第48話 聖女ちゃんのご挨拶♪

「すぅ〜〜はぁ〜〜! あぁ〜〜カイル様の匂いです。凄く落ち着く」

「ちょ、ちょっと! 聖女様——なにしてるんですか?! は、は、離れてください!!」

「あ〜〜カイル様……冷たいな。私のことは聖女様じゃなくて、セレナって呼んで欲しいって言ったのに……うぅ、悲しい」

「——え!? あぁ〜〜と……セレナ様??」

「うぅ……様は嫌です! セレナって呼んでください」

「…………せ、セレナ“ちゃん”で許してください」

「う〜〜ん? まぁ、それならまだ……」



 カイルは聖女【セレナ】に弾き飛ばされると、石畳の地面に尻餅をついた。そしてセレナは倒れたカイルの腹の上に馬乗りになって好き勝手を繰り広げ始める。



「——聖女様!! 勝手に出歩かれては困ります!」



 そして、少しすると手に魔杖を抱えた騎士服の女性が現れる。



「あら、エクレ。勝手だなんて……私はただ、知り合いに出会えたから挨拶をしたかっただけよ?」


「知り合いに挨拶って……体当たりすることが、貴方様は挨拶だと言い張るのですか? それに、殿方に馬乗りになるのはおやめください。淑女然としてくださいませ!」


「むむむ……まるで子供に対しての躾ね。私もう今日で17なのよ!」


「はぁ〜〜あなたは私からすれば、まだまだお子ちゃまです。ステージ上の毅然とした聖女様はどこへ行ったのですか?」



 騎士服の女性【エクレ】は仁王立ちでセレナに苦言を呈す。このタイミングで現れる『騎士』となれば、彼女は聖女様の護衛のような立ち位置の人物だと思われるが、今のやり取りでは、アグレッシブな妹を叱りつけるしっかり者のお姉さんだという印象を与える。


 ただ、そんなひと時を……



「あの〜〜セレナちゃん? 退いてもらっても良いかな?」



 カイルに馬乗りの状況で続けていることを忘れているかのように続いている。周りには観衆までいる。この状況を見られるのはカイルにとっては非常に恥ずかしい。それを、無視するかのように継続する姉妹の口喧嘩からは、セレナは当然として、それを叱りつけるエクレも呆れる対象ではあるようだ。

 


「あらやだ! 私ったら……ごめんなさいカイル様。ふふふ……」



 カイルの小言を聞くとようやくセレナは飛び跳ねて立ち上がる。少し頬を桃に染め、恥ずかしそうに口に手を当てて笑う。

 カイルは少なからずこの時——聖女様という印象を一切捨て去り子供だと認識してしまった。



「申し訳ありません。カイル様。お怪我はありませんか?」


「ええ、大丈夫です。エクレさん。それと、お久しぶりです」


「はい。2年ぶり……ほどですかね。またお会いできたこと嬉しく思います」



 エクレは、カイルへと近づくと、尻餅をついた彼に手を差し出す。カイルはこれを受け取ると軽々と持ち上げられ立ち上がる。そして、ついでとばかりに挨拶を交わした。



「あぁ〜〜私はまだカイル様と挨拶してない。カイル様! 挨拶のハグを——!」

「やめてください聖女様。こんな人様の往来で恥ずかしいこと」


「……あははは」



 カイルは、珍しい騎士と聖女の織りなすコントを、ただ乾いた笑いを溢す事で見守る。それ以外どうしていいかわからないからだ。

 はてさて、カイルが宿を探しに行けるのがいつになるやら……まったく目処は見えない。


 しかし……その時……



「カイル……アナタまたなの? チキンのくせして、飛んだ女たらしなのね」

「あ? エリス……」

「——ブルルン!! (主〜まだ!? うち、早くニンジン食べたい!)」

「と……ラテ丸も、待たせてごめんね」



 背後からカイルを呼ぶ声。振り返ればエリス、そしてラテ丸までもが、じとぉ〜〜とした目でカイルを睨んでいた。



「あらら? カイル様、そちらの子は……」



 これに反応を見せたのはセレナだ。首をコテンと傾げ、頭の上に疑問符が浮かんで可視化できそうなポーズをとる。


 だが……


 彼女のこの時の表情はキョトンとしていたが、カイルの連れ……白いワンピースの少女の姿を捉えた瞬間——



「……ッひ?! ま、ま、ま……」



 たちまち顔色を変えて、乾いた悲鳴を漏らす。


 そして……



「——イヤぁああ!! 魔族ぅううう!!??」


「「「——ッ!?」」」



 セレナは叫ぶと共に、泡を吹いて、ぽてん——と倒れてしまった。



「聖女様! 聖女様ぁあ!! どうしましたか!!??」



「カイル……この光景前にも似たような光景を見たのだけれど……」

「えっとぉ〜……どうしよう?」

「“どうしよう”じゃない。どうにかしなさい」



 しかし……


 カイルはこの状況を呆然と見つめることしかできなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る