第2話 ………あ、やべ……

「いやぁ! アンタ凄まじい腕前じゃな。ビックリしたわい」


 数分後、村人達がほぼ全滅したゴブリンの遺体を処理しているのを見ながら、じいちゃんは感心していた。実は一匹だけ逃げて行ったので、全員を倒したわけじゃない。


 村人のみんなも大騒ぎで、俺に果物やら肉やら、なんでも奢ってくれるらしい。


 こういう好意にはきっちり甘えておかないとな。というわけで、この後は三人前の昼飯をいただく予定である。


「いうてゴブリンだしな。大袈裟だよ」

「いやいや! どんな高名な騎士でも、あんなにあっさりとやっつけるなんて厳しいじゃろ。人は見かけによらないのー」

「そんなことよりじいちゃん。報酬の件、よろしく頼むぜ」


 なにしろ一枚だけだった銀貨が、最低でも五枚に化けたわけだ。これで三ヶ月は余裕で生きていける。やったぜー!


「おお! そうじゃったな。ちゃんと達成したことをギルドに伝えて、お金も入れておく。安心しておくれ」

「オッケー! じゃあな、じいさん」

「うむ! 本当にありがとう! また何かあったらよろしく頼むぞい」


 ニコニコ顔の爺さんに別れを告げて、俺はさっそく他の村人から飯を奢ってもらいに——行く前にちょっと寄り道をすることにした。


 ◇


 村からしばらく歩いた森の中。鬱蒼としげる林を掻き分けるように進んでいく。


 しばらく進んだ先に、わりかし大きな洞窟があった。さらには二匹の武器を持ったゴブリンが、念入りに周囲を警戒している。


 しばらく林に身を隠していると、さっきの戦いで傷ついた生き残りのゴブリンが、よろけながら洞窟の入り口までやってきた。


「ギャ?」

「ギャギャー!?」


 その姿を見て、見張り役のゴブリン達は大騒ぎだ。実はこの一匹だけはわざと逃がしていた。こうやって巣を突き止めるために。


「前々から思ってたんだけど、よくそれだけで意思疎通できるよな。お前ら、カラスよりも頭いいんじゃね?」


 もう隠れる必要もなくなったので、とりあえず林から出て近づいてみる。生き残りのゴブリンはこっちを指差して大騒ぎだ。


「ギャーギャギャギャ!?」

「ギャギャギャギャ!」

「ギャッギャッギャッギャ!」


 ギャーって言ってれば俺も何か喋った感じになるんだろうか。ぼんやり考えつつ、槍を構えて突っ込んできた一匹の脳天をかち割り、もう一匹の胴体をスパッと切断。


「ギヒィーーーー!」


 見張りのゴブリンはあっという間に地獄行きとなり、またしても生き残った一匹は悲鳴を上げながら洞窟の奥へと走り去っていった。


「さて、中の様子を探ってみるか」


 洞窟の奥には、相当な数の魔物が隠れていそうだ。真面目な奴はすぐに突入しがちだが、実は必ずしも中に入る必要はない。


「ダンジョン・マッパー」


 転生してから長い間お世話になっている、ダンジョンのフロア内を探る魔法を使う。使い続けることによってレベルが上がり、いろんなものを調べられるようになる魔法だ。


 中はやはり広くて入り組んでいる。赤いマークが恐らく百以上はある。このマークは魔物だ。


 その他にも、緑は人間、黄色は宝箱、とかいろいろある。とりあえず俺が知りたかったのは、ここにゴブリン共しかいないことだ。そして、出入りできるのもどうやらここだけっぽい。


