第47話 聖女の登場とプンプンエリス

「それにしても……人間だらけね。反吐が出るわ」

「エリス……そういうこと言わないの。この時期は、聖女を祀るお祭りがあって……それでいつもより人で溢れているんだよ」

「聖女……ねぇ〜。ワタシからしたらこの上なくどうでもいいお祭りだわ。見つけ次第(聖女を)切り刻んであげる」

「……あのぉ〜エリスさん? それ、冗談ですよね?」

「…………」

「……怖いから、何か言ってくれる? 否定してよ!?」



 カイルとエリスは人で賑わう往来を歩く。今はとにかく宿を見つけ、ラテ丸を預けることを最優先に考える。

 しかし、その道ゆく人の数は波と化し、ラテ丸がいるためこちらを避けている傾向が強いが……エリスは、そんな溢れんばかりの民衆に、呆れてほぞを噛む。

 この時の彼女の恐ろしい冗談(?)も、喧騒に紛れ、ほとんどカイルにしか聞こえていなかった。



「……あ? でも、待ってエリス。混雑がまばらになってきたよ! 確かこの先は広場だったと思うんだ。少しは歩きやすくなるかも」

「ふ〜ん。あなた……この街は来たことあるの?」

「まぁ、前にね……」



 そして、しばらく2人が共に歩いていると、円形の広場へと出た。


 その広場の中心には、木製の丸いステージが設置されており、そこでは今も踊り子が舞を披露していた。観衆の目的は、ステージパフォーマンスであり、広場を壁伝いで歩くカイル達にとっては、先ほどよりは歩きやすくなる。


 すると……そんな時……



「「「「——ッワァアア!!」」」」



 突然、歓声が鳴る。踊り子の舞が佳境にでも差し掛かったのか? と思ってしまうタイミングだが……それは次の瞬間には勘違いであるとわかる。



「聖女様〜〜!!」



 誰かが黄色い声援を飛ばした。これを拾うことで……周囲からより一層の歓声が沸き立ったのだ。


 気づくとステージには、踊り子が舞う中、その中心人物となっていたのが、青い衣とヴェールに身を包んだ1人の女性だ。手には大きな杖を持ち、踊り子の舞を避けつつ前へと歩む。

 やがて、ステージの端までくると、女性は胸に手を当て、一度深呼吸をすると、観衆を一瞥する。


 そして……



「皆様——遠路遥々、私のために集まってくれてありがとう。今宵は聖魂祭。魔族との戦争で、苦しみ、多くの命が失われて……一概には喜んじゃいけないんだけど、一時でもいい。ワタクシの光が、皆様の安らぎに繋がりますことを……」



 人々に向けて口上を口にする。内容には辿々しさが纏うものの、それでも堂に入り語る姿はなかなかに凛々しく感じ入る。



「なに。あれ……反吐が出るのだけれど……」

「ちょっと、エリス? 聖女様の口上だよ。そんなこと言わない」

「あれが聖女? 私からしたら、回復魔法で人間を何度も戦争に送り込む一種のネクロマンサーとしか思ってないわよ。それに、私にとっては宿敵でしかないのだけれど……」

「——ッ……あぁ……」

「それに、あの発言はなに? 戦争で苦しんでいるのは、アナタが送り込んだ兵でしょう? 自分は戦わないで、傷ついた者を回復させて、また死地に送り込む。私は私を残酷無慈悲な魔王であると自負しているけど……あの女の方がよっぽどタチが悪い。まるで、自分が関係ないかのように振る舞っちゃって、善行と美徳でもって戦争を語る。本当に殺してあげたいと思っちゃうわ」

「エリス……珍しく、よく喋るね〜〜どうしたの?」

「……どうもしないわよ。あんまり生意気だと殺すわよ?」



 カイルとエリスは道を急ぐ中、聖女様の口上に耳を傾ける。だが、それに腹立つように、エリスは多弁を極めた。聖女とは勇者と並ぶ人族の最高戦力だ。つまり、エリスにとっては、一番の宿敵。

 街はお祭りとあって騒がしく、お祝いムードを極めるものの、そのすぐ近くでは、人族の守り手【聖女】と魔族の最高戦力【魔王】がすぐ隣り合わせでいるとは、誰が想像できるのだろうか? そして、このことを知るのはカイル1人。ただの人助けが過ぎるちっぽけな人間である。


 と、そうこうしていると……



「……では——ワタクシの聖なる輝きで、聖魂祭の開始の宣言とさせていただきます。では……ヒーリング!」


「「「「——ッワァアア!!」」」」



 聖女のスピーチも終わり、踊り子の舞も佳境に差し掛かる。聖女はステージの端で天に向かって魔杖を掲げると魔法を唱える。

 すると杖先端に輝く大きな碧の水晶が発光し、忽ち広場一杯を輝きで満たしてしまう。



「——ッ!?」

「……ッ? どうしたのエリス。そんな身体震わせて……寒かった? 上着いる?」

「ち、違うわ。聖女の魔力……ワタシ、これ嫌いなのよ」

「……っぷ! え、エリスにも苦手なモノがあるんだね。じょ、浄化されちゃうの? ふふふ……」

「はぁあ? ちょっと笑い事じゃないんだけれど?!」

「だって……エリスが……浄化され……ぷ、ククク……」

「カイル。アナタ生意気ね。今すぐ殺してあげましょうか〜〜?」

「ご、ごめんてエリス。ふふふ……」



 そして、カイル達は、聖女を横目に和気藹々(?)と歩を進め、ステージの裏手に来た。宿があるエリアはステージの裏から抜ける大きな横道。2人の目的地とはすぐそこである。


 その時——



「……ッ? あれは……もしや! カイル様!!」



「「——ッ?」」



 2人の背後から、カイルの名を呼ぶ叫び声が上がる。


 そこにいたのは、先ほどステージで可憐にスピーチを披露していた女性。カイルとエリスが振り向くと、うっすら頬を紅潮させる聖女様の姿があった。



「エクレ! ちょっと、この杖持ってて!」

「ちょッ……持ってるのはいいですが、何を……せ、聖女様!?」

「すぐ戻るから♪」

「ちょ……お戯れを……!!」



 彼女は手にしていた杖を横にいる騎士の女性に投げる勢いで手渡すと、先ほどの毅然とした態度を脱ぎ去り、一介の女の子のような振る舞いで、スカートの裾を摘むと壇上を駆け降りた。

 

 そして……



「え? 聖女様??」

「おい、あれって……」

「聖女様。一体どこに行くの?」

「キャ〜〜聖女様!!」



 当然、往来の人々は、脱兎の聖女に釘付けになり、誰もがその目的に疑問を馳せた。

 そして、群衆を掻き分け、1人の男の元へ。



「——カイル様♡ お会いしたかったです」

「——ッちょっと!!??」



 カイル目掛けて飛びついた。



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