第5話 助けてくれぇ!
「銀貨一枚じゃ、生活もたんわな」
ゴブリン退治の報酬を貰って三日後のこと。俺はギルドに向かうことにした。
懐が寂しいと、どうしてものんびりする気になれないのだ。いまだに銀貨五枚だったら良かったのに、と前回の依頼の件を引きずっている。
こういう時は、新しい仕事を引き受けて気持ちを切り替えるに限るわ。ということでギルドのドアを開けるなり、とりあえず挨拶した。
「やあみんな、俺——」
「はーい! あ! アレクじゃない」
あれ? なんか知らんけど、いつものバニーガールが受付の席に座ってるぞ。しかも今日は赤バニーになってる。
「おいおい、そこは受付だぞ」
「そうよ。受付嬢さんがのっぴきならない事情でお休みだから、今日は私が代わりに受付をしてあげてるの」
「そもそも、ここの従業員だっけ?」
「ううん、ただの冒険者よ」
胸を張るバニーちゃん。どうなってんのこのギルド。ってか受付嬢どうしたんだろ。のっぴきならない事情ってなんだ?
「……まあいいか。仕事ちょーだい」
「はーい! じゃあこの中から選んでね」
さっと流れるようにテーブル上に羊皮紙が置かれていく。今日は思ったより仕事が多そうだな。
「どぶさらいとトイレ掃除と、近所の犬の散歩。それから道具屋の店番と、レストラン店員もあるわね。あとはドラゴンの討伐とか」
「一個だけめちゃハードル高そうだな! でもドラゴン討伐は俺そもそも受ける資格なさそうだし、他は報酬安そうだなぁ」
「そうね! 畑仕事もあるわよ。ノルマなしだって」
ノルマなしか。そういう仕事って大抵隠れたノルマがあるよね。知ってる。
「もっと楽そうなのない? ダンジョン探索とかさ」
「ダンジョン探索って大変じゃないの? 今日はないわね。あ、ちょっと待って。盗賊ギルドからの依頼もあるみたいよ。行ってみたら」
「無理! 絶対面倒くさいやつだろそれ」
ギルドにも色々あるんだが、その中でも特にヤバめなのが盗賊ギルドだ。
まあ名前のとおり盗賊が経営しているんだが、どうしてそんなギルドが普通に存在してられるのか不思議である。
「じゃあ今日はないわねー。魔物退治はほとんどの場合、ベテランさんが引き受けちゃったもの」
「マジかよー。じゃあ今日はもう帰るわ。お疲れー」
と言い残して振り返った直後、ドアがバーン! という勢いで開かれて、目を血走らせたモヒカンマッチョが駆け込んできた。
「うお!? なんだなんだ」
「助けてくれえ! ヤバすぎる依頼を引き受けちまった! 俺一人じゃ無理だぁ!」
◇
怯えるガチムチモヒカンをどうにか落ちつかせ、とりあえず酒場フロアで話を聞くことにした。
「血相変えてどうしたんだ? Sランクモンスターでも現れちゃったのか」
「いや、違う。Sランクなんて可愛いもんよ。この腕っぷしがあれば一撃だからな。奴は……いや奴らは、そんな甘いもんじゃねえ」
Sランクモンスターといえば、魔物の中でもかなり上位ではあるんだが。まあ、SSよりは下だけど。ちなみにSの下はAからDまであって、Dが最も弱い。
「そんなに強い魔物が出るなんて! 一体どんな依頼なの?」
「バニーよ。お前、受付はどうした?」
「え? 変わってもらったわ。もう仕事上がりよ」
「早えな! いくらなんでも短すぎだろ!」
このバニーは俺以上のフリーターかもしれん。
「だって受付嬢さんが戻ってきたんだもの」
「は? あ、ホントだ。休みじゃなかったのか」
しかもやたらめかし込んでるな。バニーは理由を聞いていたらしく、ヒソヒソ声で説明を続ける。
「なんか貴族の人とデートだったけど、途中でやめて帰ったんですって」
「へえー。そいつは残念だったな。めっちゃ不機嫌そう」
