第13話 涼州軍(六)

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「郭図、知恵を出してくれ」

「唐突ですねと言いたいところですが、呂布殿から頼まれると思っていました」

「済まんな」

「少々手の込んだ事をする必要があります」


 証拠になる書簡は戯志才に再度潜入させて賊による犯行である事を演出させる。その後董卓を含めた関係者全員を一斉に召喚した上で事実確認を行う。収賄側については罪の減免を条件にすれば大半の者が証言する筈纏めた。


「簡単に従うとは思えんが」

「その時は御上がお怒りだと言えば良いのです。何進を通じて詔書を出してもらえば大丈夫です」

「何進が従うか?」

「従わなければ并州軍関係者は総引き揚げすると脅してやれば良いでしょう」


 少帝が詔書で意思表示すれば従うのが筋である。丁原に不満がある者でも少帝の怒りを買う事を考えれば素直に従っておくのが吉である。


「呂布、大将に伝えないで良いのか?」

「言えば余計な事をするなと言われるのがオチだぞ」

「あいつは律儀で頑固だからな。言わない方が無難か」

「そういう事で丁原様を始めとして第三者に話が伝わると話が拗れるので箝口令を取らせて頂きます」


 郭図から外部に一切漏らすなと指示されると納得して頷く者と合点がいかない者に二分された。


「丞相にも言わないのですか?」

「このような大事は思わぬところで綻びが起きるのが常です」

「言われてみれば…」


 張遼は何進に動いてもらうのだから中身を伝えるのが筋だと考えたが、郭図から情報秘匿の重要性を説かれて考えを改めた。


「俺たちは何をすれば良い?」

「荷物を纒めて下さい」

「引き揚げる準備だな」

「そうですが、程々にお願いしますよ。元に戻す手間がありますので」


*****


 羽林軍の屯所が慌ただしくなっている噂を聞いた何進は仕事を中断して屯所に駆け付けた。中に入ると兵士が荷物を纏めており、何進の顔を見ても誰一人相手にしなかった。


「呂布、話が違うぞ」

「悪いな。良い考えが浮かばなかった」

「お前たちが居なくなれば董卓の増長を許す事になるのだぞ」

「それを言われてもな…」


 呂布がお手上げだと首を竦めると何進は胸ぐらを掴んで何とかしろと揺さぶった。


「丞相閣下、落ち着いて下さい」

「十常侍を粛清して築いた体制が崩壊するのだぞ。そんな瀬戸際で落ち着けるか!」

「策はありますよ」


 話を聞いた何進は郭図の胸ぐらを掴もうとしたが上手く交わされて前のめりに転けた。


「こちらの指示に従って頂くのが条件です」

「分かった。お前たちの指示に従う」


 何進を見下ろしていた郭図は笑みを浮かべながら手を差し伸べた。


*****


「王允、董卓から賄賂を受け取っている噂を耳にしたが」

「丞相はそんな与太話を信じるのですか?」

「信じたくないが証拠を示す物が丞相府に持ち込まれてな」


 何進は手に入れた書簡を王允の目の前に置いた。戯志才が董卓邸から盗み出した物の一部で本物だった。


「これをどこで…?」

「答える義務は無い」

「丞相に迷惑を掛ける意図は全く」

「あろうが無かろうが関係ない。お前が丁原を陥れたのはこれが原因だな?」


 何進は筆と木簡を王允の前に置いた後、恐怖で震える肩を鷲掴みにした。


「これに全てを書いて署名しろ。事実確認が出来れば罪に問わん」

「分かりました」


 上級官僚への贈賄は李儒が主になって行っていた。王允も李儒を通じて金を受け取り、それを証明する書簡に署名していた。金を受け取った後で李儒から何か在れば一蓮托生だと脅されていた。


 名前が記載されていた王允・陳琳・皇甫嵩・朱儁の他にも盧植が金を受け取っていた事が判明した。一部は黄巾軍討伐時の迷惑料という名目だったが許されるものではなかった。罪に問わない取引をしていたが一時的に拘束される事になった。


*****


「董卓、この書簡に見覚えはないか?」

「ん!?」

「その様子からすると見覚えがありそうだな」

「それは配下の者が私の名を語り金をバラ撒いたもので」

「とんでもない奴を抱えていたのだな」


 董卓はしどろもどろになりながらも何とか某配下に責任を負わせる形でその場を切り抜けた。丁原の疑惑についても自身は全く関与しておらず、某家臣が羽林軍に対する妬みやっかみから誹謗中傷したのが原因だと言い切った。


「監督不行き届きだな」

「申し訳ございません」

「このまま洛陽に居ては肩身が狭い思いをするだろう」

「涼州に引き揚げろと?」

「その判断は貴殿に任せるが、居残れば幷州軍が黙っていないと思うがな」


 董卓はその場で損得勘定を考えた結果、何進の提案に従い涼州に引き揚げる事を決めた。肉屋上がりの賤民がここまで知恵が回るとは思わず腸が煮えくり返る思いをした。


*****


 解放されて屋敷に戻って書庫を調べると荒らされており賊の侵入を許していた事が明らかになった。


「李儒、どういう事だ!」

「昨晩まで異常はありませんでした」

「一晩で盗まれた上に洛陽中に伝わったというのか?」

「恐らく仕組まれましたな」

「誰にだ?」

「幷州軍でしょう」


 流石の董卓も違和感に気付いたが時既に遅く、何進との約束を違えれば賊軍扱いされて涼州にすら戻れなくなる。


「忌々しいが引き揚げの準備を始めろ」

「承知致しました」

「ところで賈詡はどこに行った?」

「今朝早く屋敷を出ましたが」

「誰か奴を探してこい!」


 董卓は諸々の指示をした後で偶然目があった配下を捕まえると有無を言わさず首を刎ねた。贈賄疑惑の首謀者として祀り上げる為だった。


 




 



 


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