第3章 地盤固め

第14話 執金吾辞任

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 丁原は謹慎を解かれて執金吾に復帰したが、心労から体調を崩しており相当な負担になっていた。呂布や高順は静養を勧めたが、本人が頑として聞かず休息を取らなかった事で体調が悪化して宮中で倒れた。屋敷に運ばれた丁原は典医の診察を受けた。


「大将の具合はどうだ?」

「典医は安静が第一だと言っていた。御役目など以ての外だと」

「洛陽に居れば気が休まらんぞ」


 高順が危惧するように宮中での問題事が次々と持ち込まれており、鍾繇が職務を代行して指示を出している。鍾繇で捌き切れない内容の案件は郭図が処理を行い、揉め事など仲裁が必要な時には張遼が駆り出される事もあった。


「爺さん、晋陽に帰らないか?」

「そうだな。本来の役職に戻る方が良いかもしれん」

「并州なら別駕従事が刺史代行をしているから休養しても問題ない」


 別駕従事を務める薛蘭が刺史代行として留守を任されおり、統治も問題なく行われている。有能な事務方である鍾繇が加われば政務も今まで以上に捗ると思われた。また家族が居る晋陽で休養すれば丁原も短期間で健康を回復するだろうというのが二人の考えだった。


「誰が大将に話す?」

「こういう時は爺さんしか居ないだろう。大将とサシで話せるのは爺さんと別駕従事だけだぞ」

「今回はお前が話せ」

「ちょっと待て。どういう事だ?」

「儂や薛蘭も時期が来れば引っ込む身だ。その後はお前がこの役目を引き継ぐ事になるだろう。練習だと思ってやってみろ」


 政治面や軍事面についての進言は誰でも可能で丁原も素直に聞き入れているが、私事については付き合いの長い高順や薛蘭が雑談を交えながら説得するのが常だった。呂布が并州軍の中心人物になりつつある事からその役目を任せてみようと考えた。


「大将が言う事を聞かなかったら爺さんに任せるぞ」

「その時は儂が引き受けるから心配するな」

「仕方ない。さっさと済ませてくるか」


*****


「大将、宜しいですか?」

「呂布か。迷惑を掛けたな」

「何進暗殺未遂、十常侍の反乱、董卓の策謀。これだけの事が起きれば誰だって嫌気がさしますよ」

「お前らしい言い方だな」

「そもそも大将は真面目過ぎますよ。息抜きしなきゃ潰れますって」


 このような時に顔を出す筈の高順が姿を見せないので不思議に思っていたところに呂布が現れて普段言わないような事を話すので高順が仕向けたなと丁原は考えた。


「高順に頼まれたか?」

「まあそんなところですが、全員の総意でもあります」

「晋陽に戻って静養しろという事だな」

「簡単に言えば」

「洛陽暮らしも飽きてきた。晋陽に戻るとしよう」


 丁原は執金吾を辞す事をあっさりと決断した。体調不良になった事が一番の理由だが、朝廷での権力争いに辟易していた事もそれに拍車を掛けた。


*****


数日後、身体を起こせるようになったので呂布を伴い丞相府を訪れて執金吾の辞任を何進に伝えた。


「休養が少々長くなっても構わないので続けてくれ」

「典医の見立てでは長期間に及ぶとの事。御上に要らぬ心配を抱かせる事になりますので」

「お主にそっぽを向かれるのも困るし呂布や高順にそっぽを向かれるのも困る。残念だが後任を探す事にしよう」


 何進は十常侍と近衛兵に命を狙われた時に呂布と高順の働きで難を逃れている。二人の立ち回りを目の当たりにしているのでそっぽを向かれる事だけは避けたかった。


「閣下の配慮に感謝致します」

「これだけは約束してほしい。洛陽で何かあれば力を貸してくれ」

「承知致しました」


 何進の味方は丁原を始めとする并州軍関係者と西園八校尉と言われる将官など少数である。十常侍粛清後に朝廷再建の為に招請した者は董卓の甘言に乗せられて丁原を謹慎に追い込むなど身勝手に動いて自滅している。少帝の命令で謹慎しているが復帰しても何進の指示通りに動く保証はない。それ故に丁原の離脱は何進にとって痛恨事だった。


*****


「袁紹と申します。丞相閣下より執金吾の後任を仰せつかりました」

「名門袁家の頭領である貴殿なら安心して後を託せる事が出来る」

「名門とよく言われますが、名前だけでは出世など夢の話です。己の才覚と努力が無くして今の地位に至れたとは思えません」


 何進は執金吾の後任に西園八校尉の一人である袁紹を指名した。袁紹は四代にわたって三公(司徒・司空・司馬)を輩出した名門である袁家の家長である。宦官を敵対視していたので役人として芽が出ず一族の有力者から叱責される事もあったが、何進に見出されて出世街道に乗って今日に至っている。


「貴殿が呂布殿ですね?十常侍の乱では獅子奮迅の働きで丞相閣下をお守りしたと聞いております」

「獅子奮迅と言われたそうかもしれないが、あくまで冷静に動いた結果だと自分では思っている」

「なるほど」

「俺には才覚は無い。あるのは己を高める為の努力と平常心を保つ事だ」


 前世では己の武力を過信して努力する事を怠り、平常心を保つ事が出来なかった。その結果、徐州における無残な最期を迎える事に繋がった。現世ではひたすら訓練や自己鍛錬に時間を費やして己を高める事に力を注いできた。


「面白い考え方です。参考になりました」


 袁紹は丁原と引き継ぎを済ませると歓談する事なく屋敷を後にした。自身の野望を実現する過程において、呂布を味方にすれば最大の戦力となり、呂布と敵対すれば最大の敵となるだろうと考えた。

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