第4話 トリの過去と天空の楽園
モンスター保護官の手から逃れたドラキュラは、巨大化したトリの背に乗って今日も空の旅を続けている。
そんな道中、ただ黙っていても暇だったので、彼は相棒に話しかけた。
「なぁ、トリ。お前は産まれた時から石像だったのか?」
「そんな訳ないホ」
「じゃあどうして石像になってたんだよ」
「覚えてないホ。そう言うのは気にしたら負けだホ」
何だか上手くはぐらかされた気がしたドラキュラは、質問を変えてみる事にする。
「じゃあさ、お前はどこで産まれたんだ? 鳳凰エリアの産まれなのか? それとも……」
「そんなにドラキュラは俺様に興味があるのかホ?」
「ただの暇潰しだホ……。って口癖うつっちまったじゃねーか!」
ついトリの口癖を口走ってしまった彼は、恥ずかしくなって相棒の背中をデタラメに叩いた。その刺激が気持ち良かったのか、逆にトリは喜ぶ。
「そこ、そこだホ! もうちょい右の方も叩くホ!」
「だ、誰が叩くか!」
利用されているのが面白くなかったのか、ドラキュラはすぐに叩くのを止めた。すると、気分を良くした相棒がお礼代わりに昔話をし始める。
「俺様は昔、天空の楽園にいたんだホ。楽しい毎日だったホ」
「天空の楽園? そんなのどこにあるんだ?」
「上空の結界を抜けた先の天空島だホ。そう言えばここから近いかもホ」
天空の楽園――それはモンスター世界の伝説のひとつ。かつて世界にモンスターが現れた時、天空と地上と海底のそれぞれにモンスターだけが住む楽園があり、その楽園でそれぞれのモンスターが平和に暮らしていたと言うもの。
ただ、その伝説は作り話だとも言われており、もう信じているモンスターはいない。ドラキュラも幼い頃に話は聞いていたものの、実在なんて信じてはいなかった。
もしトリが本当に天空の楽園の出身なら、伝説の存在扱いされていた理由もそこから来たものなのかも知れない。
この話に興味を抱いたドラキュラは好奇心が
「お前、もしかして海底の楽園にもいた事があるとか?」
「うーん、いた事はあるかも知れないホ。天空の楽園と海底の楽園は確かゲートで繋がっていたはずホ」
「嘘マジ?」
「信じないなら別に信じなくてもいいホ……」
ドラキュラが話を少し疑ったので、トリはへそを曲げてしまう。もっと話が聞きたかった彼は、何とか他の情報も引き出そうと背中叩きを再開させた。
「ほ、ほら、背中叩いてやるから機嫌直せよ! 叩いて欲しいのはここか? それともここか?」
「ウホッ! すごいく気持ちいいホ! どんどんやってくれホ!」
調子に乗った相棒は次々に叩く場所を指定する。ドラキュラもその頃には叩くのが面白くなっていたようで、まるで太鼓を叩くように軽快なリズムで背中を叩いていた。
「すごく気持ちいいホ! 何でも聞いてくれホ!」
「じゃあ、地上の楽園は? そこにも行った事が?」
「地上……そうだ、そこで俺様は石になってしまったんだホ……。その頃の事は思い出せないホ」
この話が正しければ、かつてあった地上の楽園はドラキュラが以前暮らしていた鳳凰エリアと言う事に――。
急に話がスケールダウンしたような気がした彼は、トリの話を疑い始めた。
「鳳凰エリアが地上の楽園な訳ねぇし。やっぱお前の話って嘘じゃん」
「鳳凰エリアは楽園の一部だホ。昔はもっと広かったんだホ」
「それこそ信じられねぇよ。いつの話だよ」
「ずっとずーっと昔の事だホ……」
トリはそう言うと、淋しそうな顔をする。何だか言いすぎてしまったと感じたドラキュラは、何とか取り繕おうと話を天空の楽園に戻した。
「て、天空の楽園が近いんだったよな? 行ってみっか?」
「分かったホ。しっかり捕まってろホーッ!」
「うわーっ!」
彼の申し出を聞いたトリは急に元気が出たのか、かつて暮らしていた場所に向かって猛スピードで飛び始めた。ドラキュラは振り落とされないように、必死で相棒の背中の肉を力いっぱい掴む。
ギュンギュン飛ばしたフクロウは、天空の一点に思いっきりぶつかった。何もないハズのその一点に、魔法陣のような図形が浮かび上がる。
「これが空の楽園の入り口ホ。誰もが入れる訳じゃないんだホ」
「お前は行けるのか?」
「当然ホ! 俺様を信じるホ!」
トリは空中の魔法陣をグイグイと押して、力技でそれを突破する。その先にあった世界は天空にいくつも島が浮かぶ、何とも幻想的な光景だった。
初めて見るその世界に、ドラキュラはゴクリと息を呑んだ。
「マジかよ……」
「これで信用したホ?」
「した! したした!」
伝説が作り話じゃなかった事を知って彼は興奮する。そこで、確認のために改めて尋ねた。
「ここが楽園なのか?」
「違うホ。楽園はあそこだホ」
トリが顔の向きで示した場所にあったのは、大きな島に浮かぶ大きな門。門が大きすぎて、その島の中がどうなっているのかは分からない。
