第3話 急襲! モンスター保護官

 モンスターが神聖視されていた島を離れ、トリは鼻歌交じりに気ままに空を飛んでいく。


「ホッホホッホホ~♪ ホッホホホ~♪」

「何だそれ」

「俺様作曲の旅の歌だホ~」

「のんきでいいな」


 ドラキュラは、トリの背中に乗りながら定期的に時間を確認していた。何故なら、彼はずっと飛び続けられる訳じゃないからだ。


「おい、大丈夫か?」

「何がだホ?」

「そろそろ6時間経つんだが」

「マジホ~っ?!」


 トリの燃費は6時間。それ以上経つとお腹が空いて強制的に元の全長30センチの可愛い丸い物体に戻ってしまう。

 今まで平気で飛んでいたため、もしかして今回はそれ以上持つのかと思ったら、時間を自覚した途端に彼は力を失って地上に落下していった。


「力が出ないホ~」

「何で自覚するまで平気なのに気付いた途端落ちてくんだよ~」

「そう言うシステムなんだホ~」


 ドラキュラは、前回の墜落時に落下中のトリの操作を心得ていた。背中の肉を無理やり掴んで右に左に揺らし、落下方向をコントロールする。


「よし、山小屋が見えてきた!」

「ホ~」


 トリは山小屋の前の広場に軟着陸。ドラキュラが降りたタイミングで元の30センチの体に戻る。


「もうダメホ」

「しゃーないなぁ……」


 ドラキュラはぐるぐる目を回しているトリを掴むと、ズンズンと山小屋に入っていった。

 彼のにらんだ通り、山小屋は無人。人がいないので安心して休む事が出来た。トイレはあるし、食事は自販機で買えるしと言うソロ歓迎仕様なのもドラキュラにはポイントが高かった。


