第8話
ヴァンパイアは魔族の中でも特別な種族である。ヴァンパイアは永遠と区別が付かないほどに長命であるが、生命維持のために人間の血を吸わなければならない。そのため、ヴァンパイア達は人間を滅ぼすことに反対し、魔王に組することはなかった。次第に歴史の表舞台から姿を消していき、人間滅亡に伴ってヴァンパイアも滅亡したのではないかとさえ言われていた。
その伝説のヴァンパイアと人間の唯一の生き残りの邂逅。キャスパーは緊張と警戒で身体を震わせながらも毛を逆立てて、つむぎをどうやってこの場から逃がすか頭を巡らせた。
「落ち着いてください。私は人間を襲いに来たのではありません。」
低い声、丁寧な言葉遣い。それは、キャスパーにとってのヴァンパイアのイメージそのものであった。
「人間の血を吸わなければお前は死ぬにゃ。」
「私は血の縛りを克服しました。最後に人間の血を吸ったのはいつでしょうね…遥か昔のことだ。」
「信じられるわけないだろにゃ。」
「キャスパー、確かにこのヴァンパイアは飢えていない。」
「ならどうやって…」
「人間の血肉を作るもの…すなわち人間の食事を徹底的に研究しているのですよ。私は、人間の食事を再現できる。そして、それを食することで血を吸う必要がなくなったのです。私が求めているのはあなた方が倒したその希少な食材ですよ。」
吸血鬼が指をさした先にはつむぎではなく息絶えた爪熊。
「へえ。」
つむぎがにやりと笑う。
「つむぎ、まさか…」
「この熊あげる。その代わりに食べさせてよ、人間の食事。」
「良いでしょう。」
地上に降りてきたヴァンパイアが魔法を発動すると、地面に魔法陣が現れる。
「つむぎ!!」
「大丈夫だよキャスパー。」
地面に異空間の穴が開き、そこから出てきたのは薪、包丁、鍋、まな板など。人間と生活していたキャスパーには馴染みの深い、調理器具の数々だ。
「空間魔法をこんな簡単にやるとはね。」
「料理に必要な魔法はすべて覚えましたから。さて、危ないので離れてみていてください。」
そういうとヴァンパイアはさらに魔法を展開する。薪が組まれ、空中に浮いた鍋がその上に着地する。さらに、召喚魔法によって次々と野菜が召喚され、まな板の上で包丁が意志を持つかのようにそれらを切り刻んでいく。
「すご…」
「さて、メインは私が。」
ヴァンパイアが大剣を召喚し、自分の体の何十倍もある爪熊を慣れた手つきで解体していく。
「そこは自分の手でやるんだね。」
「人間の真似ですよ。人間はなぜか工程のすべてを魔法化することはなかった。さて、ここからが大事です。」
自動の包丁で肉片を一口サイズまでカットし、野菜と共に鍋に投入する。そして、魔法で薪に火をつけ、鍋に水を注ぐ。
しばらくして鍋がぐつぐつしてくるとヴァンパイアが召喚したのは…粉。
「おい、毒とかじゃないだろうにゃ。」
「調味料と呼ばれていたものです。人間の食事はただ腹を満たせばよいというものではないのですよ。」
「ふーん。まあ、最悪魔法で解毒すればいいしね。」
自らの手で鍋を混ぜるヴァンパイア。周辺の空間が良い匂いで満たされていく。
「美味しそうにゃあ…って、これ大丈夫かにゃ。魔物が寄ってくるんじゃ。」
「いや、結界が張ってある。全く、準備は完璧だね。」
「できました、人間はこれをスープと呼んでいました。暖かいうちに、どうぞ。」
スープがよそわれた木の器とスプーンが、つむぎとキャスパーのもとへふよふよと飛んでくる。
「いただきます。」
「少しは警戒しろにゃ…」
あっさりとスープを口に運ぶつむぎ、しぶしぶとそれに続くキャスパー。その感想は…
「うま。」
「ま、まあ今までは草とか丸焦げの肉しか食べてないからにゃ!そりゃあこっちのほうがうまいにゃ!食べちゃうのも仕方ないね!」
すっかりキャスパーも頬を緩ませてスープをどんどん食べていく。最低限腹を満たすだけの食事が続いていた2人にとって、ヴァンパイアの料理は極上であった。
「おかわりもありますから…!?」
突然爆発音とともに地面が揺れる。鍋が倒れ、スープが台無しになってしまう。
「あああ!」
絶望の表情を浮かべるキャスパー。
「私の結界が壊されるとは…」
「なるほどね。」
静かにつむぎが立ち上がる。
「つ、つむぎ?」
「…許さない。絶対に。」
つむぎはぶちぎれていた。
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