剣客放浪譚
無頼庵主人
1 戦線
遠くで黒煙があがっている。
落ち着かない気持ちをおさえるように青年はあぐらをかいた。だが、やはり胸の内はざわついていて、今にでも駆け出したかった。
青年タツヤが配属されたのは本陣である堅固な砦だった。岩とモルタルとでつくられた小城は爆発魔法の一発や二発ではびくともしないだろう。戦線からもっとも遠い本陣の守衛を任されたが、味方が総崩れにならない限り、腕を振るう機会など訪れそうになかった。もちろん、戦線が破られないことがなによりである。刀を抜かずにすむのであればそれが一番良い。
だが、それでもタツヤが浮き足立つのは前線に一人の女性が配属されているからである。彼に出来るのは、城の見張り台から両軍が衝突している遠方を眺めることだけだった。
彼女は無事でいるだろうか・・・・・・。
援軍を頼まれたタツヤが砦の守備を命じられたのには理由がある。
それは領主の息子カールの嫉妬心である。タツヤを彼女に近づけさせないため、タツヤに手柄をあげさせないため、砦に縛り付けたのである。
「伝令!」
早馬が砦へと駆け込んできた。総大将の領主デンバーに急を伝える。タツヤも見張り台を降りた。
「敵の数は3000以上! いまにも川を越えそうです!」
「なんだと? 1000だと聞いていたぞ」
「多くの傭兵団を雇っているようです。前線より援兵の要請が来ています!」
デンバーは椅子から立ち上がった。
デンバー領と王国の連合軍は約1500。兵力の味方に
「衛兵200人を急ぎ前線に! カール!おまえが指揮しろ!」
「え、俺が? 危ないんじゃ」
「つべこべ言うな!」
砦の衛兵たちが慌ただしく動き回る。
デンバーは次々と指令を出していく。
「魔弾砲準備!」
魔弾砲は魔力により、砲弾を遠距離まで発射する装置である。
「俺も手伝うよ」
どんぐり型の砲弾をタツヤは片手で持ち上げた。
小型の砲弾だが魔力で錬成された鉄は非常に重く、本来なら3人がかりで砲筒に詰めるものである。周りの兵たちは驚きの表情でその様子をみている。
「タツヤ殿」
兵たちを手伝うタツヤにデンバーが歩み寄ってきた。
「すまないが、一つ頼まれてくれないだろうか」
「なんでしょう」
「カールはご覧の通りの愚息だ。経験も少ない。あいつと一緒に前線に行き、護衛をお願いしたい」
前線に行けるならば、すぐにでも承諾したいタツヤであったが、カールのことが気にかかる。
「しかし、カールは俺のことを嫌っているのでは?」
「それも承知の上だ。あいつに兵は逆らえん。物を言えるのはおぬししかおらんのだ」
「しかたありません。わかりました」
***
カール率いる増援部隊は森を抜けた。功を焦るカールが無茶な行動をするのではないかとタツヤは疑っていた。だが、進軍の最中、カールは妙なくらいに口数が少なく、落ち着いていた。そして、最前線の川辺がみえてきたところでその理由がわかった。
「全軍とまれ」
馬上のカールが200人の援兵たちを制した。
「どうした? 本隊はすぐそこだぞ」
タツヤはそう言ってカールを見上げた。彼の額には脂汗が走っていた。
「100人はいますぐ本隊に合流しろ。残り100人はここで俺を守るんだ」
なるほど、とタツヤは勘づいた。実戦の経験がカールにはないのだ。つまり戦場に出るのが恐ろしく、足がすくんだのである。タツヤにもカールの気持ちがわからないでもなかった。どんな時でも敵と対峙するのは恐ろしいものである。逃げてしまってもよいのだ。だが、援軍を待つ兵たちがいる。ここで投げ出せば、味方は敗勢に陥るだろう。勢いづいて出撃してきた援兵たちも困惑の表情をみせている。
「カール、全員合流させなければ味方が崩れるぞ」
「う、うるさい」
「いいか、カール。戦場には士気というものがあって……」
「この隊の指揮官は俺だ。お前は口を出すな」
カールは顔を赤くして声を荒げる。その場にとどまろうと必死のようである。
「タツヤ、お前に任務をやる。一人で敵陣の偵察に行き、そのまま背後から強襲をかけろ」
「何をめちゃくちゃな。自殺行為じゃないか」
「そういうことだ。命令にしたがえ!」
何千もの兵を相手に単騎特攻をかけるなど、死ねと言っているようなものである。しかし、ここで言うことを聞かなければカールはさらに冷静さを欠き、援兵たちに迷惑がかかるだろう。
それにこの命令に逆らうことによって、タツヤ自身の身体にも危険が及ぶ可能性がある。というのも、身元の知れぬ流れ者の彼が軍に編成されるにあたって、呪縛による契約を帝国軍と交わしているのであった。司令部が謀叛を起こしたと判断すれば、術士によって、タツヤの全身は痛みに蝕まれる。かなり厳しい契約だが、信頼を得るためにはしかたのないことだった。
「わかった。命令は聞いてやる。だが、援兵を皆、本隊に合流させるんだ。それが条件だ。お前は安全なところにいればいい」
「ちっ、勝手にしろ!」
カールは援兵たちを前に進め、自身は森に身を隠した。
タツヤは本隊とは別方向に向き直り、歩みはじめた。
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