第一章 人間の少女
第1話
魔王の支配する世界に光はない。空は闇の瘴気で覆われ、昼と夜の区別すらつかない。当然草木は枯れ果て、どこまでも灰色の大地が続く。
そんな世界の最果ての地には魔王城があり、城下には魔族最大の町アルトゥムが広がっている。約10万体の魔族が暮らしており、皆魔族の中でも上位種ばかりであるからか、町は禍々しいオーラで満ちている。
そんな城下町に1人の少女が現れる。名はつむぎ。年は15歳。学生服を着た、まだ幼さの残るごく普通の少女だ。しかし、この世界では彼女は普通ではない。理由は2つある。
1つ目の理由は…彼女が人間であるからだ。
「そこのお前、止まれ。」
町に入ってすぐ、つむぎは一体のデュラハンに馬上から呼び止められた。デュラハンは首無しの騎士。アンデッド系列の中でも上位に位置し地域によっては最強クラスの魔族であるが、アルトゥムでは町の治安を守る衛兵的な存在にすぎない。
「何?」
「まさかとは思うが…お前人間か?」
“人間”という単語が出た瞬間、周辺の魔族の視線がつむぎに集まった。ある者は戸惑いの表情を浮かべ、またある者は殺気を放ってつむぎのことを見つめている。
それも無理はない。15年前、魔族によって人類は滅亡したのだから。
「にんげん?…私のお父様は魔族だよ。」
つむぎは人間でありながら、人間という生き物のことを知らなかった。彼女はとある魔族によってひっそりと育てられ、今日まで一度も外に出たことがなかったからだ。
「まあ似たような種族もいるか…しかし、人間のことを知らない世代がもういるのだな。」
デュラハンはあっさりと疑うのをやめた。周囲の魔族たちも興味がなくなったのか各々の日常へと戻っていく。魔族たちは平和ボケしていた。人間との戦争が終わり、魔王のお膝元では魔族間の抗争も生じないからだ。
「待って。ここに来たのは、アバドっていう魔族に会うようにお父様に言われたからなのだけど、知らない?」
つむぎは世間知らずである。このまま黙っていればアルトゥムは平和なままであったかもしれない。
デュラハンは、驚きのあまり小脇に抱えた自らの首を落としてしまった。周囲の魔族たちも再びつむぎのほうを向く。怒りや殺意が先ほどより強まっていた。
「アバド様のことを言っているのか…?お前、誰のことを呼び捨てにしている…」
大剣がつむぎの首元に突きつけられる。つむぎは表情を変えることなくキョトンとしている。
「こ、こやつはやはり人間じゃ!儂は500年人間と戦った…たった15年で忘れるものか!」
近くにいたスケルトンが騒ぎ出す。スケルトンはみな骨であるので見た目から区別がつかないが、かなり長生きの部類のようだ。魔族たちに動揺が広がっていく。つむぎを取り囲む魔族が次々と増えていく。
「…そうか。ならばお前は死んでいなければならない。」
「なんで?」
つむぎは無表情なままだ。その態度が、デュラハンをよりイラつかせた。
「お前が…人間だからだ!!!」
デュラハンが大剣を振り下ろす。つむぎの身体は真っ二つに…なることはなく、大剣はつむぎに当たる寸前で止まっていた。
「な、なんだ!?」
どんなに力を込めても大剣がそれより下に行くことはない。
「なんだよ、にんげんって。」
「ぐへ!」
つむぎは足元のデュラハンの首を無慈悲にも蹴り飛ばし、胴体にクリーンヒットさせた。デュラハンは情けない声を上げながら落馬する。
「こやつを殺せ!!!」
スケルトンによる氷の斬撃、カオスキメラから放たれた黒い電、デスプリーストが呼び寄せた地獄の業火。魔族の最高峰による同時攻撃がつむぎを襲う。周囲の建造物が崩壊するが、魔族たちはその程度のことを気にしない。異なる属性の魔法がぶつかり合い、最後には大きな爆発が起きた。
これほどの攻撃を受けると人間など跡形なく消し飛んでしまう。普通ならば。
「お父様が言ってた。攻撃してきた相手にはやり返していいって。」
爆煙の奥から聞こえてきたのは、心の臓を掴まれるような冷たい声。
突如放たれた衝撃波が一瞬にして魔族達を消し飛ばす。音はない。つむぎの周囲には何もなくなっていた。
「なんてこった…」
少し離れた場所からそれを見ていた堕天使は震えがっていた。小さな人間の少女から放たれていたのは、魔法ではなく魔力の塊。それが周囲の魔族たちや建物といったもの全てを、形が残らないほどに押し潰していた。
堕天使は少女の来訪を非常事態と判断。禁断のラッパを勢いよく吹く。甲高い音が響き渡る。
それを合図にして、つむぎの目の前の地面に魔法陣が現れる。たちまち漆黒の煙が立ち上り…その中から現れたのはつむぎの何十倍も大きい悪魔。
「我が名はアバド。魔王軍が将星にして魔王城の城下町アルトゥムの守護者。」
「あなたがアバド…じゃあ、あなたを倒せばいいんだね。」
初めてつむぎが笑った。
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