第12話 涼州軍(五)

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 戯志才は郭図と別れた後、別の酒家に入って時間を潰した。日が暮れるのを待ってから店を出ると中心部から離れた場所にある屋敷に向かった。


「何だ?」

「近くに住む者です。屋敷が賑やかなので何かあったのかと」

「ここは涼州刺史の董卓様がお住まいになられる。用が無ければ近づかない事だ」


 門番から用が無いなら失せろと追い払われた。戯志才はその場を離れると何食わぬ顔をして周囲を見て回り侵入口を探した。


*****


 その日の深夜、戯志才は何処からか手に入れた涼州軍の兵装に扮して屋敷に侵入した。敷地に入ると堂々とした態度で歩き回り董卓の居場所を探した。兵士と数回すれ違ったが挙動不審な動きを見せなかったので呼び止められる事は無かった。


「ちょっと待て」

「何でしょうか?」

「見ない顔だな」


 背後から声を掛けられたので振り返ると高級な身形をした男が立っていた。戯志才は涼州から到着したばかりの補充兵だと答えた。現に駐屯地から来た兵士の中に涼州から到着して間もない者も含まれていたので男は何も疑わず、早く屋敷の事を覚えるようにと言ってその場を立ち去った。


「あれが李儒だな」


 戯志才に声を掛けたのは董卓の腹心である李儒だった。後ろ姿を見送った戯志才は引き続き敷地内を探ろうとしたが、考え直して後を付けた。


*****


 後を付けていると兵士が立哨している部屋があった。李儒は部屋の前で立ち止まると、誰も近付いていないなと兵士に確認していた。そのやり取りを聞いた戯志才は興味を持ったので尾行を止めて部屋を探る事にした。


 裏手から中に入ると書簡が山積みになっていた。中身を確認していくと政軍高官の情報や羽林軍関係者の情報が記された書簡や洛陽周辺の部隊配置が記された書簡が見つかった。


「実に面白い」


 引き続き中身を確認していくと董卓が朝廷高官に対して贈与した金額の詳細が記載された書簡が見つかった。王允・陳琳・皇甫嵩・朱儁の名前があって多額の金額を送った事も記されていた。戯志才は関連性があると思われる書簡を懐に仕舞い込んで部屋から抜け出した。その後は何食わぬ顔をして巡回するフリを続けると隙を見計らって脱出した。


*****


 戯志才は書簡に名前が出ていた高官について独自で調査を行ってから郭図に接触した。結果を纏めた書簡に目を通した郭図は納得するように大きく頷いて残りの報酬を戯志才に渡した。


「これで董卓を追い込める」

「悪いが報酬とは別に頼みがある」

「何だ?」


 戯志才から并州軍に加わりたいと聞いて郭図は二つ返事で了承した。本来なら丁原の許可が必要な内容だったが返事を保留すれば間違いなく手遅れになると判断した。


 戯志才は郭図が一目置くほどの知恵者だが極秘裏に情報を集める方が性に合っているとあらゆる方面から依頼を受ける情報屋的な事をしていた。他の勢力に加わると手強い存在になる事から郭図は文句を言われるのを覚悟の上で戯志才の頼みを引き受けた。


「素晴らしい人材を引き抜けましたね」

「俺たちはその手に関して不得手だからな」

「大将も文句は言わんだろう」


 郭図から話を聞いて呂布たちは戯志才を歓迎した。丁原は良い人材が居れば出自にかかわらず積極的に登用する考えなので立身出世を目指す若い人材にとって有難い存在だった。


*****


 呂布は宮中の警備をしながら朝廷高官の動向を探っていた。運よく何進が少帝に呼ばれて参内したので帰りを待って接触した。


「呂布、どうした?」

「これを見てくれ」

「…」


 呂布が差し出した書簡に目を通した何進は言葉を失った。


「どう判断するかはあんたに任せる」

「後で屯所に顔を出す」

「分かった」


 何進は書簡を懐にしまい込むと何もなかったように振舞って宮中から出て行った。何進が手のひらを返したところで羽林軍を掌握している呂布たちが本気になれば凄惨な結果になる事だけは確かだった。 


*****


 その日の夜遅くに何進は羽林軍の屯所に現れた。呂布や高順と与太話をする名目で来たので護衛も少数で目立たない格好をしていた。


「これをどこで手に入れた?」

「董卓の屋敷だ」

「警備が厳重だと聞いていたが、よく入れたな」

「それに長けた者が知り合いに居てな」


 呂布が嘘をつくような謀略家ではないと何進は思っているので書簡は本物である可能性が限りなく高いと考えた。下げたくない頭を下げて招請した連中や古参の連中が揃いもそろって政変を防いだ功労者を罠に嵌めるとはどういう事だと怒りが込み上げてきた。


「怒りに任せて動けば破綻するぞ」

「何か策でもあるのか?」

「それを考える奴が俺たちの仲間に居るから少し時間をくれ」


 呂布に諭されて冷静になった何進は申し出を了承した。丁原の周りには呂布や高順のような猛者だけでなく名の知らぬ知恵者まで存在している事を何進は羨んだ。

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