第55話 ハイ! わかりました!

 セレナは、突然のエリスの声にビクッと驚く。


 だが……



「……? 何? そんなに見つめて……」



 そんな表情も束の間で——不思議そうにジィ〜と魔王の表情を観察した。


 当然、エリスはこれを疑問に感じ、眉間には深い溝を刻む。



「あの……エアリエル……さん? それとも……エリスさん? とお呼びした方がいいのかしら?」

「……はぁぁ、馬鹿馬鹿しい。人間って、本当にくだらない事で悩むのね。どうでもいい。好きな方で呼べばいいでしょう」

「じゃあ。エリスさんとお呼びします。カイル様と同じ呼び方です!」

「…………」



 それだけをセレナは確認すると、ベットから飛び降りてエリスへと近づく。



「——ッせ、聖女様!?」

「大丈夫よエクレ……ちょっと確かめたいことがあるの」



 ただこれに、エクレは怖いモノを見たかのように声を荒げるも、心配は要らないと彼女を静止して笑顔を向けるセレナ。



「う〜〜ん? う〜〜ん??」

「ちょっと……ナニ? 気持ち悪いのだけれど……」



 セレナはエリスの側に寄ると、彼女の周囲をグルグルと周り始める。魔王と言うモノを良く観察しているみたいだ。これにはエリス……堪らず、煙たがるように聖女を避け始める。彼女の奇行に不快感を覚えたようだ。


 と、その時——



「失礼します。エリスさん」

「——え?」

「——むぎゅ!」

「——ッッッ!!??」


「——セレナちゃん!!」

「——聖女様!!」



 突然、セレナはエリスに抱きついた。これにエリス……珍しくギョッと驚き——カイルとエクレも彼女の抱擁に度肝を抜かされた。

 魔王と聖女がハグする瞬間なんて……世界初の光景であろう。



「——ふむ……」

「なんなのよ——アナタ?!」



 そして、エリスから離れたセレナは……もう一度正面から魔王を伺う。顎に手を当てて熟考している。



「ハイ! わかりました!」


「「「……?」」」



 しばらくして、胸の前で、パンッ——と、一度だけ手を叩く。その様は、何かを納得したような様子だ。彼女を見つめる3人の視線には怪訝さが張り付く。


 すると……



「エリスさん。あなたの申し出を受け入れましょう」


「「「——ッ!?」」」



 セレナは申し出を受け入れた。エクレ、カイル、エリスは……彼女が何に納得を得て返答しているのか、まったく理解できなかったが……今の彼女(セレナ)は数分前の怯えた表情が嘘のように晴れ渡り、ケロッとしている。


 おそらくは、ベットを降りてからのわずか1分たらずの間に、魔王を信用する何か——を感じ取ったのだと思われたが、誰もそれを知ることはない。



「聖女様? 本気なのですか? 魔王の申し出を受けるとは!?」

「ええ、本気よ? 今はそれしか方法がないもの。街の住民の命を代償にするわけには行かないでしょう? エリスさんの申し出と彼女を信用する他、選択肢はないわ」

「で、ですが……魔王……ですよ?」



 当然、不理解しか手元に存在しないエクレは聖女の選択に正気を疑った。これは彼女の本心の決断なのかと……

 すると、答えは変わることはない。セレナは、『本気』だと——そう、口にする。

 とは言っても、魔王の申し出を素直に受けていいのか——?

 いくら聖女の発言であったとしても……エクレの顔色が晴れる気配はない。



「なら、エクレは魔王を信用するのではなくて……聖女である私を信用するのはどう? それならいいでしょう」

「うぅ〜むぅ〜……」

「エクレは……私を信用できないの?」

「——ッ!? そ、そ、そのようなことは!!」

「そ! なら信用してくれるのね! 嬉しい♪」

「……ぐッ?! あ、あなたという人は——その言い方は卑怯だって、自覚はありますか?」

「えへへ……ごめんなさ〜い♪」



 聖女の暴論にやれやれと首を振るエクレ。これにセレナはペロッと舌を出して謝罪を口にしていた。



「とりあえず、私はエリスさん。あなたを信用して条件を飲みます。ですが……こちらからも条件がありますよ。どうでしょう? 一時休戦としませんか?」

「休戦?」

「ええ、あくまで、あなたと私、秘密裏での口約束ですが……」



 セレナは向き直ると……



「今から、10年——人族を襲わない。というのはどうでしょう?」



 条件を口にする。



 




 




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