第9話 あ、あああああーーーーー!?

 いやあ、壮観だねえ!

 なんて感想は誰の口からも絶対に出ることはない。ただただ広がる地獄絵図。


「きゃああ!?」


 そんな不気味だらけの光景を前にして、さすがの赤バニーもビビりまくり。俺の左腕をガシッと捕まえてきた。


 まあ、これだけなら多くの人々から嫉妬の眼差しを受けていただろう。でも、それを大きく上回ってお釣りが来るほどの、マイナスもまたあったわけで。


「ひいいいいいいいい!」


 人間の尊厳というものについて考えさせられる状態になったモヒカンマッチョが、俺の右半身を覆うほどに抱きついてきた。このお漏らし野郎!


 だが、悪霊達は先ほどとは違い、こちらの動きを待ってはくれないらしい。すぐに近づいてきた。


 つまり捕まえて呪い殺すとか、体を乗っ取るとか、前世ではよくあったホラー映画の展開が待っているのは明白だったわけで。


 俺はすぐに後ろを向いてダッシュした。エチカはすぐに察すると腕から離れ、隣を駆けている。ちなみにモヒカンは発狂しながらずっとくっ付いてる。


「ね、ねえどうするの? すっごく沢山いるわよ」

「こういうのはな、元があるんだよ」

「元? ボスがいるってこと?」

「ああ。面倒だから、そいつを叩いて終わらせようぜ」


 以前は真面目に雑魚敵とも戦ったりしてたけど、もうそんなやる気はないので、とりあえずダッシュで一階へ。


「ええ! モヒカンちゃんくっ付いてるけど大丈夫なの?」

「ああ、降ろしても動けなそうだしな」

「す、すいません兄貴ー」


 階段を降りきったところで、またも悪霊が数体蠢きながら近づいてきた。手が込んでるなんてもんじゃないな。


 とにかく無視を決めこみ、走る走る。ついに目的の場所まで辿り着いた。


「ねえ書斎は!? ギレン様を助けに行きましょう」

「その前にここ」

「ここって……あの地下室!?」


 すぐに階段を降りて行き、立ち入り禁止のドア前に辿り着いた。


「鍵が掛かってるわよ」

「大丈夫だ! 後で怒られるかもだが、ぶち破る」


 鍵を探す時間はない。一気にやってやろうと振りかぶったその時だった。


「お待ちください! その先は危険です!」


 ギレンさんの慌てた声がした。急いで階段を降りてきたその姿は、傍目からすれば無事だったようで、エチカは少しばかり安堵していた。


「どうやらあなた方も悪霊に襲われたようですね。とにかく無事で良かった。ですが、この先は特に危険なのです。急いで上に上がりましょう」

「兄貴ー! ここにいたらやられちゃいますぜ」


 今だにしがみついてるモヒカンは無視しつつ、ギレンさんはこの先に進むことを必死に止めてきた。


「アレク、ここはギレン様のいうことを聞いたほうがいいんじゃない?」

「そうしようかな……でもギレンさん。その前に一つだけ、試してもいいっすか」

「はい? 何をでしょうか」


 ギレンさんは訝しげな顔つきでこちらを見つめている。俺はなんとなく前世で真似したことのある、野球のピッチャーが投球直前に振りかぶる仕草をしてみた。


「え? 何それ?」

「兄貴?」


 二人が戸惑うのも無理ないよね。でもやっちゃう。

 そのまま勢いに任せて、しがみついていたモヒカンを両手で掴み、軽快に投げ飛ばした。


「あ、あああああーーーーー!?」


 モヒカンが空を飛ぶ。人が空を飛ぶ姿っていうのは、一瞬だからこそとにかく映える。


 昔観た青春ドラマでも、青春ものの小説でも、主人公は最高潮のシーンで空を飛んでいたもんだ。


 彼らは坂道で勢いづけて自転車でジャンプしたり、高いところからある目的のために飛び降りたりで、このようにぶん投げられてはいないのだが。


 細かい話はおいておいて、モヒカンは飛んだ。そして階段にぶつかった。つまり、ギレンさんをすり抜けて。


