第8話 悪霊退散

 カタカタカタカタカタ。

 唐突だが、この音はパソコンのタイピングとか、そういう類のものではない。


 俺の隣にいるモヒカンがずっと震えている音であった。


 今は屋敷の玄関辺りで、とりあえず時間を潰していたところなのだが。


「大丈夫か? なんかずっとカタカタしてるけど」

「だ、大丈夫じゃない。もう死ぬかも」

「今のうちにトイレ行っておけよ。間違っても屋敷の中で漏らすなよ」

「わ、分かったぜ! じゃあ……」


 万が一でもお漏らしなんぞされたら大変だからな。どんなに優しいとはいえ貴族は貴族。怒らせたら大変なことになっちまう。


「兄貴、ちょっとトイレまで付き添い頼む」

「子供じゃないんだから、一人でいけよ」

「こ、怖い! 無理」


 もじもじしてるけど全然可愛くない。さっさと終わらせて帰りたいわ。そう思っていたら、しばらくいなくなってたバニーが戻ってきた。


「この屋敷って本当に広いのね! ちょっと探してみたんだけど、今のところ幽霊はいないわ」

「夜がふけてこないと、奴らの仕事も始まらねえってことか」

「でも聞いて! 地下室を見つけたの。流石に一人じゃ怖かったから入らなかったんだけど、みんなで行ってみない?」

「ち、ちちちちち」

「モヒカン、地下室な。お前は地下室よりトイレ行ったほうがいいぞ。一人でな」


 マッチョの精神はそろそろ限界かも。しょうがないから連れションするかな。


「それとね、地下室には立ち入り禁止の札が貼られていたわ」

「じゃあ入っちゃダメじゃん」

「でも、普通家の中にそんなエリア作るかしら? 私凄く気になってるの」

「除霊で人を呼ぶにあたって、そこにだけは入れないようにしたのかもな」

「どうしてそんなことするの?」

「金庫とかあるんじゃね」


 自分で言っておいてなんだが、実際どうなんだろうか。鍵を閉めておけばいい話だろうし、わざわざ念押しでそんな札貼っておくかな。


「もしかして、地下にはとんでもない悪霊——」

「ぎゃああ!?」


 エチカが持論を語ろうとした矢先のことだった。上の階からドン! ドン! という強めの足音っぽいのが聞こえた。モヒカンの叫びにもビックリだ。


 そういえばだが、ギレンさんは一階の書斎で調べ物をしているらしいので、上には誰もいないはず。


「え? 何? 今の音?」

「お出ましかもな。行ってみるか」

「あ、兄貴……いよいよなのか」

「分からん。確かめるしかないな」

「モヒカンちゃん、がんばろーね!」


 すっかり戦意を喪失しているモヒカンと、俄然やる気になってるバニーを引き連れ、俺は階段を登って二階へと進んだ。


 その先にあったのは、なんでもない客室ばかり。ただ広い所っていうのは夜になると怖く感じるよね。


 前世でちょっとした事故にあった時、病院に入院したんだけど、マジで夜は怖い。しかも過疎ってる病院だったから、ちょっとした物音だけで鳥肌もんだった。


 今はそれに近い感覚がある。ただ、なんとなく昔ほど怖くはない。


「多分、ここが真上にあたる部屋だろう」


 大体位置的に真上にあたる客室の前で、俺たち三人は足を止める。誰もいないはずなので、ノックはいらないか。


 ドアノブに手をかけ、静かに押して入ってみた。


「あら? 子供部屋みたいね」

「ああ。なんもなさそうだな」


 いかにもな二段ベッドとか、子供が好きそうなぬいぐるみが置いてある。ファンシー感が部屋中に溢れていた。


「こ、この部屋おかしいぜ兄貴! 窓が、窓が開いてる!」


 言われてみると、窓が開いててカーテンが風でふわふわ舞っていた。


「閉め忘れただけじゃね?」

「そうね。何もないみたい。じゃあ帰りま、」


 鈴みたいなエチカの声が途中で止まった。一瞬にして窓が閉じられ、開けっぱなしにしていたドアもまたものすごい音と共に閉まった。


「か、勝手に閉まりやがった!」

「開かないわ!」


