依頼は終わったようだ。
一階の入り口を出て、俺たちは帰り道を急ぐことに。この辺りは全然人気がないので、未だに不気味さが後を追いかけてくるようだ。
「じゃあボスをやっつけたのね! なんていうか、本当に冒険したって感じね!」
「浮かれてる場合じゃないぞ。早くギレンさんを治療しないと」
「な、なあ二人とも……」
ジョギングくらいの感覚で走っていたモヒカンが、急に歩き出した。さすがに一人おんぶして走るのはキツいか。
「あ、キツかったら代わるか?」
「いや……そうじゃねえんだ。なんかまだ、いるような気がするんだが」
一瞬よく分からなかったが、赤バニーはすぐに察したらしく、
「え? いるって、もしかして幽霊のこと?」と驚きを露わにした。
屋敷から出て、今は鬱蒼としげる森の中を歩いている。まあ、雰囲気あるっていうか、夜の森も怖いんだよね普通に。
「兄貴……俺の後ろに、なんかいない?」
「ん? 後ろ?」
……あ!
俺はつい声を張り上げそうになったが、このガチムチはホラー耐性ゼロだ。気をつけないと。
「きゃああ!? 何あれ!」
ダメだった。そんなお察しなどできないバニーガールが叫んじゃった。
「ひええ!? なんだ? なんだなんだなんだぁああ」
「落ち着け! なんか絵画が空に浮かんでる。それだけだ」
「どういうこと? どういうことなのそれ? 兄貴ー!」
「あ、ちょっと待って。悪霊だわ! 悪霊が、どんどん集まってる!?」
辛抱たまらんとばかりにモヒカンは振り向き、そして絶句してしまう。一枚の絵画が空に浮かび、四方から黒々とした悪霊が群がっている。屋敷で見たのと同じやつだ。
最初に見た時は不自然な黒い影があったが、今はギレンの姿になっている。どうやらさっきの浄化で消し去ったのではなく、絵の中に戻っただけだったか。
魔力の高まりを感じる。徐々に何かへと変貌を遂げようとしているのか。
モヒカンは口を開いたままどっかの銅像みたいになっている。エチカは俺の肩をブンブン揺らし始めた。
「どうしよう! これはきっとSランク以上のボスになっちゃうわ。ねえアレク! さっきあげたお札は?」
「全部使った」
「え……」
「また漏れちゃった」
やはりか。またしてもいい歳して漏らしやがったか。
「モヒカンちゃん! しっかりして!」
しかし、いうほど慌てるようなタイミングでもない。俺はとりあえず、背中に預けていた剣を引き抜いた。
「後で合流するから、先に行っててくれる?」
「え、で……でも!」
「大丈——」
言いかけたその時だった。突然目の前に白い輝きが生じたかと思うと、一気に視界いっぱいに広がったのだ。
それは白い光の柱のようで、まるで別次元な聖属性魔法ホーリーだった。
「こ……こんな……こんな……ディミトリ様ぁあああー!」
絵画の魔物はあっという間に消滅し、集まっていた悪霊達も同じ運命を辿る。
「ん?」
俺はちょっとばかり引っ掛かっていた。さっきの名前には聞き覚えが……。
「おおおおおお! こんな魔法初めてみるぜ」
「上位の聖属性魔法ね! 綺麗……」
そういえば誰かが助けてくれたようだが、これほどの聖属性魔法を操れる者といえば……。
「あら、酷い呪いにかかられているようですね」
その少女、ルイーズは静かに現れた。今度は俺が動揺する番だった。しかもお連れのドワーフも一緒だ。どうやら彼女がホーリーを放ったらしい。
「まさかこのような所で、ゴーストの親玉に出会うとはのう」
「ええ。驚きですわ。そこのお方、よろしければ、わたくしに治癒をさせていただけませんか」
突然話しかけられて、モヒカンは分かりやすく動揺していた。
「え!? あ、ああ……あんたプリーストか何かで? 兄貴、この人に頼んでみるけど、いいかな?」
「いいと思うぞ」
「あら? あなたはこの間の……」
ぐぐぐ。これ以上関わるまいと思っていたのだが。とにかく彼女は回復魔法のエキスパートであり、大抵の呪いならサクッと解除してくれる。
案の定、ギレンさんの呪いを解除するまでに五分とかからなかった。
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