「しばらくここで休むか」


 リラックスした彼は山小屋のベッドで一休み。長旅の疲れを癒やしていく。そうして半日ほど泥のように眠ったのだった。


「ふあ~あ、よく寝……」


 たっぷり寝て起き上がったドラキュラが背伸びをしていたその時、山小屋に迫る気配に緊張が走る。彼はすばやく身を潜めると、迫ってくる存在を迎え撃つ準備をする。

 と、そこで山小屋の扉が豪快に開いた。


「モンスター! いるの?」


 現れたのは重装備をした女の子。ただし、携帯している武器類から判断する限り、ハンターではなさそうだ。彼女は、左右を警戒しながらゆっくりと山小屋の中を歩いてくる。

 ドラキュラは、そこで致命的なミスに気が付いた。


「ふぁ~。よく寝たホ」


 そう、焦って隠れたためにトリを連れてくるのを忘れていたのだ。


「何? ぬいぐるみ?」

「俺様はトリだホ。お前は誰ホ?」

「わ、私はリホ。モンスター保護管だよ」

「保護管ホ?」


 リホの返事を聞いたトリは不思議そうに顔を90°傾ける。それを見た彼女はクスクスと笑い始めた。


「あはは、ゴメン。モンスター保護官って言うのはモンスターを保護する人の事。安心して、私は味方」

「そんな装備をした人間が味方な訳あるか!」


 ずっと隠れてやり取りを聞いていたドラキュラは、リホの言葉に激高して彼女の前に立ちはだかる。


「ドラキュラ! 野生のあなたに会えるだなんて!」

「何目をキラキラ輝かせてんだよ!」

「私、野生のドラキュラに会ったの初めてで。感激です!」


 彼女は腕をくっつけたキュンキュンポーズのまま、突然飛び出してきたドラキュラに黄色い声を浴びせ続ける。

 相手がハンターじゃない事はそれで理解したものの、このミーハーな感じに彼はすっかり調子を狂わされてしまった。


「お前、戦う気あんのか?」

「戦うだなんて、誤解です! 我々は野生のモンスターを保護する慈善団体なんですよ」

「うさんくせーッ!」


 偽善っぽい雰囲気は、ドラキュラが苦手なもののひとつ。彼が眉根を寄せて引いていると、リホは何か閃いたのかパンと手を叩く。


「そうだ! 自己紹介しましょう! 私はリホ! 16歳のモンスター保護管です。あなたは?」

「何でお前に名前なんて……」

「そいつはドラキュラだホ。詳しい名前は知らんホ。で、俺様の名前はトリだホ!」

「ばっ、お前!」


 ドラキュラは無視を決め込んでいたのに、トリが全部喋ってしまう。こうしてお互いの自己紹介は終わった。

 聞きたい事が聞けた彼女は、すぐにセールストークを始める。


「トリさん、ドラキュラさん。ここを出ましょう。それで私達の施設に来てください。そこなら……」

「そこで人間共の見世物になれってか? 冗談じゃない!」

「いやそんなつもりじゃ……」


 ドラキュラはリホに抱かれていたトリを強引に奪い取り、勢い良く山小屋を出た。若きモンスター保護官もすぐにその後を追う。


「待ってください! 誤解です!」

「俺は人間の世話にはならない、それだけだ!」

「……私は小さい頃、電撃黄色ネズミを飼ってました」

「は?」


 リホがいきなり身の上話を始めたため、ドラキュラは目が点になる。


「その後テレビの特集で知ったんです。モンスターがハンターからどんな扱いを受けているかって」

「だから保護官になったってか。じゃあ俺達以外の奴らを保護してやれよ。じゃあな」


 ドラキュラが面倒臭そうな顔で彼女を無視して先に進もうとしたその時、背後から異様な気配が発生。彼はその気配に足を絡み取られたような気がしてぞっとする。


「にーがーしーまーせーん!」

「おわあああ!」


 背後にいたはずのリホは、何らかの力を使って一瞬でドラキュラの前方に回り込んでいた。この想定外の現象に、彼は思わず大声を出して尻もちをつく。


「あ、あんた何者だ」

「言ったでしょう、私はモンスター保護官のリホ。モンスターを相手にするんだもの、それなりのスキルはあるの」

「どうしても俺を捕まえる気か?」

「私、あなたを気に入ったから。ほうっておけない」


 会って数時間で気に入られてしまい、ドラキュラの頬に冷や汗が流れる。彼は震える右手を左手で抑え、何とか平常心を保とうとした。このドラキュラの恐怖は、目の前の彼女の得体の知れなさから来ている。

 彼が初めて耳にするスキルと言う言葉。その未知からくる恐怖は、ドラキュラの平常心を奪ってしまった。


「お、お前になんて構ってられないんだよっ!」


 彼はそう言うとコウモリに変身して逃げ出した。保護官は飛んで逃げるモンスターを捕獲する道具を持っていそうにない。

 これなら逃げられると、ドラキュラは高を括った。


「いいの? 1人で逃げて」


 飛んで逃げるコウモリがその声に振り返ると、リホの胸に抱かれるトリの姿が目に入る。しかもあのフクロウ、気持ち良さそうに寝息を立てていた。

 保護官は、このぬいぐるみモンスターの頭を優しくなでる。


「トリをどうするつもりだ!」

「この子は私達の施設に連れていきます。取り返したかったらご自由に」


 リホはそう言うとそのまま山を降りていった。仕方なくドラキュラもコウモリの姿のまま彼女を追いかける。

 リホの運転する車を追いかけていると、目の前に大層立派な建物が目に入ってきた。どうやらそこが施設らしい。


 コウモリが更に追跡すると、敷地内の駐車場で車は止まり、リホがトリを抱いたまま車から降りる。

 そのタイミングを見計らって、人の姿に戻った彼がリホの行手を遮った。


「トリを返してくれ。大事な相棒なんだ」

「いいアイディアがあるよ。私と一緒に来てくれたら相棒とはこれからも一緒、どう?」

「ざけんな!」

「大人しく保護されて! あなたを危険な目に遭わせたくない!」


 リホは涙目になってドラキュラに訴える。これが本心からの言葉である事はすぐに分かった。女子の涙に弱いドラキュラはここで少し怯んでしまう。


「な、何だよ! 俺は負けねーよ! お前らにも、ハンター共にも!」

「分かってない。あなた全然分かってない」

「お前には何が分かってるってんだ!」

「ハンターはお金のためにモンスターを狩るの。無慈悲に、容赦なく、虫けらみたいに! 私はあなたがそうなるのを見たくない」


 流石はモンスター保護官をしているだけあって、その言葉にはリアルな重みがあった。とは言え、当のドラキュラこそがその被害者であり、ハンターの極悪さはその身に染みて知っている。

 だからこそ、表面をなぞったような言葉には嫌悪感すら覚えるのだった。


「俺はその地獄を経験してきたんだよ!」

「あ、あうう……」


 言葉での説得が無理と悟ったのか、彼女は泣き落としにかかる。それが嘘泣きならまるっと無視出来たものの、自然に溢れた涙だと言うのはすぐに分かった。

 こう言う状況に不慣れなドラキュラは、手をデタラメに動かしてそれを止めようとする。


「な、泣くな! みっともないっ!」

「ううう~。どうしてダメなんですかぁ~。私が大事にしますから~。不自由にはさせませんからあ~」

「俺は自由に生きたいんだよっ。自分で人生を選び取りたいんだ」

「お願いですうう~。何でもしますから~。捨てないで~」


 感情の暴走したリホはもうドラキュラの手には負えなかった。何を言ってもスルーされるし、自分の主張は変えないし。

 このどうにも出来ない相手に、彼はほとほと参ってしまう。


「復活ホーッ!」


 このタイミングでトリが復活。みるみる巨大化した彼は、そのままドラキュラを自分の背中に乗せて大空に向かって飛び立っていった。

 この突然の出来事に涙で顔がぐしゃぐしゃの彼女は現実を受け入れられず、すとんと膝から崩れ落ちる。


「嘘? そんな……」

「あばよっ!」

「保護管さん、さよならホ~ッ!」


 遠ざかっていくレアモンスターを目で追いながら、保護官は少しずつ現実を受け入れていく。流れる涙が止まったところで、彼女は逆に闘志を燃やすのだった。


「私、絶対あきらめないからっ!」


 巨大フクロウの背に乗っていたドラキュラは、謎の気迫を感じて激しい悪寒を感じる。そこで振り返ったものの、施設はもう見えなくなっていた。彼はもう一度前を向くと、何もない空を見て改めて気持ちを新たにする。

 モンスター達の旅は続く。いつか安心して暮らせるその場所に辿り着くまで――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る