第15話 引き抜き

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 執金吾を辞任した丁原は何進の引き留めも丁重に断り幷州に戻った。郭図・鍾繇・戯志才など洛陽で配下に加わった者も同行した事から晋陽では留守居を任されていた薛蘭らと顔合わせを行った。


「内外ともやるべき事が沢山ありますが、丁原様には休養を取って頂きます」

「分かっている。洛陽から声が掛かった時に動けないのは困るからな」

「毎日報告に伺いますのでご安心下さい」


 丁原は州刺史代理に薛蘭を指名すると自邸に引き揚げた。引き揚げる時も人の肩を借りなければならず回復まで時間が掛かるのは明白だった。


「洛陽には魑魅魍魎が住んでいるようですな」

「正確に言えば河内の役人と西涼の董卓だが」

「呂布殿、その董卓に借りは返せたのですか?」

「当たり前だ」


 権力闘争に敗れた董卓は西涼に引き揚げたが、その道中で賊軍に夜襲されて少なくない被害を受けた。董卓は血眼になって賊軍を探したが見つからず泣き寝入りする羽目になった。その賊軍を率いていたのは張遼・魏越・魏続の三人であり、手下に扮していたのは幷州軍兵士だった。


「相応の礼をして頂いたようで安心しました」

「薛蘭、先触れを通じて頼んでいた事があるだろう」

「素案は出来ております。丁原様に了承頂ければ直ぐにでも」

「爺さん、何を頼んだんだ?」

「薛蘭の説明を聞けば分かる」


 丁原は先触れを出して中央の組織を参考にして幷州内部の再編案を考えるようにと薛蘭に指示を出していた。


 幷州牧・丁原(太原太守兼務)

 尚書令・薛蘭

 中尚書・鍾繇

 左軍師・郭図

 右軍師・戯志才

 前将軍・高順

 後将軍・呂布

 左将軍、雁門太守・候成

 右将軍、上党太守・成廉

 牙門将軍、上郡太守・宋憲

 牙門将軍、西河太守・秦宜禄

 牙門将軍、朔方太守・魏越

 偏将軍、雲中太守・魏続

 偏将軍、五原太守・李封

 偏将軍、太原太守・郝萌

 偏将軍・張遼、李鄒、曹性、高雅


 幷州は東(幽州・冀州)西(涼州)南(司隸)北(夷狄)の四方に警戒の目を向ける必要があるので人材を散らばらせ事になるのが難点だった。他勢力や在野で優秀な人材を探すのが喫緊の課題である。

 

 右軍師の戯志才は情報収集を行いつつ目に止まった人材が居れば積極的に勧誘する役割も兼ねる事になった。


「前将軍は儂より呂布が適任だと思うが」

「俺では力不足だ。大将に正面から物を言える爺さんでなければ務まらん」

「焔陣営は幷州軍の根幹を成す存在です。その事を踏まえて頂ければ」

「爺さんはいつも通り振る舞えば良いんだ」


 高順が渋ったので説得する一幕もあったが、全員賛成を受けて丁原に諮って同意を得たので実施される事になった。


*****


 戯志才は自身の役目について自由裁量を与えられたので取り敢えず洛陽に向かった。馴染みの酒家に入ると隅の方に陣取って観察を始めた。


「袁家の二人がまた啀み合いを始めたぞ」

「またかよ。親戚同士仲良く出来ないのか?」

「あれは同族嫌悪だな」

「扱き使われる者の身になってほしいもんだよ」


 執金吾の袁紹と禄尚書事の袁術が何かにつけて対立しており、朝廷内部で不穏な空気が流れ始めていた。董卓の口車に乗って冷や飯を食わされかけた王允が朝廷を掻き乱そうと考えて袁術を禄尚書事に捩じ込んだ。


 袁術は分家扱いしている袁紹が執金吾に就いた事に妬みを抱いて追い落としの機会を窺っていたので王允の提案に二つ返事で飛び付いた。袁紹のやる事に対して事ある度にケチを付けるので宮中が二分されて何進は対応に追われる羽目になった。


「御史中丞の蔡邕様が板挟みにあって体調を崩してから余計に酷くなった」

「いい迷惑だな」


 戯志才は蔡邕と面識があり世話になった事もあるので居た堪れなくなった。役人の会話がどうでも良い与太話になったので戯志才は席を立った。


*****


「戯志才と申します。蔡邕様にお取次ぎを」

「父は病に伏せておりますのでお引き取り下さい」

「分かりました。日を置いて改めさせて頂きます」


 蔡邕の屋敷を訪ねると娘が応対に出て来たが、追い返されて対面は叶わなかった。数日後に出直したが結果は同じだったものの、対応した娘から書簡を渡された。


 夜になってから再び蔡邕の屋敷を訪ねたが門は閉じられており呼びかけても人が出てくる状況ではなかった。戯志才は周囲を窺って人の気配が無い事を確認すると塀を越えて敷地の中に入った。


「久しぶりだな、戯志才」

「かなり無理をされたようですね」

「朝廷内部の争いに首を突っ込んだ結果だ」

「王允の逆恨みと袁家の争いに巻き込まれた」

「…」


 蔡邕は肯定も否定もしなかった。自分が上手く調整出来なかった事が原因だと考えており、他人に責任を押し付けたくなかった。


「どうされるのです?」

「職を辞して引っ込むつもりだ」

「当てはあるのですか?」

「故郷の兗州に帰れば…」

「恐らく王允に付き纏われるでしょう」


 調整役の蔡邕が居なくなった事で袁術が暴走し始めて自身の立場が危うくなりつつある王允は毎日のように遣いを出して蔡邕の復職を迫っていた。


「他に行く所など」

「幷州に行かれては?」

「丁原殿か」

「私のような者でも親しくさせてもらっています」


 戯志才は丁原配下である事を隠して交友関係だと伝えた。外部協力者の体裁を取った方が動きやすいとの判断からである。


「人を選ぶ戯志才が言うのなら間違いないだろう。宜しくお願いする」

「分かりました」

「丞相に職を辞する挨拶をしなければ」

「行けば王允の知るところになります。私にお任せ下さい」


 戯志才は翌日の夜から本格的に活動を始めた。毎日深夜になってから十名程度の配下と共に屋敷に現れて中から物を運び出した。数日間で屋敷の中はもぬけの殻になり、蔡邕と娘の姿も見えなくなった。

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