「どうせお前ら、ほとぼりが冷めたらまた人間を殺すんだろ」


 ゴブリンは小さい魔物だから、殺すのは可哀想なんて言う連中がいる。それに、まだ害はないのだから殺しに行くのは酷いとか、擁護しようとするのである。


 俺はそういう話が嫌いだった。現にこうして村を襲ったし、放っておいてもいつかはまた襲う。新たな被害が出る前に、やっちまったほうがいい。


 静かに右手を洞窟の中へと向け、魔力を集中させた。こういう時は魔法のほうが楽だし、楽に一発で終わらせたい。


「フレア」


 小さくつぶやいた後、すぐに洞窟から背を向けて歩き出した。背後からカァッと光が湧き上がり、轟音が轟く。


 その爆発は洞窟の中心で起こしたもので、奴らを満遍なく破壊するには充分だった。


 これで洞窟内の奴らは全滅だ。だが、しばらく歩いて俺は足を止めて振り返った。やけに激しい音が続いてる気がする。しかもなんか揺れてる。


「………あ、やべ……」


 やり過ぎた。マジで洞窟を木っ端微塵にしちゃったらしい。


 おかしいな。ここまでの破壊力はなかったはずなんだけど。


 ◇


 そそくさと村に戻り三人前の飯をいただいた後、俺はギルドのある町【エルドラシア】に帰ってきた。


 ギルドに行ったが諸々確認がいるとかで、すぐには報酬を貰えないようだ。


 なので一旦報酬が増えたことだけ受付嬢に伝えた上で、二日ほどダラダラ過ごし、もう一度崖っぷち亭に向かった。


 切羽詰まってる感丸出しの名前だが、ギルドの中はいつも活気に満ちていて、かつのんびりとした雰囲気があるから不思議だ。


「やあみんな、俺やで」

「誰だよ」


 お! 知らないモヒカンマッチョが突っ込んできた。これは珍しいこともあったもんだと思いつつ、受付に行ってみる。


「あら。アレクさん、お待ちしていました」

「ほーい。報酬ちょうだい」

「はーい。準備しますのでお待ちくださいねえ」


 この待っている時間が好きなんだよなぁ。俺はウキウキで酒場フロアの空いている椅子に座っていた。


「聞いたわよ! ゴブリン達を一人でやっつけたんでしょ?」


 すると、ちょくちょくやってくる黒バニーちゃんが目を輝かせて話しかけてきた。


「ん? いやー、勇敢な村人と一緒にやったってだけだよ」

「本当ー? でも噂になってるわ。オークみたいなおっさん冒険者が、一瞬で全滅させたって! それってあなたよね?」

「俺が豚みたいだって言いたいの? 豚違い……じゃねえや人違いだろ」

「ええー! でもー」


 やたらと詮索してくるなこのバニー。いいや、酒を飲んで誤魔化すとしよう。


「マスター! 酒くれ、酒」

「ゴールド酒でいいの?」

「あ、そうそうゴールド酒」

「はーい、どうぞ」

「お、ありがとー。っておい! なんでお前が持ってくるんだよ」

「え? 今日はここでバイトよ」


 どう言うわけか今日は酒場でバイトしている黒バニー。意味が分からん。


「アレクさーん。準備できましたよ」

「お! 待ってましたー!」


 混乱しつつもバイトバニーに酒代を渡していたら、受付嬢からの爽やかな声が響いた。とうとうこの瞬間がきた!


 愛しの銀貨ちゃん五枚、いや六枚!? もしかして更に上乗せして七枚!?


 ……あれえ? 一枚だぞぉ?


「ちょっと待った! 足りないんだが」

「え? 確かに一枚でしたよ」

「いやいやいや、報酬上乗せって話だったぞ」

「あのおじいさん、そんな話は聞いた覚えがないんですって。まあ、あの年齢なら物忘れとか、普通にありますよね」

「まあねー……っていやいや! 確かに言ってたって!」


 ジジイ! 五枚はくれるって言っただろーが!


「でも証拠がありませんからねえ」

「ギャッギャッギャ! ギャギャー!」

「なんですかその汚い声」

「ゴブリン語。絶対に俺は上乗せって聞いてます! って言ってみた」


 言えてるかは知らん。とにかくゴネるべく、人外の言葉すら使ってみたが、冷ややかな視線が刺さるのみだった。


「諦めてください。依頼主の条件どおり、ここに銀貨一枚あるんですよー」

「マジかー! せっかく三ヶ月はダラけると思ったのに。村人から別でお礼とかないのか?」

「んー、今のところはこれだけですね。あ、そうそう! 村で思い出しました。実はベリル村の近くにある洞窟で爆発が——」

「まあいいか、一枚で」

「あら? アレクさん?」


 俺はそそくさと銀貨を貰って、今日は立ち去ることにした。あれがバレたらまずい。


 ここでも騒がれるようになっちまったら、もう別の大陸に渡るしかなくなっちまう。


 ま、なんだかんだ文句は言うが、俺はこういう暮らしに満足してる。誰からも注目されない自分。その他大勢の一人。そういうのが気楽で良かったことを、この十年で知ったのだ。


 ようやくしがらみから解放された俺は、こうしてその日暮らしを満喫していた。

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