第6話 あの姿は悪霊ですな
屋敷は辺境と呼ばれるエルドラシアの中でも、さらに端っこにポツンと建っていた。
二階建てでそれなりに広々としているが、あまり掃除や手入れがされていないのか、所々汚くなっている。
「こ、ここだぜ」
消え入りそうなモヒカンの声を聞きつつ、俺は呆然としていた。赤バニーことエチカはなぜか笑っている。
「雰囲気あるわね! こういうのが良いのよ、こういうのが」
「いかにもだよな。っていうか、お前こういう場所でもバニースーツなのか」
「もちろんよ!」
「ここはカジノでも酒場でもないぞ」
「だから良いのよ。こういうのは個性で勝負よ」
何が良いのか分からん。ってか不敬だとか思われたりしないか。そういえばギルドではハイヒールだったが、今はブーツに履き替えている。これはこれで似合うのが不思議だ。
しかし……このチームメイトを見ていると、コレジャナイ感が凄まじい。もし前世の日本だったら、ここは陰陽師的な人々が現れるシーンだろう。
そうじゃなくてもお坊さんとか、影のありそうな霊能力待ちの探偵とか……。
せめて神父を連れてくるべきだったと思う。モヒカンとバニーというパーティ編成は大きな間違いとしか思えない組み合わせだった。
と考えてはいたが、俺もこの身なりじゃ人のことを言えん。新種のオークと騒がれることが何度あったか。こんなロン毛のオークがいてたまるか!
つまるところ俺たちは、チーム・ザ・不審者ーズとも言えるメンツである。大丈夫かな、通報されないかな。
なんて心配もちらと浮かびつつ、とりあえず屋敷のベルを鳴らしてみた。それから少しの間、特になんの反応もなかった。
「…………留守みたいだな。なあ、やっぱ帰ろうぜ」
もうモヒカンのライフはゼロだ。選択肢は逃げる一択。戦う前から負けている。だが残念ながら留守ではなかった。
「待て。誰か出てきたぞ」
「ぎゃあー! 出た!」
「落ち着け! 人間だ」
意外なことにお迎えに現れたのは、ダンディーな髭のおじさんだった。黒いジャケットと首元のヒラヒラなジャボを見る限り、多分主じゃないだろうか。
「初めまして。この屋敷の主、ギレン・ツー・ドリアードと申します」
「アレク・パディフィールドです」
「エチカです!」
「あ、あわわわわ」
「こっちのお兄さんはモヒカンです!」
元気よくモヒカンの分まで自己紹介してくれるエチカ。今更だけどこのモヒカンの名前聞いてなかったわ。
「は、はあ……そうですか。では立ち話もなんですから、中へどうぞ」
貴族さんは俺たち三人をみて、明らかに戸惑っている様子だった。そりゃそうか。自分で言うのもなんだけど、まともに見える奴がいない。
ただ、普通はメイドとか執事とか、そういう下にいる奴が出迎えるものじゃないだろうか。疑問の答えはすぐに明かされた。
◇
「ええ!? じゃあギレン様以外、みんな屋敷から逃げちゃったんですか」
不審者ーズ筆頭の赤バニーが、広間で驚きの声を上げた。今は軽い食事を奢ってもらっているところで、俺は遠慮なく三人分の飯にがっついていた。
「ええ。嘆かわしいことですが、毎晩のことでして。みんな別荘に避難しているのです。メイドや息子たちが毎夜怯える姿を見て、なんとかしたいとは考えていたのですが」
ギレン様は貴族のわりに物腰が丁寧だ。俺たちみたいな下々にも敬語を使ってくれる。かつての俺とは大違いだわ。
「ギレン様も、もう幽霊を見たのですか?」
好奇心MAXのエチカが肝心の質問を投げかけると、彼は渋い顔で頷いた。
「ええ。ですが私がやってくると、幽霊達は……いや、あの姿は悪霊ですな。悪霊どもはすぐに消え去ってしまうのです。それがまた、不思議でして」
「あ、悪霊……悪霊……」
青い顔でブツブツ言い出すモヒカン。ここが学校なら保健室連れて行くべきってくらいの見た目だわ。もう取り憑かれてるかもしれん。
「一体どうすればいいか。ここ最近ずっと悩んでいる次第でして。それに、夜だけではないんですよ」
「よ、よよよ夜だけじゃないって!? それはつまり」
「落ち着いて! モヒカンちゃん!」
バニーが怯えるゴリマッチョを宥めようとした、まさにその時だった。
ズザーという音と共に、誰も座っていない椅子が一人でに動いたのだ。
「ヒィーーーーーーー!?」
「う、うるせー!」
隣にいたモヒカンの絶叫で鼓膜が痛い! なんだよ急に。貴族のおじさんは真顔で固まってて、エチカはバニースーツの露出度など気にしてないとばかりに立ち上がって前傾姿勢だ。
椅子は廊下側に進んだと思ったら、なぜか急に進行方向を変えて、こちらにズザザザザー! という感じで突っ込んできた。
「きゃああ!」
「ああああああー!?」
「み、みなさん! 落ち着い——」
そしてぶつかる! というところで、俺は右手を前に出して椅子を止めた。
「え!? 止めたの?」
「お、おお! まさか!」
エチカとギレンさんは何故か驚いているが、そんな大したことでもない。
「え? ああ。まあ、椅子だからな」
椅子は見えない何かに動かされているっぽい。まあ、種を明かせば簡単だし好都合ではあった。
椅子を操っている奴は、まだ強引に動かそうともがいているようだ。意識を集中して、その先にいる奴をイメージしつつ魔力を込める。
「ピュリファイ」
浄化の魔法を口ずさむと、暖かな新緑色の光が前に降りかかっていった。すると、何かが姿を現してもがき始める。
直接椅子を掴んでいたわけじゃないが、少し遠くから念力のように動かしていたらしい。
「あ、悪霊なの!?」
「ま……間違いありません! これは——」
「あ、あああああ! 出たああああああ」
三人が騒ぎまくる中、その悪霊らしき禍々しい幽体は消滅していった。
「まず一体だな。こんな感じで全部祓えば完了ってことでいいですか」
「おおお! な、なんと! なんという腕前でしょう。ええ、ええ! 是非お願いします」
「すごーい! アレクって聖属性魔法が使えたのね!」
「まあな。それよりモヒカン、大丈夫か」
俺の視線の先には、恐怖のあまり気絶した大男が倒れていた。本番はこれからだけど、マジで大丈夫か?
かくして悪霊との戦いはスタートした。
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