第11話 涼州軍(四)
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「心配するな。こいつは同郷の商人だ」
呂布は案内役の兵士に李粛の素性を説明して安心させた。涼州軍が洛陽に入ってから周辺は騒々しくなっており、董卓の暗躍を警戒する羽林軍では将兵の一部に護衛を付けて万が一に備えさせていた。李粛が話しにくそうにしているのを察した呂布は護衛兵に席を外すように命じた。
「呂布殿は今の境遇に満足しているのか?」
丁原と董卓が既に戦火を交えていた前世とは異なる状況だが、李粛は前世と同様に探りを入れてきた。呂布は現状に満足しているが、敢えてどうだろうなと曖昧な答えを返した。
「董卓様は呂布殿のような勇士を求めている」
脈があると踏んだ李粛は涼州軍への勧誘を始めた。将軍として迎えて涼州軍の主力を任せる事に始まり、酒は飲み放題で女は選び放題。豪邸に加えて名馬の誉れ高い赤兎馬も支度金の一部として与えるという。前世とほぼ同じ条件だったが、呂布はその場で頷く事は無かった。
「良い返事を待っている」
そう言い残して李粛はその場を後にした。李粛を見送った護衛兵が部屋に戻ってくると予想通りでしたねと砕けた口調で呂布に語り掛けた。
「郭図、言っておくが大将を裏切るなど有り得んからな」
護衛兵の正体は郭図だった。呂布は十常侍の反乱を鎮圧した自身や高順に対して董卓が勧誘目的で近づく可能性があると示唆していたので、周囲から疑惑を持たれた際の証人として見張ってくれと郭図に頼んでいた。
「高順殿はどうでしょうか?」
爺さんなら心配ないと呂布は笑いながら答えた。高順は交友範囲が比較的狭いので并州以外に知己は居ない事から洛陽では馴染みの酒家以外に顔を出す場所は無い。尋ね人が来ても并州に無関係であれば一切会わない。
「語弊があるかもしれんが、俺は現状に満足している」
呂布は真面目な顔で李粛が出した条件について、羽林中郎将という要職を手放す馬鹿は何処にも居ない。酒は好きだが洛陽の酒に勝るモノがあると聞いた事はない。妻子が居るのに他に女を作るのは愚の骨頂。屋敷は家族が慎ましく暮らせる大きさで十分。赤兎馬が居なくても愛馬が居れば戦えると語った。
「呂布殿に叛意が無い事はこの郭図が保証します」
郭図は宮中を訪れて呂布に叛意なしと丁原に報告した。丁原から判断に至った理由を尋ねられたので呂布が言った内容を伝えた。それを聞いた丁原は現実的な考えだが奴らしいと大笑いした。
*****
李粛は毎日屯所を訪れて勧誘したが呂布は首を縦に振らなかった。報告を聞いた李儒は勧誘を諦めて別の手段を講じる事にした。
「丁原様に謀反の疑いが持たれて騒ぎになっております」
血相を変えた鐘繇が羽林軍屯所に駆け込んで呂布たちに異変を伝えた。丁原が羽林軍を動かして帝を確保、晋陽に都を移して新政権を樹立するというものである。
「丁原様は濡れ衣だと主張しましたが聞き入れてもらえず謹慎処分に」
丁原は抵抗すれば混乱が増すだけだと処分を受け入れて自宅に引き籠もった。執金吾については何進が兼務する事で話が纏まったという。
「大将が居なければ意味がないぞ」
高順は羽林中郎将の割符を握りしめていた。丁原が羽林軍の大将だから仕方なく属しているだけで居なくなるなら幷州に引っ込んで農民になった方がマシだと思っていた。
「落ち着け爺さん。動くのは誰の仕業か見極めてからだ」
呂布は高順を宥めて落ち着かせた。場が落ち着いたのを見計らって郭図が手を挙げた。
「皆さんには普段通り務めて頂きます。鐘繇には朝廷内の情報もお願いしたい」
現時点で羽林軍関係者は現状維持だとされているので余計な動きはしない事を念押しされた。鐘繇は役目柄その手の話を耳にする事が多いので抜けなく伝えるようにと指示された。
「誰が黒幕かは目星を付けていますが確証は持っていません。時間を要しますが、信頼出来る者に調査を依頼します」
幷州の者かと訊ねた魏越には自分と同郷の者ですとだけ答えて郭図はそれ以上語らなかった。郭図は普段から暇があれば飲み歩いているのでその手に長けた飲み友達を見つけたのだろうと思われていた。
*****
「許可をもらったぞ」
郭図は馴染みの酒家に入り、隅の方に座っていた男に声を掛けた。男は顔を上げて小さく頷きつつ酒を飲み干した。
「これは前金だ」
男の前に差し出した袋には大人一人が一年間飲み食いしてもお釣りが来る程の金銭が入っていた。
「良いのか?」
驚く男に郭図はうちの大将は気前が良いんだと笑顔で伝えた。二人は腹拵えをしながら打ち合わせを行った。
「そろそろ行かせてもらう」
男は立ち上がると懐から金を出そうとしたが、今回は私の奢りだと郭図に制された。
「今度は呂布殿や高順殿も誘っておく。期待しておいてくれ、戯志才」
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