悪役転生して十年、やっとヒロイン達から逃げきった……そう思った時期が俺にもありました

コータ

第1話 やあみんな、俺やで

 このめちゃくちゃな世界にやってきて、俺の考え方はずいぶんと変わった。いや、考えだけではない。


 だってそもそも別人になってるし。


 そんなことを今更ながら考えつつ、最近顔馴染みになりつつある冒険者ギルド【崖っぷち亭】に足を運び、ドアを開けるなり挨拶をした。


「やあみんな、俺やで」

「……あら。アレクさん、おはようございます」


 しかしながら、挨拶を返してくれたのは受付嬢だけ。他のみんなは大抵の場合「誰?」と言わんばかりの一瞥をくれた後、すぐに関心を無くしてしまう。


 普通虚しさを感じるところだが、これがいいのだ。俺みたいな奴にとっちゃ、注目されるほうが疲れる。


「ほら、仕事片付けてきたぞ」

「まあ! また一日で達成したんですか。アレクさんなら、もしかしたらここじゃなくても、王都の方に行けば活躍できるんじゃないですか?」

「あんな遠くまで行きたくない」

「では報酬を用意しますね。酒場フロアで待っていて貰えますか」

「ほーい」


 王都はかなり遠い。多分六百キロくらいは離れている。


 この世界では馬か徒歩っていうのが主な交通手段なわけで、車や新幹線なんてもちろんない。だからやたらと遠い。


 でも実は、そんな王都から俺はやってきたのだ。あそこには戻りたくない、もう勘弁してくれよ、というのが本当の気持ちである。


 実を言うと、元々この世界の人間ですらない。異世界転生というやつをしたのだ。


 しかも転生してから十年も経っている。この世界はゲームでプレイしたことがある世界と全く同じで、俺はとある悪役貴族になっていたってわけ。


 転生したての頃は、まあビギナーらしく張り切っちゃったわ。


 新しい人生を得たことの希望とか、自分が近い未来に殺されてしまう運命が待ち受けているとか、フリーターおっさんだった頃は考えられないくらい、情熱を蘇らせて奮闘したものだった。