「うええ!?」

「え? ちょ、ちょっと待って。ギレン様……今……」


 チッと奴は明らかに舌打ちをした。最初からなんか変だと思ってたんだよな。握手もなんもしないどころか、俺たちの誰とも近づこうとさえしないし。


「いつ気づいた?」

「色々と不自然過ぎだって。出会ってから今まで、ずっとな」


 俺たちを迎え入れた時も、料理をいただいた時も、この人自身は何も動いちゃいなかった。料理はあれこれ場所を教えてもらって、エチカが作ってくれていたのだ。


「お前はあの絵から出てきた悪霊ってところだろ。黒くなってた穴の部分、その姿にピッタリハマるんだよな」

「ふん……同じことよ。お前達はここで、我の糧となるのだからな!」


 ギレンの体から奇妙な紫の炎が浮かび上がる。黒と紫の悪霊へと変貌した奴は、他の霊よりも明らかに強そうだ。


「じゃあこの奥にいるのは、あれか。本当の貴族様か」


 ボス悪霊と化した奴から目を離さず、右手をドアに叩きつけてブチ破った。


「エチカ! ちょっと先に行ってくれ。こいつは俺が相手をする」

「だ、大丈夫なの!? 気をつけて! あとこれ!」


 バニーはまだまだあったお札を俺に手渡して、そのままドアの奥へと駆け出した。


「ふん。どの道終わりなのだよ。私はいよいよ、本当の肉体を手にしつつあるのだ」


 紫と黒の体が徐々に膨れ上がり、奴は身長二メートルをゆうに超える大男になる。


「どういう意味だ?」

「こういう意味さ」


 ギレンは言葉と同時に動いた。まるで熊のような獰猛さと、蜂のような鋭さで放たれた右ストレート。ギリギリのところでかわして距離を取った俺の目に映ったのは、奴の拳で開いた壁穴だった。


「へえー。その姿になれば実体化できるのか。逆に言えば、そんだけ不気味な化け物になって、初めて半人前ってわけだな」

「生意気な豚が」


 粉砕した壁の粉を払い除けながら、奴は俺と向かい合う形になった。一歩、一歩と距離を詰めてくる。


「舐めた口を利けるのも今のうちだぞ。そのちっぽけでみっともない姿で何ができるというのだ」

「そういえばお前、他の冒険者も雇って失敗したとか言ってたよな」

「ああ、そうとも。もうすぐ仲間入りできるぞ。私がここまで実体化できるようになったのも、彼らのおかげさ」


 やっぱりかー。こいつは依頼を募集しながら、こうやって悪霊の仲間を増やして、自らの力を蓄えていたってわけだ。


「あ、兄貴ー! ゴーストどもが来る!」


 階段をすーっと滑るように、奴らもまたここに来た。完全に逃げ場がないようだ。


「大丈夫! それよりギレン、本当にいいのか。このままで?」


 俺は右手に持った札に意識を集中すると、魔力を込めてギレンめがけて飛ばした。


 奴は十枚近い札の軌道をしっかりと見極め、ギリギリのところでかわしてみせる。


「ふん。くだらぬ小細工を。お前らが不利なことは明白であろうが」

「これで助けは来ないけどな」

「何……」


 札はありとあらゆる箇所に飛び、壁という壁にピタリと密着した。これで簡易的な結界の出来上がりだ。


 ギレンはともかくとして、他の悪霊は触れただけで浄化されるだろう。


「き、貴様! ええい、すぐに殺してくれるわ!」

「そいつは無理だな。二対一だぜ」


 ギレンは戸惑い。モヒカンはハッとした。そして今までビビっていただけの奴は、筋肉をたぎらせて背中に預けていた斧を持ち、ギレンに襲いかかった。


「うおおおおー! 物理が効くなら怖くねえーーーー!」

「お、おのれ!」


 今度はこっちが有利になった。そしてこの状況は、つまるところ挟み撃ちができるってわけだ。

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