第52話 アナタを殺すわ
——ッガキン!!
「——え!?」
エクレの一刀は、エリスの首を寸分狂わぬ軌道で狙いが定まっていた。
しかし、その斬撃は肉と骨を断ち切る音——ではなく、硬質な何かに打ち付ける音を部屋中に残して響かせる。
エクレはこれに酷く動揺した。
自身の研ぎ澄まされた一刀は少女の小さな手によって受け止められていたからだ。
エリスの手は緑色のオーラの様なモノを纏って刃を摘んでいた。エクレは、助走をつけ威力を最大級に高めた一閃を放ったつもりだが、いくら力を込めようとも、少女の柔肌1つ切り裂くことは叶わない。無情にも金属が擦れる、カチカチ——という雑音だけを発して微動だにしなかった。
「良い斬撃ね。只人にしては洗練された一刀だわ」
「——ック!? 魔族が——受け止めておいてどの口がぁあ!!」
ただ、エリスはこれに涼しい顔でエクレの一閃を褒めた。しかし、それはどこまでも皮肉な物言いでしかない。
静かに告げられた世辞は、ただただエクレの表情を強張らせたに過ぎない。
「でも、ダメね……」
「何が……ダメだと!!」
「次の行動を起こせないことよ」
「……は?! ——ッ!!??」
突然——エクレの剣が引っ張られる。彼女の身体は、力強く柄を握りしめ剣に引っ張られ前のめりで体勢を崩した。
「——う!? ……カハッッッ!!??」
気づくとエクレの首に手がかかる。先ほどまで刀身を摘んでいた少女の手は、剣を放ると彼女の首を掴んで持ち上げていた。それは幼気な少女が成せる力とは到底想像のできない光景——エクレは踠きながらも、拘束を解こうと奮闘するが、少女の腕は岩の如く、微塵も動かす事はできなかった。
「——エリス!! やめてくれ! エクレさんを離してくれ!!」
ここで、カイルが反応を見せた。
エクレが飛びかかり、首を掴まれ拘束されるまで、カイルは何が起きたのか何一つ理解できなかった。それは事が刹那の間に起こってしまった故——戦闘を知らないカイルにとっては瞬きの時に起きてしまった惨事。これに理解が追いつかないのも仕方がなかった。
だが、首を掴まれ踠くエクレを視界に捉えた瞬間、ようやく恐怖を感じてエリスに懇願を口にしたのだ。
「……か、カイル様が……な、なんで……? なんで、そんな知り合いみたいに……魔族と話して……?!」
「…………」
だが、これに酷く動揺を見せたのは聖女である。セレナは一瞬のうちにエリスに手駒に取られたエクレに言葉を失った。だが、そこで意識を引き戻したのはカイルの一言。気づくと掠れた声で疑問を呟くセレナだったが……カイルは言葉を返してはくれなかった。
「カイル……あなたはちょっと黙ってなさい。私の用があるのはそこの聖女なの」
「「——ッ!?」」
エリスはカイルに反応こそしたが、その視線からは彼を眼中に収めていない事が分かる。エクレの首を抑えた状態でゆっくりとセレナへと近づいていく、その瞳は冷たく聖女だけを捉えていた。
「せ……聖女……さま……に、逃げて、く……ださ……」
「——ッ!? エクレ!! うぅ——ッ魔族!! え、エクレを離して!! わ、私が目的なのでしょう! な、な、な、なら私だけを殺しなさいよ!!」
「だ……だめ、です……聖……様……」
セレナは、恐怖で震えながらも勇猛に声を張り上げた。全ては大切な人を助けたい一心で……
だが……
「無理よ。この騎士も殺すし、アナタも殺す」
「……ヒッ!?」
「ちなみに助けを呼んだって無駄よ。この部屋の空間はワタシの魔力で満たした。声を張り上げたとしても、外へ届くことはない。アナタはここで終わるの」
「そ、そんな……」
「勇者なんて呼ばれたら敵わないもの、憂は絶ちたいのよ」
無情の一言がエリスの口から告げられる。セレナは絶望し、その視線は震えて宙を彷徨い歩く。もう視界には目の前の少女が捉えられていない。
「それに、勘違いしないでちょうだい」
「……え?!」
「アナタの前に立っているのは魔族でも頂上の存在だって……そこら辺の雑魚と見てもらっちゃ困るわよ?」
「嘘……魔王?? 緑のオーラ……風の魔力?! 風姫エアリエル!?」
そして、セレナは真実に気づく、目の前にいる少女が、未だかつて戦争で苦汁を飲まされてきた筆頭格であるバケモノ——魔王であると……
セレナの手は震え、歯をガチガチと鳴らす。室内は寒くはないのに…… 目の前の少女の正体を聞くと、何故これほどの極寒を感じるのか? だが、そんな事を考える余力はセレナに残されていない。彼女の思考は『恐怖』それで塗り潰されてしまってるからだ。
このままでは聖女であるセレナに残された道は死のみ——もはや、彼女は抵抗や逃走……その全てを考える事を放棄し、魔王が手を下す瞬間を待つことしかできなかった。
しかし……
「ダメだ! エリス!! やめてくれ!!」
「か、カイルしゃま……?」
魔王と聖女……2人の間にカイルが割って入った。
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