第17話 賊軍の将

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=====


 一騎打ちを始めた呂布と華雄は一進一退の攻防を繰り広げた。周囲で戦っていた兵士と賊兵はいつの間にか手を止めて戦いの結末を見届ける立会人と化していた。それは張遼と賊軍副将との間で繰り広げている一騎打ちでも同じような状況になっていた。


「華雄、中々の腕前だな!」

「化け物と戦う俺への褒め言葉として受け取らせてもらう」

「俺が化け物とは酷い呼ばわれ方だな」

「化け物以外に呼び方が見つからんのだ!」


 華雄は互角に戦っているものの何とか踏ん張っている状況だった。


「これでどうだ!」

「ちっ!」

「勝負ありだな」


 方天戟を振り下ろされたので長刀で受け止めたが重い一撃で手が痺れてしまい長刀を手放してしまった。


「そうらしいな」

「約束は守ってもらうぞ」

「分かっている。お前の手下になろう」

「手下というより幷州軍の将軍になってもらう」

「どういう事だ?」

「言った通りだ」


 呂布は幷州軍で後将軍の地位にある事を説明した上で自分の手下になるなら幷州軍の一将軍としての地位が与えられる事を付け加えた。


「西涼軍で爪弾きにされた俺が幷州軍の将軍になるとは驚きだ」

「お前は董卓の下に居たのか?」

「そうだ。あの野郎は何進からの救援要請に対して天下を獲る絶好の機会だとぬかしやがった。それは筋違いだと指摘したら、裏切り者扱いされて職責を剥奪された」


 華雄は道理に合わない事をすれば必ずしくじるぞと忠告したが聞き入れられず、董卓に対して火に油を注ぐ結果となって西涼軍からも追放された。李儒にも不条理を訴えたが、好機をドブに捨てる愚か者扱いされて相手にされなかった。


 西涼を離れた華雄は放浪して幷州から幽州に入ったところで賊軍を率いていた張燕に拾われた。張燕は華雄の能力を買って大将の座を譲った。華雄は董卓や李儒に復讐する目的で商人や幽州軍から物資を奪いつつ州境付近で力を蓄えていた。


「董卓に復讐したいのか?」

「復讐ではなく時節を理解しろと言ってやりたいだけだ。李儒を含めてな」

「奴等は身を以てその事を理解した筈だ」


 董卓が洛陽で権力を握る為に策を弄したが、尽く潰されて西涼に逃げ帰った事を伝えた。

 

「少しだが気が晴れた」

「馬鹿は相手にするだけ労力の無駄だぞ」

「その通りだ」

「どうやら副将も諦めたらしいな」


 歓声が上がった方向に目を向けると張遼が勝鬨を挙げている姿が見えた。張燕は地面に座ってお手上げだと言わんばかりの素振りを見せていた。


*****


「この辺りではお前たち以外に賊は存在していないのだな?」

「間違いない」

「それなら問題は解決だな」

「問題?」


 呂布は同僚の身内が体調を崩していて療養するのに楽浪郡の御種人蔘が必要である事を説明した。


「俺たちが療養の邪魔をしていたわけだな」

「簡単に言えばな」

「悪い事をしたな」

「気にするな」


 人にはそれぞれ事情があるので終わった事をとやかく言うのは呂布の性に合わなかった。董卓のように国家転覆を図るような場合は例外だが。


「張燕、幷州のお偉い方が俺たちの面倒を見てくれるそうだ」

「連中の事もか?」

「それも約束する」

「助かる。連中を残して自分だけ降るわけにはいかんからな」


 二人が率いていた賊兵は黄巾賊崩れだが、元州兵が多い事からそれなりに戦える集団であった。賊兵を見た呂布はこの連中を鍛え上げれば大きな戦力になるという考えを持つに至った。


