第6話 匕首(ひしゅ)〈1〉
カン……カン……カン!
「
まとめ役の年長
冬の外気が吐く息を真白く色付ける。外作業をする者にとって、一年で最も辛い時期だ。
毎年十一月は、竹採集の月にあてられていた。
切り取った竹は郷の専門技術者により加工されて、主に竹箭となる。
「冬竹には虫が入らないからな、今しかない。ほれ、精出せ!」
作業もせず、悠々と声を張り上げているだけのまとめ役に対し、作業者達は聞き取られないよう、口元でぶつぶつと独りごつ。
「竹の表面てのは冷たいんだよ。まったく、手前でやってみろってんだ」
同じ場にいる狛もまた、極寒に白息を弾ませながら、作業に精を出すことで体を温めていた。
彼は機敏な上に要領も良く、作業効率が他の者より高い。手際のいい狛の能力は、僮僕内だけでなく、いまや上役達にも知られるようになっている。
様子を眺めていた管理役が、手で
「おまえ、体格は
「……」
狛は、まとめ役を睨みつけたい衝動を抑えた。
こんな能力がいくらあったとて、狛の立場はといえば、やはり賎民身分のままだ。
……それでも。
遙のあの言葉を受けて以来、彼の中では秘めた何かが、
〝 生きる
明確な目標が形作られているわけではない。だとしても、
———— こんな場所で、一生を終えてたまるか。
今の狛は強く念じている。
そのためにはどうすればいいか……。
切った長い竹稈を肩に担ぎ上げ、狛は心中密かに己を鼓舞する。
———— ちょっとのきっかけでも、必ず逃さない。
狛の、感覚を研ぎ澄まさせる日々が続いている。
ところで、狛にそういう変化をもたらせた、あの
相も変わらず、不可思議な特待扱いが続いている様子なのは、狛も知っている。
ただ、遙は女
遙の存在を確認できた数少ない
時折、僮僕仲間が話題にしているのが耳に入る。
『あんな美童だもの、間違いなくお偉い貴族様の子だよ』
『世の中物騒すぎるからな、安全なここで預かってるんじゃないか。だから代価品にもされない』
『いや、いい
貴族がどんなものかの知識などほぼないくせに、皆、知ったように論じている。
———— まあ俺も、何も知らないようなもんだが。
竹稈を運びながら、狛は自身に
狛とて遙については、父親が殺されて泰山から来たということ以外、何も情報はないのだ。
———— 首長邸で、いったいどんな生活しているんだろう。
女首長とはあれきりなものの、あの強烈印象は忘れようにも忘れられない。
人間離れしたあんな妖しい生き物と、遙は一緒にいるのか?
「……」
一番最近に見留めた遙の姿を、狛は思い返す。
遙も狛と同じく九ヶ月分成長しているわけで、とにかく目にする毎に増すその
———— ひょっとして……。
実は、女子なのではないか。
変わらず男装である遙の姿を認める都度に、狛の中では、今でもそんな疑いが過ぎる。
———— どっちにしても俺のことなんか、もう忘れてるかもな。
よく考えれば、そもそも夜明け前の時刻、遙があんな陰湿な仕事室をひとりで訪れたというのも
衝撃的な言葉を告げてくれたけれども、それはたまたまであって、こっちが誰かなど、向こうは認識していなかったかも知れない。
———— まあきっと、そうだよな……。
偶然でしかないとしつつ、それでもなんとはなしに、
担ぐ竹稈の重さが、ズシリと肩へと食い込んだ。
狛は全身を使い、竹束を今一度しっかりと支え直すと、足腰に力を入れ、前へ歩を進めた。
道の先を、キッと睨む。
遙のことは、いい。
自分が優先すべきは、己の今後なのだ。
<次回〜 第7話 「匕首〈2〉」>
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