第5話
城塞都市フォルテン。500年間人類と魔族の戦いの最前線にあり続け、滅亡のその日まで衰えることのなかった。魔王の魔法すら弾いた城壁は、所々崩れているものの堂々とそびえ立つ。城壁の向こうには質素だが頑丈な石作りの家々がまだ立ち並んでいる。
「滅んだという割には綺麗すぎない?」
「あのドラゴンが守ってるからにゃ。」
街の上空ではドラゴンが静かにつむぎたちを睨んでいる。それはこれ以上近づくならば攻撃するという警告である。
「できるだけ穏便に頼むにゃ。」
「わかってる。大事な食材だからね。」
「いや街がこれ以上壊れないようにってことにゃ…」
ドラゴンと見つめあいながら、つむぎはわざとらしく一歩前に進む。退く気はないという意思表示。それを合図にドラゴンは大きな翼を一振りして、巨大な竜巻を起こした。
「キャスパー、じっとしててね。」
「え?」
突如つむぎに抱っこされ困惑するつむぎ。次の瞬間、つむぎはキャスパーを抱えながら竜巻の中に飛び込んだ。つむぎの体は簡単に吹き飛ばされ、宙に浮く。
「にゃああああああああああ…あれ?」
つむぎはその強大な魔力で竜巻の風をコントロール下に置き、空を飛んでいた。あっという間にドラゴンと同じくらいの高度に到達する。それを見てドラゴンは大きく口を開け、熱線を放とうとする。
「
「!?」
突然力を奪われたドラゴンは熱線を放つことができず、姿勢を崩して落下していく。つむぎはその真上に飛び、魔法を唱える。
「
それは魔力をそのまま放出するだけの、初心者の魔法。しかし、それは使い手の魔力量と出力次第で必殺の魔法に為り得る。
つむぎの魔力がライフルのようにドラゴンの胴体を貫き、ドラゴンは絶命した。
◇
外から見た通り街はつむぎたちの想像以上に形を留めていた。人間だけが、そこからいなくなったかのようであった。
「アルトゥムに似てる。」
「…いや、アルトゥムがここに似ているのにゃ。」
「どういうこと?」
「アルトゥムは魔王様が街という人間の文化を真似して作ったのにゃ。世界には同じ都市があと3つ…全て魔王様の命で作られ、将星が統治しているにゃ。そもそも、みんなで集まって暮らそうなんて発想が普通の魔族にはないのにゃ。」
「ずいぶん詳しいね。」
「魔族として生き残るために僕も昔旅をしたのにゃ。僕はずっと人間と暮らしていたから、価値観は人間に近い。生き残るためには、魔族の価値観、生き方を知る必要があったのにゃ。ここに帰ってきたのはそれこそ15年ぶりになるかにゃ。」
「どうして戻ってきたの?」
「突然気が付いたのにゃ、もう僕はご主人を思い出せなくなったことに。そうしたら無性に寂しくなったにゃ。」
「寂しい?」
「そう、寂しいのにゃ。」
それはつむぎの知らない感情だった。
「でも、その人はもう…」
「会うことだけが人間を思い出す手段ではないにゃ。顔が思い出せなくても、家に行けばきっとご主人のことを思い出せるのにゃ。」
キャスパーが微笑む。その微笑みもつむぎが知っている表情ではなかった。いわゆる笑顔とは何かが違っていた。
「これは?」
つむぎの目の前に現れたのは、通常の民家にしては巨大な敷地を有した建物。倒壊してはいるものの、瓦礫の量や残った柱の高さからして3,4階建てくらいの大きさであったことが推測される。
「ああ、これは学校にゃ。人間は子供をこの学校という場所に預けて生活させるのにゃ。子供たちは生活を共にし、大人から学んで、生きるための知恵をつけていくのにゃ。」
「アルトゥムには多分なかった。」
「そうだろうにゃ。人間の街は、人間同士が助け合って生きていくことを前提に作られているにゃ。」
「人間って弱いんだね。」
「…魔族ならそう思うだろうにゃ。」
「魔族なら?」
「そんなことより、着いたにゃ。ここが、僕の家にゃ。」
特筆すべき点もない、一般的な庶民の家サイズの建物。屋根は抜け落ち、壁も穴だらけで荒れ果てている。それでも、生い茂った雑草に埋もれた看板がキャスパーに確信を抱かせる。
かつて白い看板猫がいた、老夫婦の小さな喫茶店がそこにあった。
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