2 渡る
タツヤは森を抜け、川に出た。
激しい戦闘の音がする。上流からは敵軍の傭兵だろうか、何人かの亡骸が流れてくる。
「川を渡らないことには敵の裏をかくのは無理か……。だが……」
突然、川の水面が割れ、飛沫がとんだ。そして、敵の亡骸のひとつが水中に吸い込まれていった。肉食性の何らかの生き物が水面下に潜んでいることはたしかである。
サメかワニか、あるいは魔獣か……。水中は彼らの土俵だ。いくら剣の腕が立つとはいえ、水中戦では分が悪すぎる。泳いで渡るのは危険であるとタツヤは判断した。
さて、と彼が方法を考えようとしたとき、一つの流れて来る骸に目が行った。王国軍、つまりは味方の旗印を背につけている。そして、よくよく見るとそれは骸ではなく、まだ息があり、溺れないように必死にあがいているようだった。
やれやれ、とため息をつきながら、タツヤは川のそばにある木立からもっとも高い一本を選んだ。40メートルはある。彼が刀を抜き、サッと横に一文字を描くと、大木は川へと倒れ込み、向こう岸まで架かった。
流れてきた兵はその丸太にしがみついた。タツヤは軽やかにそれに飛び乗ると、兵のもとまで駆け、手をとって引き上げた。兵は水を吐き、せき込んだ。
「ゴホッ。た、助かりました」
「大丈夫か」
兵はタツヤの腕にある腕章をみた。
「よかった。お味方でしたか」
「ああ。上流はどうなっている?」
兵が語るところによると、敵軍の魔術師が川の表面を凍らせ、兵をこちらへ進軍させようとしているらしい。それを前線の指揮官で、炎の魔術の使い手である王国少将のフーが阻止し、攻防が続いているという。
「魔術師の数が多く、敵がおしてますので、川を渡られるのも時間の問題かと……」
「わかった。あんたは本陣に戻るといい。俺は敵の背後から奇襲をかける」
「奇襲って単騎でですか!?」
「単騎でだ。カールの命令だ」
「カール様ですか。そうですか……」
兵は哀れみの顔でタツヤをみた。事情を察したらしい。彼は丸太を伝い、味方のもとへと帰っていった。
兵を見送り、タツヤが向こう岸に渡ろうかとしたそのとき、水面から彼にむかって何かが飛び上がった。タツヤは即座に刀を抜き、居合い斬りにした。何かは真っ二つになった。
「サメだったか……」
二枚に卸されたサメは川に落ちた。その血は水中ににじんだ。
バシャ、という音がして、サメの身体は水面下に引き込まれた。
「あ、これは・・・・・・」
タツヤはあわてて丸太の上を走った。血のにおいに誘われたサメの群れが次々にタツヤに飛びかかった。タツヤは噛みついて来るサメを刀でなぎ払いながら突き進んだ。
サメたちは見境なく飛びついてはかみ砕く。丸太にすらもかじりつき、強靱な歯で削っていく。
「まずい!」
タツヤの行く先の丸太が切断され、もはや橋としては機能しなくなった。丸太は流されはじめているが、向こう岸まではすこし距離がある。
タツヤは意をけっしてサメの背を踏んだ。彼の祖国にはサメの背をわたった獣の神話が語り継がれているが、背を飛び跳ねながら彼はそれを思い出していた。
あとひと飛びだった。タツヤは岸にむかって跳躍したが、その先で陸に身を乗り出したサメが大きな口をあけて彼を餌食にしようと待ち構えていた。彼は空中で刀を抜き、一刀両断した。
危なかったな・・・・・・。タツヤは近くにあった岩に腰掛け、息をついた。
上流からは命を失った傭兵たちが何人も流されてきて、サメたちの餌となっている。どうやら戦闘が激化しているらしい。
はやくどうにかしなければならない。あたり一帯に繁っている草むらはタツヤの背丈を越えている。彼は敵軍の背後をつくべく、その草むらをかき分けていった。
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