第5話 人のルール、人の欲望

 トリの記憶を頼りに天空の楽園と言う場所を安住の地に定めたドラキュラは、この地に仲間を集めようと行動を開始する。仲間探しと言う事で、ドラキュラの頭にすぐに思い浮かんだのは、故郷の鳳凰エリアだった。

 トリの背中に乗って故郷に戻った彼は、見慣れた景色の荒廃ぶりを目の当たりにする。あまりの荒れように、昔の景色を知るドラキュラは膝から崩れ落ちた。


「嘘だ……こんなの嘘だ」

「モンスターがどこにもいないホ。みんなハンターにやられたホ?」

「とりあえず生き残りはいないか探してみよう。いるかも知れないし」


 2人が生き残りを探し始めた時、がさりと物音がしてすぐにドラキュラは音のした方向に顔を向ける。


「いたー! あの時のドラキュラ……でしょ? 私、ずっと探してたんだよ!」

「ゲェーッ! お前はあの時の保護官!」


 そう、そこにいたのは目当ての仲間ではなく、天敵とも言えるモンスター保護官、リホだった。厄介な相手に見つかったと、ドラキュラはトリを小脇に抱えて一目散に逃げ出した。


「ふ……。逃さないよっ!」


 彼女は足につけた専用のアタッチメントのスイッチを入れる。これでモンスター並みのスピードで走れるようになるのだ。リホはそのアイテムの力を借りて、目の前から逃げていったターゲットを追いかける。

 対してドラキュラは、逃げながら仲間を探そうと敢えて地上を走りながら周囲を探索していた。


「くそっ、どこにもいない。本当に仲間は全員ハンターに捕まってしまったのか?」

「危ないホ!」


 トリの言葉にすぐに止まると、頬を何かがかすって飛んでいく。すぐに振り返ると銃を構えたリホの姿があった。


「大丈夫、麻酔弾だよ。殺したりはしない」

「しつこいんだよ!」

「お願い、保護させて」

「やなこった」


 ドラキュラはあっかんべ~をすると、今度こそコウモリに変身して飛んで逃げる。近場の廃ビルの屋上で元に戻ると、そこから地上を見下ろした。


「ここにはもう仲間はいないのかな……」

「残念だけどホゥ……」


 いつもは間抜けな顔のトリも、この鳳凰エリアの惨状を目にして流石に寂しげな表情を浮かべる。


「くそっ! 何でだよ!」

「それは貴方達がモンスターだから」


 気がつくとリホがビルを登って背後に迫って来ていた。彼女は特殊な装備をする事で、モンスターと同等の能力を発揮出来るようになるらしい。


「お前、何なんだよ!」

「待って!」


 彼女が怖くなったドラキュラは必死で逃げる。当然、リホも彼を追いかけた。命懸けの追いかけっこは半日ほど続き、ドラキュラも保護官もかなり消耗してしまう。

 朽ちた公園で2人は隣り合ったまま座り込む。疲れ切ってしまったのか、お互いに肩で息をしていた。


「何で追いかけてくるんだよ」

「仕事だからだよ」

「真面目か!」


 リホの言い分にドラキュラは声を荒げる。モンスターの方が強かった昔なら、しつこい人間など襲えばどうとでもなった。

 けれど、対抗策を編み出されて力関係が逆転してしまってからはモンスターは逆に人間から逃げる一方。今では、飼いならされて人間の手先になるモンスターまで出る始末。

 保護官と言えども、その装備品はモンスターにとって脅威なのだ。


 彼は隙を見て逃げ出そうと、リホの一挙手一投足を丹念に見定めていた。彼女は上空のくすんだ景色を見上げながら、昔を懐かしむように目を細める。


「……それにね。私、モンスターが好きなんだ」

「好きなら見逃してくれよ……」


 リホの独白にドラキュラは呆れる。すると、彼女はマジ顔になって目の前の保護対象に向かって声を荒げた。


「モンスターは見つけ次第殺してもいいんだよ! 殺されたいの?」

「それはそっちが勝手に決めたルールだろ!」


 ドラキュラは人間側が勝手に決めたルールにキレる。ハンターがどんどん増えた理由もきっとこのルールのせいなのだろう。

 その結果、自由に生きてきた野生のモンスターはただ数を減らすばかり。この仕打ちに悔しさがこみ上がってきた彼は、石を拾って思いっきり地面にぶつける。

 モンスターの悲しみの訴えを黙って聞いていたリホは、ここで涙ながらに訴えた。


「だから守らせて! 私が絶対守ってみせるから!」

「やだね! 俺は自由に生きるんだ! 誰の指図も受けない!」


 2人の意見は平行線をたどる。所詮人間とモンスター。言葉が通じてもそれだけでは通じないものもあるのだ。



「お、カモ発見。狙い撃つぜ!」


 2人が言い争っていた時、その様子をこっそりと観察しているひとつの影があった。その影は今や貴重になった野生のドラキュラに対して、気付かれないように気配を消して慎重に銃口を向ける。