初めて目にしたその異様な光景に、ドラキュラの目は輝きっぱなしだった。
「すっげー! でも何であんなに門が大きいんだ?」
「確か、ものすごい大昔に事故があったんだホ」
「事故?」
「ものすごい強い毒が発生して、それを封じ込めるために門を建てたんだホ」
そう話すトリの顔はマジ顔で、いつもの抜けた顔しか知らない彼には新鮮に映る。なので、その話は信用しようと思うのだった。
「じゃあ、あそこには入れないな」
「今はもう大丈夫なはずホ。門が封印されたのは2万年前も昔だからホ」
「えっ?」
「行ってみるホー!」
トリは重要な事をさらっと流して門の前まで飛んでいった。ドラキュラはそのワードが気になって、その後に相棒が話した言葉が全く頭に入ってこなかった。
「あ、そうだ。門に入るには証明書がいるんだホ。お前持ってたかホ?」
「そんなのないぞ」
「じゃあ今から早速作るホ。まずは紙とペンを用意するホ」
「いや持ってないって」
彼はトリから色々言われて困惑する。紙とペンも何も、この旅を始めた時に何も持たずに飛び出したのだ。
相棒はドラキュラの言葉を聞いてしばらく無言だったものの、何かに気付いたのかすぐに言葉を続けた。
「仕方ないホ。俺様のを貸すホ」
「どこにあるんだ?」
「俺様の体の中ホ。ちょっと探してみろホ」
「はぁ? この中に何が……?」
彼は言われた通りにトリの体に手を突っ込んで
この時、あんまり背中を
「キャハハハハ。ち、違うホ、そこじゃないホ」
「ええっと……?」
トリを笑わせながら色々と探っていると、やっと該当するものが手に入った。こうして紙とペンが手に入ったところで、第二段階に移る。
「紙とペンが手に入ったら紙に名前を書くホ」
「俺の名前でいいんだよな?」
「当然ホ」
「書いたけど、これで……うわっ!」
紙に名前を書いたところで、ドラキュラは指を切ってしまう。彼が血を舐めようとしたところで相棒から指示が飛ぶ。
「その血で血判を押すホ。それで完成ホ」
「えっと、これで……わっ」
名前を書いた所に指を押しつけたところで、用紙が手頃な大きさのカードに変化する。どうやら紙かペンか、もしくはその両方共が特殊なものだったのだろう。
突然自分の名前がカード化されて、ドラキュラは大層驚いた。
「このカード、どうするんだ?」
「門に入る時に必要ホ。つまり今だホ!」
トリはそう言ったかと思うと門のある大きな島に不時着する。そのショックか、元々時間切れだったのか、相棒はこのタイミングで全長30センチの元のサイズに戻った。彼が観察すると、目をくるくる回していたのでそのまま回収する。それから少し歩くと、すぐに門の前に辿り着いた。
そびえ立つ巨大な門の前に立ったドラキュラは、トリに質問する。
「ここからどうすればいいんだ?」
「……近くに通用門があるはずだホ。そこにさっきのカードを差し込むホ」
相棒は目をぐるぐるにしながらも、気力を振り絞って指示を飛ばす。通用門はすぐに見つかり、彼は言われた通りにカードを挿入した。
けれど、門は何ひとつ変化しそうにない。どうしたものかとドラキュラが周りを見回すと、ぬいぐるみ状態のトリがすっぽり入りそうな隙間を見つける。彼は直感でこれだと感じ、その空間に相棒をセットした。
すると、全ての条件が揃ったからか、大きな音を立てながら扉が開き始める。トリの話が真実なら、実に2万年ぶりの開門だ。
最初こそ毒を心配したものの、危険なガスは一切漏れ出してこず、既に浄化が完了していた事がうかがわれた。扉が完全に空いたところで、トリを回収したドラキュラは警戒しながら中に入る。
「うわあ……。何だこれ……」
そこには、確かに楽園と呼ばれるのも納得する程の世界が広がっていた。豊かな自然に新鮮な空気。失われた技術で作られた街の姿もそのまま残されている。
こう言う世界観が好きだった彼は、その場で思いっきり駆け出した。思いっきり走って、石を投げて、果実を食べて、ジャンプして、地面に倒れ込んで、深呼吸して満喫する。
「すっげー! マジの楽園だぁ」
やりたい事をやり尽くして満足した後、彼に襲ってきたのは凄まじいほどの孤独感だった。何しろ、この古代の街は動物の姿がどこにもない。虫も、獣も、人間も、モンスターも――。
それはきっと、毒が発生した時にみんなここから去ってしまったからなのだろう。
寝っ転がったドラキュラは、淋しさの中であるアイディアを思い付く。
「そうだ、今も生き残っている仲間を全員ここに集めよう。そうすれば賑やかになるはず!」
こうして、ここを安住の地と定めた彼は、次の野望に向けて行動を開始するのだった。
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