のっぴきならない事情って……デートだったのかよ。まあそれはいいとして、ようやく落ち着いたモヒカンが重い口を開き始めた。
「実は……屋敷に現れる連中をなんとかしてほしいって。そう頼まれたんだよ。立派な貴族様にさ。夜になると出るらしいんだけど、なんとそいつら! もう生きてる連中じゃねえんだ!」
「ゾンビってことか」
「違う……奴らは、奴らは」
常にド垂直の超ハードモヒカンがプルプル震えている。
「幽霊なんだ。つまるところ、悪霊が蔓延る夜の屋敷に、俺はたった一人で挑まなくちゃいけないんだ! 無理だ、そんなの絶対に無理だぁ!」
そして無駄にデカい体を揺らしまくった末に椅子から転げ落ちた。
「心霊現象ね! 凄いわ! だからお兄さんは、自分以外に手伝ってくれる人を探しに来たってわけね」
「貴族の依頼ってことは、コレはけっこうあるのか?」
俺は右手でお金マークを作って聞いてみた。するとモヒカンは泣きそうな顔になりながらも、コクコクと頷いた。
「最低でも銀貨十枚はくれるってさ」
「銀貨十枚!? マジかよ」
「マジ! でも、実はこの依頼失敗続きで、もう何人か冒険者が亡くなってるそうなんだわ」
「ええ! 大変じゃない。じゃあモヒカンさんは、その中の一人になるのね」
「うひいいいいい!」
「やめろバニー! 脅しすぎてこいつが降りちゃったら、俺が依頼にありつけなくなる。よし兄ちゃん、俺が付き合うぜ」
入りたてで信頼がない俺は、あまり報酬の良い仕事は貰えない。だが、名のある冒険者とか、ベテランのついでなら話は別だ。
今なら俺も参加できるかもしれん。ビビりなモヒカンがこれ以上ひよらなければ大丈夫!
「おっさんが? いや、でも……一人増えただけじゃまだ怖えよ。あと一人くらいいてくれないと」
「じゃあ私も行こっか?」
「え!? バニーちゃんも! じゃ、じゃあ……お願いしようかな」
急にやる気になったなこのモヒカン。鼻の下が伸びてるぞ。まあやる気になるのはいいことだ。
「決まりだな。で、屋敷はどこにあるんだ? 今から行こうぜ」
「え? もう行くの。ちょっと待ってくれよ。まだ心の準備ができてない」
「大丈夫だ。俺とバニーがいる」
「ねえおじさん、以前も教えたけど、私はエチカっていうのよ」
「俺とエチカがいるから大丈夫だ! 心の準備なんて道中で済ませろ」
「わ、分かった。俺も初見だが、地図を貰ってあるから……」
そう呟くと、モヒカンは道具袋をごそごそと漁り出した。
ん? 初見だって? バニーもといエチカもキョトンとしてる。
「え? 初見だったの?」
「もしかしてあれか。まだ現場に行ってもいないうちから、あんなにビビってたのか」
「わ、悪いかよ! 俺はこういうのマジで苦手なんだよ」
じゃあなんで引き受けたんだ。内心呆れてしまったが、これ以上ブーブー言ってやる気を削いだら依頼をキャンセルするかもしれん。
おっかなびっくり過ぎるモヒカンの案内のもと、俺たちは貴族の屋敷へと向かうことになった。
だがその道すがら、なぜかエチカは不敵に笑っていた。
「とうとうアレクとお仕事をすることになったわね! 実は前から気になってたのよ、実は隠れ強冒険者なんじゃないかって!」
「ほほう、ずいぶんと勘が鈍いな。ってか隠れ強冒険者ってなに?」
「今私が作った名前よ! 隠れ強者のほうがいいかしら」
「表弱者で頼むわ」
勘弁、詮索マジ勘弁。
「ふふふ! 楽しみ」
ニコニコ顔の赤バニーとは対照的に、俺はげんなりしていた。
まったく、俺なんかを観察してて何が楽しいんだか。先行き不安だわ!
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