 だがしかし、それも昔の話。


 俺はある意味では、日本でフリーターをしていた頃の自分に戻りつつある。貴族なんてやってられなかったし、全てが怠くなったんだ。


 やっぱ俺に合ってるのは気楽なその日暮らしだわ。そう改めて心の中で結論を下しているうちに、なんとなく昼から酒が飲みたくなった。


 すると近くをバニーガールがふらりと通ったので、注文を頼むことにする。


「バニーちゃん、酒くれ。ゴールド酒を飲みたい」

「え? 私店員じゃないんだけど」


 あ、そうだったわ。この黒バニーは店員じゃなかったんだ。たしかこんな格好でも冒険者をしてるんだった。


「昼間からお酒なんて良くないわよ。おじさん、最近よく見るわね」


 その金髪をポニーテールにしたスタイル抜群の娘は、よくある当たり前の忠告をすると、興味深そうにこちらを見つめてきた。


「昼間から飲むからいいんだよ。自堕落な毎日最高」

「その割にはたくさん働いてない?」

「金持ってないからな。どんな仕事でもやるぜ」

「変な依頼ばっかり受けてるでしょ」

「そうか? 普通だぞ」

「うそー! 普通じゃないわ」


 言われてみると、確かに最近変わった依頼ばっかり受けてるかも。元々好奇心が強かったかもしれんが、普通じゃない内容に惹かれてしまう。


 そういえばこいつ、たまに俺に話しかけてくるんだよ。昼間からバニースーツ着てウロウロしてるあたりかなりの変人っぽいし、同じ匂いでも嗅ぎつけてるんだろうか。


「アレクさん、お待たせしました」

「ほーい」


 受付に戻ってみると、銅貨二枚が入った袋を渡された。老人の家で掃除をする仕事だったけど、苦労したわりには安いなぁ。ちょっと豪華な飯を食ったら無くなっちゃう。


「うげー、これじゃすぐ使いきっちゃうぞ。今日も仕事するかな。なんかある?」

「でも、アレクさんが受けられる仕事だと、いろいろ限られちゃうんですよねえ」


 冒険者としてギルドに入りたての俺は、まだまだ信用がない。だから大した仕事は任せられないのだ。


 それはしょうがないとして、受付嬢が渡してくれた依頼用紙の中には、どうにもパッとしない仕事が多い。


「うーん。もうちょっとサクッと稼げるのない?」

「それはベテランの方がみんな取っちゃってますよ。あ、そういえば! ベリル村でご老人からの依頼があるんですけど、けっこうお手軽そうですよ。銀貨一枚です」

「マジ!? やるやる! どんな仕事?」


 俺は老人からの依頼を受けるパターンが多い。堅苦しくなくて、かつシンプルなのでやりやすいのだ。


「ええっと。近所で悪戯する子供達がいて、最近どんどん酷くなってきたんですって。だからなんとかしてほしいっていう依頼です」

「おっし! 任せてくれよ、一人ずつ引っ叩いてやる」

「そんなことしたら怒られますよ。穏便に解決してくださいねー」


 というわけで、俺は徒歩二時間くらい先にあるベリル村に行くことにした。


 まあ引っ叩くのは冗談として、子供の相手なんて楽勝だろ。


 ◇


 そう思っていた時期が、俺にもありました。


 村にたどり着くなり、どうにもきな臭い空気が漂っている。依頼主の爺さんはかなり目が悪くなっているようで、最初俺を魔物と勘違いして棍棒を構えたくらいだ。


「この化け物め! ワシが成敗してくれるわ」

「爺さん、爺さん。俺、人間だから! 依頼されてきた冒険者だから!」

「む!? アンタ……冒険者さんだったのか。いやー失敬失敬。てっきりオークかと思ったでな」

「まあ、オークにはたまに間違えられるけどな。ところで、子供が悪戯してるって聞いたけど、あれのこと?」


 到着した時から気づいてたけど、村は大騒ぎになっていた。あちこちで火事が発生していて、みんな逃げ回ってるんですが。


「そうなんじゃよ! あの子供達ときたら、どんどん調子に乗ってるんじゃからな」

「あいつら、人間じゃないぞ」

「人間じゃない?」

「あれゴブリンだわ。すげー増えてんな」


 爺さんの目は悪いなんてものじゃなかった。どこをどう見たらあれを子供たちだと思うんだろうか。しかも火事起こしてるんだから、悪戯なんてレベルじゃないだろ。


 ゴブリン連中は剣や棍棒、弓を持ち出して村を襲撃してるようだ。大体二十匹くらいはいる。村人はみんな騒いで逃げ回っていた。


「大変だー! ゴブリンだ! ゴブリンの集団だー!」

「きゃあああ! 早く兵隊を呼んで!」

「冒険者だ! 冒険者を呼べー!」

「とにかく助けを! 一人二人じゃ無理だぁあああ」


 恐らくゴブリンどもは、ここにやってきては偵察を繰り返していたのではないか。そしてこの村ならごっそり食料を奪えると踏んで、一気に侵攻してきたってところか。


 村人も徹底抗戦すればいいと思うんだが、こいつらみんな他力本願だな。自分で戦わんのか。


「あ、あわわわ! なんと、あやつらはゴブリンだったのか。ということは、オークみたいなお兄さんだけでは無理じゃな! これは大変じゃあ!」

「……いや、どんなに沢山いてもゴブリンはゴブリンだからな。爺さん、あれで銀貨一枚なら美味しいな」

「なんじゃと!? 勝てるというのか? 勝てるなら一枚でも、五枚でも六枚でもあげるとも!」

「マジ!? やる気出てきたわー。じゃ、行ってくる」

「気をつけるんじゃぞ。もし死にそうになったら——おおお!?」


 俺は背中に預けていた剣を引き抜くと、そのままゴブリン達の中心に飛び込んだ。


「ギャギャ!」

「ギャヒヒ! ギャッギャッギャ!」


 もちろん奴らはリンチすべく、すぐに取り囲んで襲いかかってくる。殺意が四方八方から飛び込んできた。


 しかし、この程度の殺意には慣れている。俺は回転しながら剣で奴らの体を斬り飛ばしていった。


 魔物達は鮮血と絶叫を轟かせ、数秒もするとあっという間に静かになっていった。

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