 もはやビビるのが常のモヒカンだけではなく、金髪バニーもこれにはビックリだ。両手でドアノブを掴んで引っ張るが、びくともしないらしい。


「ようやく出たな」


 誘い込まれたような感じで癪だが、悪霊とやらはここで勝負するつもりだったのか。


 俺の目の前に、幾つもの憎悪に満ちた霊が姿を現していた。黒と紫色だけになった男女が、呻きながら何人も浮かび上がってきた。


「あ、あががががが」


 背後で死にそうな声をあげているのはモヒカンだったが、もう気にするのはやめた。どうやら包囲されたらしく、この部屋には六人ほどいるようだ。


「悪霊退散!」


 そんな中、勇敢にもエチカが除霊の札を悪霊めがけて投げつけた。青白く光るその札は、吸い寄せられるように女の霊に張り付いた。


 札がチカチカとした光を発するとともに、悪霊がもがきながら消えていく。どうやら神父にぼったくられたということはないらしく、ちゃんと効果があった。


「ウルィイイイイイ」


 だが、ここで悪霊たちも戦闘モードがONになったらしく、ゆっくりとではあるが、こちらに近づいてくる。


「この化け物おおおおおお!」


 ところが意外なことに、モヒカンがここで枯れ果てていた勇気を振り絞り、塩を塗した斧で連中に切り掛かったのだ。


 これが映画の世界なら、奴は陰陽師も真っ青の大活躍を見せたに違いない。だが悲しいことに、斧はスカるばかり。


「う、うああああ!?」


 しかも、悪霊がモヒカンに取り憑いたっぽい。地味にヤバい状況におかれている。


「きゃあ!」


 背後をちら見したら、赤バニーもまた悪霊に迫られて札を振り回していた。


 この状況では一体ずつ除霊するというわけにもいかない。少し方法を変える必要がある。


 俺は鞘がついたままの剣を前に出し、水平にして構えた。そのまま魔力を集中し、ピュリファイを発動させる。


 ただ、今回は悪霊相手に使うのではなく、鞘がついたままの剣に使うことにした。


 茶色い鞘部分に暖かな緑の輝きが宿ったところで、そのまま一歩踏み出して大きく一回転。


 癒しの光はすぐさま部屋中を潤し、悪霊達は声にならない悲鳴をあげながら消滅していく。


「おおおお!? あ、兄貴! 今のはなんだ」

「え!? なんか一瞬で消えたわよ」


 どうやらモヒカンは悪霊に乗っ取られずに済んだらしい。エチカは目を丸くして戸惑っていた。


「ちょっとした応用だよ。おばあちゃんの知恵みたいな感じ」

「や、ヤベえ……兄貴ヤベえ。マジ来てくれて良かった……」

「お前のほうがヤバえよ」

「凄いわ! あんなやり方見たの初めてよ。あなたって……あ、開いてる!」


 ドアが開かれ、俺たちはすぐに廊下に出た。さっきまでとは違う、不気味な空気が流れ込んでいる。


「こりゃまだまだいるっぽいな」

「大変! お札が足りないかも」

「兄貴、俺……ちょっと漏らしちゃった」


 はっとした俺とエチカの視線が、モヒカンの社会窓へと注がれる。明らかにズボンの色が……この緊急事態でついに一線を超えたか!


「ま、まあ……そんな時もあるんじゃない。ね?」


 バニーが気まずそうに話を振ってきた。そんな時なんかねーわ! って即答したかったけど、まあ可哀想だし話を合わせることにする。


「まあ……あるかもな。とりあえず行こうぜ。腹が減ってきたし」

「え? 晩御飯いただいたばっかりじゃない」

「あれじゃ足りないんだよなぁ」

「食べ過ぎは体に——ってちょっと待って! あれって!?」


 言われて前をみると、もはや通路を埋め尽くすような、それはそれは不気味な霊達が迫っていた。


ーーーーーーー

【作者より】

ここまでお読みいただき、ありがとうございました!

明日から12時投稿に戻ります。


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よろしくお願いいたしますー(o^^o)

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