第二章 吸血鬼の料理

第7話

 人間を知る猫、キャスパーを仲間に加えたつむぎは、今日も人類最後の都市フィニスを目指して旅を続ける。しかし、つむぎもキャスパーもフィニスがどこにあるのか知らない。そこで2人は、とにかく魔王城から離れるという方針を立てた。 


 なぜならば、魔王城周辺は旅をするには過酷な地域であるからだ。魔王城周辺地域は世界を包む闇の影響がとりわけ強く、魔族以外の生物は極めて少ない。従って食糧を確保するだけでもかなり苦労する。さらに、この地域に住む魔族たちは魔王への忠誠心が強く、凶暴である。人間であるつむぎと会話してくれる魔族はほとんどいないというのがキャスパーの見立てだ。


 こうして、つむぎたちは約1ヶ月、魔王城と反対の方向にひたすら進んだ。魔族との接触は避けたため戦闘が生じることもなく、道を進むにつれ闇が薄れ、植生が増え始める。そして今、つむぎたちの目の前には広大な森が現れた。


「恐らくこれはにゃ…」


「玄関?」


 つむぎの頭に浮かんだのは魔王城入り口にある悪趣味な巨大な扉だが、もちろんそれのことではない。


「魔族の領土がまだ魔王城周辺だけだった頃は、この森が人間の世界と魔族の世界の境界だったらしいにゃ。だからこの森は魔王の家の玄関にゃ。」


「つまり、この森を抜ければもっと人間についての情報があるかもしれないと。」


「そうにゃ…ただ、この森すごく広いにゃ。地図も食糧の備えもなく入るのは危険にゃ。」


「それでもここで進まないと何も変わらないよ。」


「確かにそうだけども…」


「困ったら森を吹き飛ばせばいいし。」


「森のためにも普通に進むことに決めたにゃ。」



 森は鬱蒼としていて薄暗く、じめじめしていて心地よくない。整備された道があるわけでもなく、足元には雑草やら木の根っこやらによってでこぼこしている。


 生物の気配もそれなりにあるが、それはただの生物ではなく、魔力を有したであるかもしれない。魔物は魔族に近い生物である。ただ、人間的な知性はなく、魔族も人間も捕食対象としている。会話ができない分、他の魔族に出くわすよりも厄介な存在である。


「やっぱり引き返したほうがいいにゃ。適当に歩いていたら一生森から出られないにゃ…」


「想像以上だね。戻って魔族に聞き込みするしかないか。」 


 つむぎたちには漠然と森を抜けるという目標があるだけで、そのための情報や道具を全く持ち合わせていない状態であった。というか、進むべき方角すらつむぎたちは知らない。旅人としては論外である。


「魔力で入口からここまでのルートはマーキングして…あれ?」


「どうしたのにゃ?」


「魔力のマーキングがところどころ消されているね…そうか、悪手だったな。」


「どういうことにゃ!?」


「キャスパー、戦闘準備。」


 そういってつむぎが魔力の出力を高めるのと同時に、背後の木々が薙ぎ払われた。


「魔物!?」


「グアアアアアア!!」


 現れたのはとにかく巨大な熊のような魔物、爪熊クロベアスである。血走った目でつむぎたちを見下ろし、耳が痛くなるほどの咆哮で威嚇する。名前の通りに特徴的なのはその爪で、魔力を帯びており、まともに食らえば真っ二つにされてしまう。


「うるさい。」

 

 つむぎが基本攻撃魔法を放ち、爪熊の体を貫く。しかし、爪熊はそのダメージを無視してキャスパーのほうへ突っ込んでくる。


「こいつ…キャスパー!」


「大丈夫!僕も戦うにゃ!」


 そう言ってキャスパーはみるみるうちに巨大化する。さらに、体毛に魔力を込めることで鎧のような防御力を獲得し、爪熊の攻撃をやすやすと受け止める。そして、大きくなった腕で爪熊の頭を押さえつける。


「つむぎ、今にゃ!!つむぎ!?」


「離れてキャスパー。巻き込んじゃう。」


「え?そう言われても…にゃ!?」


 身体を右へ左へ激しく揺らしてキャスパーを振り払った爪熊は、爪から魔力を解き放つ。魔力波が予想外のスピードでつむぎに直撃する。小さなつむぎの体が吹き飛ばされる。さらに爪熊が大きな手を振り下ろし、宙に浮いたつむぎを叩き潰す。


「つむぎーーー!!」


「平気。」


 つむぎの周りには依然として魔力の壁があり、攻撃はつむぎに届いていない。魔力の壁によって熊の手と地面の間にできた小さな隙間で、つむぎはある魔法を頭にイメージしていた。


獄爆ヴォルバステ、小さめ。」


 あのアバドが使用した最強の爆発魔法を、つむぎは爪熊一体を包む程度の規模にコントロールしてみせる。爪熊は一瞬で丸焦げになり、倒れる。普通の魔族ならば発動と同時に魔力が暴走して自らをも巻き込んでしまう魔法だ。つむぎは膨大な魔力を有しているだけでなく、魔力のコントロールや発動後をイメージする力など、魔法に必要な才能を全て有しているのだ。


「やっぱりいい魔法だ。」


「すまないにゃ、僕が邪魔だった。」


 元の大きさに戻ったキャスパーはシュンとしていた。


「いや、私も1人での戦い方しか頭になかった。旅をするんだったら戦い方も考えないとね。そんなことより、この熊食べれるかな。」


「貴重な食材になりそうだけど、大きすぎて運べないにゃ。肉を少し切り取って焼くにゃ?」


「ちょっと待った!!!その肉、私に料理させてくれ!!!」


 突如森に響き渡る声。つむぎとキャスパーが同時に上を見上げるとそこには…


「ヴァンパイア?」


「え?人間?」

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