第46話 むぎゅ〜〜です!

「キャロルちゃん。シャルルちゃんもお別れだね」


「うぅ〜〜カイル様……私は……」


「イタタタ……ん? シャルルっち……まさかついて行くとか言い出しちゃだめだよ。迷惑になるから……」


「わ、分かってるキャロルちゃん。……えっと、カイル様。お別れの前に、最後に1つお願い……聞いて頂けますか?」


「お願い? 僕にできることなら、なんでも聞くけど……」



 シャルルは、直前まで真っ青な顔色を伺わせていたが『お願い』と言った瞬間、徐々に紅潮する姿を観測させる。この時、キャロルは、やれやれ——と首を振って様子見に徹していた。



「では……最後に、ぎゅぅ〜ってしていいですか?」


「……ッえ!?」



 ただ、カイルは少女の申し出に少したじろいだ。彼女の言う「ぎゅ〜」とは、どう言う意味なのかと思わず考え込んでしまったのだ。しかし、いくら考えようとその答えは1つしか思いつかない。



「……ダメ……ですか?」


「……う?!」



 ただ、カイルが逡巡していると、シャルルは上から目線で、答えを催促する。カイルはそのウルウルとこちらを伺う無垢なまなこにたじろぎ、罪悪感が押し寄せた。


 すると、思わず……



「わかったよ。いいよ」


「——ッ!? やったぁあ!!」



 了承してしまっていた。


 カイルはシャルルの懇願する姿勢に諦めてしまった。別に彼は「嫌だ」というわけではなかったが……「ぎゅ〜」の行きつく未来に、男として照れてしまっているのだ。



「——ッでは、早速!!」

「——ッえ!? ちょっと!!」



 そして、カイルの了承を勝ち取ったシャルルは、思いの外、破顔して見せるとすかさずカイルに飛びつく。



「——むぎゅ〜〜です♪」



 それは、カイルと近くで一部始終を見ていたキャロルの身体がビクッと跳ねた瞬間だ。



「……カイル様……大好きです……」

「……え? 何か言った??」

「ううん。なんでもないです」



 その状態で、わずか十数秒……


 少女であるあどけなさをひた隠し、哀愁漂う微笑みをカイルに見せつつシャルルは離れて……



「カイル様。お元気で……さようなら!」



 と、言った。


 それは、まるで永遠のお別れのような挨拶だった。


 シャルルはこれだけ言い放つと、踵を返して、メイソンとアリシアのいる場所へと駆けて行った。振り返ることなく。



「じゃ〜カイルっち! 元気でにゃ〜♪ またどこかで〜!」



 続いてキャロルの挨拶。


 彼女に関してはあっけらかんと、簡素な物言いだ。友達に「また明日〜♪」とでもいうかのように、軽い口調でこれを言う。


 すると、シャルルの後を急いで追うように駆けて行く。そして彼女に追いつくとまた頭を撫でていた。













「……で、挨拶は済んだ? 問題……なかったでしょうね」



 カイルはシャルル達との挨拶を終えると、待ち惚けていたエリスの元に足を運ぶ。街の入り口、大きな門扉の前に、相棒のラテ丸と彼女の姿がある。腕を組み睨む眼光は、カイルの様相を見定めているようだった。



「うん……終わったよ。エリスのことだけど……メイソンさん達には、怪我をした元一流冒険者で話を通しておいた。僕がエリスと出会った時も、君怪我してたし……それっぽく、まとめられたと思うよ」

「そう……ならいいわ」



 カイルはエリスが求めているであろう答えを口にする。


 メイソンへの『エリスについて』の説明だが……引退した元冒険者。怪我を理由にカイルと今の関係を築くとなったと説明した。

 元冒険者は嘘だったが……それ以外はほとんど事実が元であるため、嘘が下手のカイルでもここまでの作り話を語ることができている。



「で、これからどうするの? 馬車なくなったんだけど……」



 そして、カイルから進捗を聞いたエリスだったが……過去の話に区切りをつけ、今後の話題へと切り替えた。

 エリスが魔狼の一撃を受け止めた衝撃で、カイルの馬車は木っ端微塵に壊れてしまっていた。このままではカイルは商人としてやっていけない状況となってしまっているのだが……この時のエリスの心配は、そこにはなく、自分自身の乗り物がなくなったことへの愚痴を吐き捨てた感覚だ。



「そうだね。馬車はこの街で買うとして……取り敢えず宿を探そうか。エリス、昨夜は疲れたでしょう? 早く休めるところを探そう」

「ほほう。アナタにしては殊勝な心がけね。褒めてあげる」

「珍しく……は余計だけど。はいはい、ありがとう」



 こうして、カイルはラテ丸の手綱を引き、街へと入って行く。










 

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