第16話 鬼才現る
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晋陽にある郭図の屋敷を一人の青年が訪ねてきた。青年は顔色が悪く痩せていたが、小綺麗な身形をしており育ちの良さを窺わせた。
「郭図殿に会わせてもらいたい」
「失礼ですが…」
「豫州から甥が訪ねてきたと」
「分かりました」
親戚だと聞いて門番は急いで郭図が居る部屋に向かった。政庁に泊まり込んでいた郭図が数日ぶりに帰宅していたので客人も運が良かった。
「郭図様、客人がお見えになられました」
「客人?」
「豫州から甥が訪ねてきたと伝えてほしいと」
「まさかとは思うが…。私が出迎えよう」
話を聞いて心当たりがあったので郭図は直ぐに玄関へ向かった。
「奉孝!」
「やはり幷州に居られましたか」
「大丈夫なのか?」
「何とか生きてます」
郭図を待っていたのは甥の郭嘉だった。郭嘉は豫州で役人をしており将来を嘱望されていたが、病気が原因で長期療養する羽目になり役人も辞めた。床上げしたものの体調に不安を抱えた状態だった。
「豫州で何かあったのか?」
「いえ。実家で療養していたのですが、何かと忙しく嫌気が差しまして」
「ここならお前を知る者は居ない。強いて言うなら鍾繇と戯志才だけだ」
「二人なら信用出来るので助かります」
朝廷勤めの郭図以上に頭が切れると評判だった事から出仕を促す者や相談事を持ち込む者が絶えず、郭嘉は身体が保たないと書き置きを残して豫州から姿を消していた。
「伯父上さえ良ければ…」
「気の済むまで居て構わん」
「助かりました。断られたら野垂れ死にするところでした」
「縁起の悪い事を言ってくれるな」
郭嘉が言った事は嘘ではなく、郭図に会えなければどうなっていたか分からない程の状態だった。郭図は豫州に居る身内には一切伝えず匿う事にした。
「時折同僚が訪ねてくるが、適当に流しておけば良い」
「分かりました。そのようにしておきます」
「同僚にも静かにしてくれと伝えておく」
*****
政庁での評定が終わった後、郭図は甥が転地療養する為に晋陽に来ている事を伝えた。色々事情があるので人を避けていると付け加えた。
「それは大変だな」
「要領が良いので身体さえ良くなれば…」
「薛尚書、何とかならないか?」
「何とかしてやりたいのは山々なのだが」
その場に居合わせた全員が郭嘉の身を案じて助ける方法を思案した。
「薛蘭、大将が飲んでいる薬湯はどうだ?」
「薬湯?あれですか。元になる薬草が手に入れば何とかなるかもしれませんな」
高順に指摘されて薛蘭は楽浪郡で手に入る薬草の事を説明した。俗に言う御種人蔘だが、高級品で手に入れるのが難しいとされていた。
「値が張るのが難点だな」
「薬種問屋に聞いたのですが、山賊に襲われるので人を雇うのに金が掛かるからだと」
「それを警戒するなら迂回が必要だな」
御種人蔘自体もそれなりに値は張るが、運搬する為の経費が嵩むのが高級品とされる原因だと薛蘭が補足した。
「俺が用心棒に扮して蹴散らすのはどうだ?」
「それは名案だが…」
「他にも問題があるのか?」
「黄巾崩れの山賊だという噂があってな」
「張遼も連れて行こう。あいつが居れば後れを取る事は無い」
楽浪郡から幷州に行くには幽州を抜ける必要がある。幷州と幽州の州境付近に黄巾賊崩れの山賊が屯しており、街道を通行する者を襲って物資や金銭を強奪している。
呂布は黄巾賊であろうが山賊であろうが目の前に敵が居れば蹴散らす考えなので気にしていないが、周りが心配するので万事に抜かり無い張遼を連れて行く事にした。
*****
一般民に扮した呂布と張遼は同じように変装した兵士を率いて幽州へ向かう商人に同行した。
「早速のお出ましだな」
「見たところ我々の十倍以上のようです」
「怖い者知らずの張遼でも怖気づいたか?」
「ご冗談を」
州境を越えて幽州に入ると賊の集団が現れた。その数はおよそ千人。二人が率いてきたのは百人強で圧倒的な戦力差はあったが、并州軍の兵士は誰一人として意に介していなかった。
「黄巾崩れの連中に思い知らせてやれ」
呂布の号令と共に兵士は賊に襲い掛かった。賊の動きは意外と纏まっており対応に手こずっているものの、総合的には押し気味で進んでいた。
「大将のお出ましか。ん?」
「呂布殿、どうされました?」
「まさか…」
賊軍の大将を見た呂布は目を疑った。間違いなく前世で共に戦い切磋琢磨した男なのだが、幽州に居る理由が全く分からなかった。
「顔見知りですか?」
「いや、他人の空似らしい」
「それでは私が、」
「奴は俺に任せてくれ」
張遼があの男と戦えば良くて引き分け、負ける公算が高いと見ていた。張遼を失えば并州軍にとって単なる痛手では済まない事から呂布自ら戦う事にした。
「分かりました。某は背後に居る副将らしき奴を相手に致しましょう」
「助かる」
「それでは」
張遼は一礼すると鈎鎌刀を担いで馬の腹を蹴った。
「あんたが用心棒の親玉か?」
「そんなところだ」
「見たところ用心棒というより正規軍だな」
「理由は?」
「一糸乱れず命令通りに動いている。俺も少し前まで宮仕えていたからな」
「その通りだ」
「あんたの名は?」
「呂布」
「あんたが呂布か!洛陽で大立ち回りをしたらしいな」
「成り行きでそうなっただけだ。お前の名前は?」
「華雄だ」
前世の華雄は西涼軍で上将を務めていて、途中から加入した呂布に対して偏見を抱く事なく親しくしていた。互いに反りが合わない董卓と呂布の間を上手く執り成していた事もあり、華雄が虎牢関で関羽に殺られず健在だったなら呂布の裏切りは無かったと嘆く者が多く居た。
「華雄、一つ提案がある」
「何だ?」
「この勝負に負けた方は勝った方に仕えるという条件を付けたい」
「面白そうだな」
「了承したと受け取るぞ」
華雄が話に乗ってきたので呂布は思わずほくそ笑むと獲物を狙う獣のような目付きに変わった。そして方天戟を握り締めると馬首を華雄が居る方向に向けて駆け出した。
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