 キラリと光ったその光の正体に気付いた保護官が、すぐにその狩猟対象を守ろうと咄嗟とっさに体を投げ出した。


「危ないっ!」


 その叫び声とほぼ同時に、銃声が乾いた空気の中で響き渡る。ハンターの撃った弾はリホの体の中で止まり、彼女は力なくドラキュラの体に覆いかぶさった。


「やべ……。人撃っちまった。逃げよ」


 撃ったハンター本人は自分のした事が怖くなったようで、顔を青ざめさせながらその場を急いで離脱していく。

 人間がモンスターを殺しても罪には問われないのに、人間が人間を傷つけただけでそれは罪に問われる。それがルールなのだと言う。何て身勝手な話なのだろうとドラキュラは思う。


 この時、ドラキュラも自分を狙ったハンターの存在自体は補足したものの、彼女の事もあって全く動く事は出来なかった。


「おい、大丈夫か?」


 自分をかばって凶弾に倒れた彼女に対し、ドラキュラの中で葛藤が始まる。このままだと間違いなく死んでしまう、それほどの重症だった。今この近くに医療施設はない。ただ、助ける方法がない事もない。それはドラキュラの持つ力。血を吸って自らの眷属にすればリホは助かる。その代り、人ではなくなるけれど――。

 彼は悩んでいた。このまま命の恩人を人でなくしていいのか、最後まで人として寿命を全うさせた方がいいのか。


 悩んでいる間にも彼女はどんどん衰弱していく。このままでは彼女は……。意を決したドラキュラは、命の恩人の首筋に歯を突き立てようとした。


「だ、大丈夫。薬あるから……」


 その時、意識を取り戻した彼女は身に付けている道具入れから注射器を取り出して体に押し当てる。するとすぐに薬効成分が体を巡り、彼女の体の傷を一瞬で回復させてしまう。体の中に留まっていた銃弾もあっさり体外に排出された。

 その回復スピードを目の当たりにしたドラキュラは、目を見開いて言葉を失う。


「おい、それ……」

「あ、これ? 最近開発された薬だよ。保護官みんなに支給されてる。これのおかげでまず死ぬ事はなくなったんだ」


 その薬がどうやって出来たか知らない彼女は、科学の進歩だと笑顔を浮かべる。

 けれど、ドラキュラはすぐに理解した。その通常では有り得ない回復スピードは、モンスターの回復力を再現したものだと言う事を。


 その事実から分かる事、それはモンスターを実験道具にして何度も何度も酷い目に遭わせ、回復力の謎を解き明かそうとした結果生み出されたものだと言う事だ。

 薬が完成するまでに一体どれだけの数のモンスターが犠牲になってしまったのか――。それを思うと、ドラキュラの心に消えない青い炎がメラメラと燃え上がるのだった。


「……やっぱり人間は信用出来ない」

「えっ……」


 彼が小さくつぶやいたその声を、リホは聞き取る事が出来なかった。ドラキュラは側にいたフクロウに声をかける。


「トリ、帰ろう」

「分かったホー」

「あ、ちょ……」


 彼を乗せたフクロウは夕暮れの空に赤く染まりながら、どんどん上昇していった。地上の保護官からはその姿はすぐに確認出来なくなってしまう。


 人とモンスターが分かり合えるようになるためには、まだまだクリアしなければならない壁がいくつもある。それでも、いつかは……。

 真っ赤に染まる空を見上げながら、リホは決意を新たにするのだった。


「あれで良かったのかホ?」

「いいんだよ」


 トリに乗ったドラキュラは、自分達以外は誰もいない淋しい楽園に帰っていく。彼らは今後も仲間探しを続けるだろう。

 この場所が賑やかで明るい声で満ちるその日まで――。

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