*****


 豫洲の潁川では病気療養中だった郭嘉が突然姿を消した事でちょっとした騒ぎになっていた。


「手掛かりは見つからんか…」

「前から計画していたようだ」

「療養している意味が無いと愚痴をこぼしていたからな」

「我々も気を配ってやるべきだったな」


 療養先である郭嘉の実家を訪れていた友人の荀彧と荀攸が誰も居ない寝台を見ながらため息を付いていた。


「陰修様から有能な人材が居ればと頼まれたが誰一人として見つからない」

「郭図殿と鍾繇は朝廷勤めを辞して姿を消した。戯志才殿も姿を見せなくなった。そして郭嘉も居なくなった」

「郭嘉は体調が良くなれば声を掛けるつもりだったがそれも叶わなくなった」


 潁川太守の陰修は有能な人材を囲い込むために荀彧と荀攸を通じて人を集めようとしたものの二人が推挙しようと人物は全員姿を消しており行方知れずになっていた。


「郭図殿と鍾繇は幷州刺史の丁原と懇意にしていたらしい」

「となると幷州に行った可能性が高いな」

「郭嘉もそうじゃないのか?」

「潁川で長期療養していたから情報は伝わっていないと思うが」

「そうだな。仮に幷州に行ったとしても郭図殿が居るとも限らない」


 二人は陰修の元を訪れて期待に沿えなかった事を詫びると共に恥を掻かせた相手に仕える事は出来ないと出仕を辞退して旅に出てしまった。


*****


「奉孝、良いものが手に入った」

「何です?」

「滋養強壮に効く薬草だ。楽浪郡でしか取れない珍しい物だ」

「高級品ではないのですか?」

「少し前まではな。呂布殿が幽州に居た賊軍を手なづけた事で入手しやすくなった」


 華雄と張燕が率いていた賊軍が姿を消した事で幷州と幽州の街道が使い易くなり商人の行き来が活発になった。しばらくすると高級品として扱われていた楽浪郡の薬草類が比較的安価で手に入るようになった。


「薬湯をお持ちしました」

「手を煩わせて申し訳ない」

「伯父上、こちらの方は?」

「蔡邕殿の御息女で蔡琰殿だ。事情があってしばらく滞在する事になった」


 戯志才の手引きで洛陽を脱出した蔡邕と蔡琰は追手を避けるように転々としながら幷州を目指して数日前に晋陽へ辿り着いた。州刺史代行を務める尚書令の薛蘭は予め事情を聴いていたので二人を保護した。


 二人は新しい住まいが決まるまで郭図の屋敷に居候する事になり挨拶に来た。その時に郭図と妻女が御種人蔘の扱い方が分からず困っていたところ、蔡琰が知っていると手伝いを名乗り出た。


「これは…」

「癖のある匂いだが、滋養強壮に効くらしい」

「幾ら伯父上の頼みでも飲めま」

「飲みなさい」

「身体に良いといってもこれは」

「貴方は病人ですよね」

「その通りです」

「だったらつべこべ言わず飲みなさい」

「わ、分かりました」


 蔡琰に凄まれた郭嘉は諦めて薬湯を口にした。味も癖があったので飲みたくなかったが、蔡琰の目が怖かったので無理やり飲み干した。


「郭図様、この方は目を離すと薬湯を飲まない可能性が高いと思います」

「確かに」

「この方のお世話を任せて頂けませんか?私が責任を持って薬湯を飲ませますので」

「ちょっと待って」

「それは助かる。奉孝、蔡琰殿は薬草詳しいから助けになる」

「伯父上…」

「話は決まりだ。蔡琰殿、宜しくお願いする」

「分かりました。郭嘉様、宜しくお願い致します」

「はい…」


 郭嘉は身体が真面な状態に戻るまで蔡琰の監視下で御種人蔘の薬湯を飲み続ける事が決まった。蔡琰が部屋から出て行った後、郭嘉は話を決めた郭図に対して何て事をしてくれたのだと非難の目を向けた。

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